銀魂カプなし小説


「へい、らっしゃい!おや、近藤さんじゃねーですかィ」
「おう、久しぶりだな親仁さん」
赤い暖簾をくぐると、親仁の威勢のいい掛け声が飛んできた。それに手を挙げて応えつつ、焼き鳥の匂いが漂う店内をぐるりと見回す。笑い声やらジョッキのぶつかる音やら、広いとは言えない店内にはガヤガヤとした喧騒に満ちている。明るい雰囲気になんとなく浮かれた気分になりながらふとカウンターの隅へと目をやる。すると、見知った銀髪を見つけた。
「アレ、万事屋じゃねーか」
手を振ると、彼は明からさまにげぇっと顔をしかめてみせた。その反応に苦笑をもらしつつも、良い話し相手を見つけたとばかりに彼に近づいていく。
「なんでゴリラがこんなところにいるんだよ。大人しく動物園へと戻れ」
「いや俺ゴリラじゃないからね、人間だからね」
もはやお馴染みとなった応酬を繰り広げつつ、彼の隣の席へと座る。嫌な顔はされたが追い返されたりはしないので、遠慮なくここで飲むことにする。
親仁のくれたおしぼりで顔を拭いていると、「なぁ」と隣から声がかけられた。
「どうした?」
おしぼりの陰からチラリと視線を移す。
「今日、ひとり?」
「ん、ああ。久しぶりにひとりで飲もうかと思ってな。お前もひとりか?」
「ああ」
よく見れば顔が赤くなっている。結構酔っているようだが、ずっとひとりで呑んでいたのだろうか。彼の前には既に空になった徳利が何本か並んでいた。
「珍しいな、お前がひとりなんて」
そう言うと、近藤のためのお通しを横からつまんでいた銀時は片眉を上げた。
「それをいうならてめーもだろ。いつもはあのV字野郎とかと一緒だろ」
V字野郎?と首を傾げたが、恐らくトシのことだろうと思い当たる。仲が良いのか悪いのか分からないふたりだが、たまにこうして気にかけているような言動をするのがおかしい。
「トシは総悟に捕まってるよ。なんか心霊特番やってるみたいで、絶対観させるんだって総悟が息巻いてたからな」
その様子を思い出して苦笑すると、銀時の肩がビクリと跳ねた。どうしたのか、と一瞬不思議に思ったが、すぐに理由に思い当たる。
「まさか、お前も……」
「ち、ちち違ェし!別に新八と神楽が心霊特番見てて怖くなったから逃げてきたわけじゃねーし!」
「全部自分で喋ってるぞ」
予想通りだったようだ。全く、本当に似た者同士だ。
ひとり酒の理由を暴かれた銀時は、不貞腐れたような顔でちびちびと出汁巻をつついている。子供のような表情に、珍しいものを見た気分になる。いつもは揶揄われる側だったから、なんとなく得意な気持ちだ。
「幽霊と歯医者と、随分子供みてーなもんが怖いんだなぁ?」
「少年の心を忘れてないと言え」
「いまどき少年だってそんなモン怖がらねぇよ」
にやりと笑ってやると、銀時はケッと唇を尖らせた。
「じゃあてめーの怖ぇモンも教えろよ」
「うーん、お妙さんかなぁ。あの美しさと気高さ、恐ろしくなるほどだよ」
彼女の笑顔を思い浮かべながらしみじみと答えると、今度は銀時がにやりと笑った。
「ふーん、お妙か。確かにアイツの拳と笑顔は背筋が凍るくれぇ怖いな」
「いやいやいや、それじゃ語弊があるよね?俺のは『饅頭怖い』みたいな意味もあるからね?」
「お妙に伝えといてやるよ、近藤がお前のこと怖いって言ってたって」
「いやそれ明らかに誤解されるやつゥゥゥゥ!!」
慌てて両手を横に振る。さっきまでこちらが有利だったのに、すっかり形成逆転されてしまっている。やはり口先から生まれた男と言われるだけあって、上手に立つのは容易ではない。
ぐぬぬ、と唸る近藤を尻目に、銀時はふと遠い目をしていた。
「怖いものねぇ」
「何、まだお前怖いものあるの?」
これは逆転のチャンスか、と近藤はカウンターの上に身を乗り出す。
「パフェ。あといちご牛乳」
「そうじゃなくて!」
思わずがくりと肩を落とした近藤をケタケタと笑った銀時は、不意に真面目な顔つきをした。それから、言うか言うまいか迷っているみたいに、口をもごもごと動かした。どんな言葉が飛び出すのか、と近藤はドキドキする。
ようやく口を開いた銀時は、ぽつりと小さく呟いた。
「アレだ。……神楽と新八が黙ってること」
意外な答えに近藤は、コイツかなり酔っているな、と確信する。素面の彼ならこんな話はしないだろう。いつも飄々としていて、掴み所のない態度を崩さない彼らしからぬ言葉である。隣を見遣ると、彼は存外に静かな表情をしていた。
確かにいつも賑やかな二人が黙っていることは居心地悪くなりそうだが、怖いと言うほどなのだろうか。
そんな近藤の疑問を感じ取ったのか、銀時はぽつぽつと話し始めた。
「ときどき、外に遊びに行ってた神楽が、帰ってきてからずっと黙ってることがあってさ。そういうときって大体何か嫌なことがあったときだから、怖ェな」
「ああ、そういうことか」
「……なかなか、何があったのか、なんて聞けねぇしさ」
「……年頃の女の子だもんなぁ」
多分、彼が事情を尋ねられない理由には、もっと違うものが関係しているのだろう。けれどそれを自分に話すとは思えないので、無難な相槌をうつ。
そんな近藤の内心を見透かしたようにふっと笑った銀時は、日本酒の入った猪口に手を伸ばしつつまた口を開いた。
「新八は、俺がちょっと隠れて無茶して帰ったとき、ずっと黙ってるんだよ。……聞きたいこととか、たぶんいっぱいあるんだろうけど」
「ああ」
あの眼鏡の少年の、真っ直ぐな瞳を思い出す。あの目で見つめられて、尚且つ直接は何も尋ねられないなんて……。想像しただけで、罪悪感やら申し訳なさやらでどうにかなりそうだ。
けれど、銀時があの少女に何も尋ねられない理由も、少年が銀時に何も尋ねない理由も、きっと同じなのだろう。近藤はそう考えて、なかなかややこしいながらもお互いを思いあう彼ららしいな、と僅かに頬を緩めた。
「うちも同じだなぁ」
「あ?」
「トシも総悟も、なかなか嫌なこととか辛えこととか喋ってくんねーんだよ」
ホッケの小骨を箸でよけながら呟くと、銀時から続きを促すような視線を送られた。
「……いや、ちょっと違うな。総悟はチャイナさんと同じで喋らなくなるんだけど、トシは隠し事があるとよく喋る」
「あー、なんかそれっぽい」
猪口の中身を舐めつつ銀時がこぼす。多分、この男もトシと同じだろうな、となんとなく近藤は感じた。いらないところでは口が回るのに、肝心なところでは黙りこくってしまうのだろう。不器用というか何というか、とにかく難儀な男たちである。
「それで一番怖いのが」
ぐい、と酒を煽る。
「総悟が黙ってトシがよく喋って、その上ふたりがこそこそ話してるときだな」
「……隠れて何かやってるとき、か」
「そう」
ふたりだけで危ない橋を渡り、それをずっと後から聞かされる、なんてことはこれまでに一度や二度ではない。局長という立場上、大っぴらに動けないことが多いのは分かっている。だから迂闊なことができず、裏の仕事はどうしてもふたりに頼らざるをえないということも。
けれど、古くからの友人たちが危ない橋を渡ろうとしているのを、気付いていながらも気付かないふりをするのはなかなかに辛いのだ。
「大事にされてんなぁ」
揶揄うように笑われ、こそばゆくなる。確かにそれは自覚している。けれど、あの二人が思っているほど自分が清廉潔白な人間でないこともまた、自覚しているのだ。近藤は困ったように頭を掻いた。
「それを言うなら、お前だって大事にされてるだろ」
意趣返しとばかりに言い返すと、銀時もまた眉を下げて小さく笑った。もちろん彼だって自覚はあるのだろう。長い時間をかけて積み上げてきた関係だからこそ、相手が自分をどう思っているかくらい分かっている。
大事にされることも大事にすることも、ときには恐怖になりかねない。それでも、大事なものは大事なのだ。どうしたって手放せないし、手放すつもりもない。
なんとなくしみじみとした気持ちで、ふたりしてちびりちびりと酒を煽る。いつの間にか人の減っていた店内には、穏やかな静けさが漂っている。
「アイツら、今どうしてっかなぁ。そろそろトシが総悟に怒りだしてる頃かなぁ」
昔からのお馴染みのパターンを思い出しながら呟くと、銀時が悪戯小僧のような顔をした。
「今もお前がいない隙に、またふたりで何か企んでるかもよ」
「うげぇ、やめてくれよ」
「ねぇ土方さん、やっぱり近藤さんの飯は全部バナナにした方がいいんじゃないですかィ」
「え、何その裏声、もしかして総悟の真似?」
「そうだな。いずれジャングルに還すためにはバナナに慣れさせておくのも重要だな」
「それはトシ?何でしゃくれてんの。つーか企むってそーいうことかよ」
大袈裟に顔をしかめてみせると、銀時はケタケタと楽しそうに笑った。
「お前こそ、帰って髪洗うとき、背後に気をつけろよ。何かが見てるかもしれねーぞ」
「ちょ、本気でやめてくんない?また神楽に外で見張っててもらわないといけなくなるだろ」
「お前、チャイナさんにそんなこと頼んでんのか」
呆れてつい大きな声を出すと、彼はバツが悪そうに頭を掻いた。彼らには彼らなりのコミュニケーションがあるらしい。
なんとなく、二人の顔が見たくなった。
「……そろそろ帰るかな」
目の前に並んだ、空の皿たちを眺めながらぽつりと呟く。すると、銀時も少しだけ酒の残っていた猪口をぐいっと煽った。どうやら彼も同じ気分だったようだ。
店を出ると、ぽっかりと浮かんだまん丸な月が夜空を照らしていた。あいつらにも見せてやりたい。そう思って、またはやく帰りたくなる。存外に酔いが回っているらしいな、と苦笑がもれた。
「じゃあな、新八くんとチャイナさんに心配かけないように、気をつけて帰れよ」
手を挙げてそう言うと、彼は鬱陶しそうな顔をした。
「てめーこそ飼育員に連れ去られねェようにしろよ」
「お前最後までそれかよ」
笑いながら背を向ける。
月明かりによって白く照らされた道を、一歩一歩進んでいく。この道こそが、帰る道。大事なものたちが待つ場所へ、近藤はゆっくりと歩んでいく。
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