銀魂カプなし小説


祭りの空気はいつだってどこか懐かしい。鉄板の上で香ばしい香りをさせる焼きそばや露店の前に掛けられたお面なんかが、セピア色の写真として古い記憶の中から蘇ったように見える。
遠くから聞こえる祭り囃子を聞きながら、銀時はそんな事を考えていた。
前を歩いている新八と神楽の二人は忙しなく辺りの屋台を見回している。その後ろについて歩く超大型犬、定春もなんとなく楽しそうだ。
特に神楽は随分はしゃいでいるのが見てとれる。夕方なので日傘を差して歩く必要がないことも、心を軽くするのに一役買っているのだろう。きらきらと目を輝かせてあちこちに視線を飛ばしながら、最近新八と買ったというカメラを握りしめている。
この前から万事屋は大きな依頼が立て続けに入り、溜まった家賃三ヶ月分と食費等その他諸々の生活費を差し引いてもまだお釣りがくるほどの報酬が手に入った。
その浮いたお金でカメラを買いたいと神楽が何度も銀時に頼み込み、遂にそれに手や足が出るバイオレンスなものになったので渋々了承したのだ。
また友達のモノを羨んだのか、それとも今日の祭りのためか。
理由は聞かなかったが、神楽が喉から手が出るほど欲しがっていたのは事実だ。どうやら万事屋にあったボロのそれでは満足しないらしい。それに、新八までしきりに彼女の提案に賛成していた。
全く、この年頃の子供というものは『記念のモノ』を残したがるものなのか。そう考えて銀時は苦笑した。居間の額の裏に今までの写真を隠し持っている自分が、そんな事を言える立場にないことを思い出したから。

カランコロンと下駄の音が響く。それを聴いているだけで涼やかな気分になる。銀時は朝顔柄の浴衣を着た神楽の後ろ姿を見ながら、数週間前の事を思い出していた。



「銀ちゃん達とお祭り行くアル!」
階下のスナックの掃除を手伝った報酬として晩飯が振る舞われた時、神楽が嬉しげに大家に告げていた。
その無邪気な笑顔に、その大家、お登勢はつられて笑みを零した。そして、
「そうかい、ならアタシの昔の浴衣を着ていくといいよ」
と言った。
「ババァのを?」
きょとんとした顔で聞き返す神楽に、お登勢は軽く苦笑を洩らす。
「無理にとは言わないよ。もうだいぶ古くなってるし、今時の子には時代遅れかもしれないねェ。」
「…別に嫌じゃないアル。かぶき町の女王と呼ばれるこの神楽様にはチャラついたモンは似合わないネ、だから…」
そこまで言って、神楽は顔を隠すように少し俯いた。
「…ババァのくらいがちょうど良いネ」
小さく呟かれた言葉に、残りの面子全員が顔を見合わせた。そしてその後、同じようにふっと頬を緩ませて笑った。
素直に着たいと言えばいいものを。
それでも、捻くれた言い方をする彼女を微笑ましく思った。
「そうかい、じゃあ仕立て直してもらっておくよ」
そう言うお登勢の顔も、嬉しさが滲み出ていたのを銀時はよく覚えている。

つい先程祭りに出掛ける前に、神楽はお登勢に浴衣を着付けてもらっていた。
「はい、出来たよ」
帯をぽんと叩かれながら現れた神楽に、お登勢の浴衣はよく似合っていた。
「わぁ、可愛いよ神楽ちゃん!」
嬉しそうに声を弾ませる新八に続き、銀時も
「よく似合ってんじゃねぇか」
と声をかける。
しかし、いつもならここでキャッホォォとはしゃいぎだすであろう神楽は、何だか心配げな表情であった。
「本当に?ちゃんと似合ってるアルか?」
そわそわとしながら、自分で浴衣の袖を撫でつけたり裾を払ったりしている。
「ちょっともう一回鏡みてくるアル!」
そう言ってパタパタと奥の部屋へ戻っていく背中を見送りながら、お登勢が怪訝そうな顔をした。
「どうしたんだろうねィ、前にお妙と選んだっていう浴衣を着た時は普通にはしゃいでたってのに」
心底不思議そうなお登勢に向けて銀時が告げる。
「….ババァのだからさ」
「え?」
「ババァの浴衣だからこそ、あんなに真剣に、似合ってるかを気にしてんだ」
言ってから、銀時はちらりとお登勢の顔を伺う。それには、目尻の皺をより一層深くし、目にはこの上なく優しい光が宿っていた。
「…そうかい」
そう答えた声は少し湿って聞こえた。
それから何とか神楽を説得し、出発したのが30分ほど前だ。
「アタシ達三人は今から店があるからね。アタシ達の分まで楽しんで来るんだよ」
そう言って店先で見送るお登勢に、新八の方は「はい!お登勢さん達もお店頑張ってくださいね!」なんて元気よく答えていたのに対し、神楽は「ウン」と神妙な様子で頷いていたのが可笑しかった。


今だって、神楽は周りの屋台に目移りしながらも先程買った焼きそばの袋をチラチラと気にしている。早く食べたいからか、とも思ったが違うようだ。どうやらソースなどが浴衣に付かないかを心配しているようなのだ。
新八もそんな神楽の様子に気付いたようで、二人で顔を見合わせて笑う。
「神楽ちゃんにも女の子らしいとこあるんですね」
「あぁ、そうだな。よっぽどバァさんの浴衣が気に入ってんだろ」
そんなことを話している間も、神楽はしきりに浴衣に汚れが付いていないか気にしているのがよく分かる。
銀時はフッと息をついて神楽に声を掛ける。
「おい、神楽。その袋こっちに寄越せ」
一瞬ビクリとして、神楽が振り返る。
「え、何でアルか…」
「いいから。代わりにお前はこっちを持ってろ」
そう言って銀時は綿菓子の袋を差し出す。これなら汚れる心配はない。
「分かったアル……ありがとネ」
袋を交換した後、神楽がお礼の言葉を小さく呟いた。前を向いているから表情は分からないが、ほんのりと赤くなった耳は見えていた。
隣の新八が持っているたこ焼きの袋を揺らしてクスクス笑っている。
「二人とも素直じゃないんだから」
「うるせぇ」
気恥ずかしくなって、銀時は天パ頭をガシガシと掻く。三人の間を、涼しい風が吹き抜けた。


「あら、新ちゃん達じゃない」
後ろから声を掛けられる。振り向くと、そこに立っていたのは浴衣姿のお妙と九兵衛だった。
「あっ、姉御と九ちゃんアル!」
気付いた神楽が駆け寄る。
「九ちゃんも浴衣アルか、珍しいアルナ!」
「へ、変だったかな」
「何言ってるネ、全然変なんかじゃないアル!二人ともよく似合ってるアル!」
「ふふ、ありがとう。神楽ちゃんもとっても可愛いわ」
「ありがとアル。そうだ、せっかくだから三人で写真撮ろうヨ!」
キャイキャイと話す彼女らは端から見ると其処だけ花でも咲いたように可愛らしいことだろう。
もっとも、一人一人がそこらの男が束になってかかっても瞬殺するくらいの戦闘力だと知っている銀時と新八にはそんな感想は浮かばなかったけれど。
「銀さん達は浴衣じゃないんですね」
神楽が九兵衛をスーパーボールすくいの屋台へと引っ張って行って三人だけが残った時、お妙が銀時に言う。
「あぁ、そんなの買う余裕なんかねぇからな」
「銀さんはそうでしょうけど、新ちゃんは前に買ったのがあるでしょ?言ってくれたら出してあげたのに」
折角なのにもったいないわ、とどこか不満そうな姉の姿に新八は苦笑する。
「僕達はいいんです。僕達は動きやすくて、汚してもいいような格好をしてないといけませんから」
新八の言葉に、少し考えた後お妙はクスっと笑った。
「神楽ちゃんのためなんですね。なんだかんだ言っても過保護なんだから」
「そんなんじゃねーよ」
ふふ、と楽しそうな彼女の様子に、なんとなく気恥ずかしくなった銀時は頭をガシガシと掻いてそれを誤魔化す。
「銀ちゃーん、スーパーボールいっぱい取れたアル!」
「妙ちゃん、僕もたくさん取れたから半分こしよう」
ちょうどその時、神楽と九兵衛の明るい声が聞こえた。
その手にはカラフルな戦利品がしっかりと握られている。はしゃいだ様子の彼女らに、つられて三人も笑顔を溢した。
少し五人で話をした後、お妙が神楽の頭をポンポンと撫でながら切り出した。
「じゃ、私達はもう少し屋台を回るつもりだから。また今度お話ししましょ。」
「分かったアル。また今度ネ」
バイバイ、と手を振り赤い提灯に彩られた道をまた歩き出した。


屋台を冷やかしたりしなが歩いてくると、今度は「きゃーっ!」という歓声が聞こえた。それと同時に、誰かが銀時の腕にしがみつく。
「銀さぁん、会いたかったわァァ!」
見ずとも分かる。こんなことをするのは変態くノ一、さっちゃんくらいだ。
「おい離れろうるせぇ。あとなんか納豆臭いんだけど」
「あぁん、もっと私を虐げて!」
すれ違う人々の視線が鋭く突き刺さる。違うから、変態はコイツだけだから!と銀時は胸中で叫んだ。
「おい、やめんか猿飛。そんなみっともないモンを見せられた歩行人が気の毒じゃ」
そう制止の声をかけたのは、遅れてやって来た月詠だ。
「お二人も祭りに来てたんですね」
「日輪に無理やり休みを取らさせてな。暇しておったら、コイツに誘われたんじゃ」
「二人も浴衣アルナ!すっごく綺麗アル」
「ありがとう、神楽。主もよく似合っておる」
「ええ、可愛らしいわよ」
「エヘヘ。ツッキー達も一緒に写真撮るアル!」
パシャリ、と華やかな姿をカメラに収める。すると、さっちゃんはクルリと銀時へと向き直る。嫌な予感に身を強張らせる銀時にガッシリと抱きつきながらまたもや叫びだした。
「どう?銀さん、私も浴衣似合ってるでしょォ?銀さんに乱してもらう為に選んだのぶべらァ!」
言葉の途中で月詠がさっちゃんの頭に手刀を繰り出し、銀時から引き剥がす。
「だから、いい加減にしなんし!全く、主は恥というものを知らんのか!」
「何よツッキー。私が銀さんとイチャイチャしてるからってヤキモチ妬かないでちょうだい」
「え、コレのどこがイチャイチャ?」
首に巻きついたさっちゃんの腕にぎゅうぎゅうと締め付けられ、窒息寸前の銀時を余所に月詠は顔を赤らめながら反論する。
「べ、別に妬いてなどおらん!いいから行くでありんす!」
さっちゃんの腕を引っ張りながら、
「すまぬ、迷惑をかけたな。お詫びと言ってはなんだが、受け取ってくれ」
と、神楽と新八に可愛らしい模様の水風船を渡す。
「屋台でたくさん取れたのじゃ」
「ありがとツッキー!」
「わぁ、ありがとうございます!」
目を輝かせる子供達を見て二人は微笑んだ。それから「お妙達と待ち合わせているから」と言って去って行った。
「あれ、一番の被害者の俺には何もくれないのね」
釈然としない様子の銀時を尻目に、二人は水風船をパシャパシャと鳴らして楽しそうだ。
「なんだかんだ言っても仲良いアルナ、あの二人」
「あはは、そうだね」
人混みに紛れて段々と見えなくなる背中を見送りつつ、神楽は手の中の水風船を揺らした。


「あ、林檎飴アル!私食べたいネ!」
店先で赤く光る飴を見つけた途端、神楽が走り出した。
「おい、ちょっと待て!」
お金も持たずに駆け寄る彼女を銀時が止めようとした時、誰かに肩がぶつかった。
「あ、スンマセン…」
謝りながらぶつかった相手を見遣る。すると、それは目付きは悪いが整った顔をした見慣れたマヨラーで。いつもの黒いかっちりした隊服姿の彼と目が合った。
いつもならここでどっちがぶつかってきただなんだと喧嘩になっただろう。しかし、今は祭りの最中。浮き足立った人々が周りを通り過ぎて行く中、怒鳴り合いなんて無粋な真似はしたくない。
それは向こうも同じだったようで、
「おぅ、気を付けろよ」
と返しただけであった。
「何、警備か何かに駆り出されてんの?大変だね、チンピラ警察も」
「誰がチンピラ警察だ。つか、チャイナのこと追いかけなくていいのか?」
「あぁ、あいつ金持ってねぇからすぐ帰ってくると思うし。」
そうか、と返す土方の長い指が自分の口元をすっと撫でる。ほとんど無意識であろうその仕草を見て新八が問う。
「あれ、土方さん煙草吸ってないんですね。禁煙中ですか?」
「ばか、こんな人混みで煙なんか吐きながら歩ける訳ねぇだろ。うっかり誰かの着物焦がしてもいけねぇし」
苦笑混じりにそう溢す土方はやはりいつもより穏やかだ。
「まぁアレだ、祭りの間はニコチンなんか摂取してないで甘いモン食ってろってことだな」
うんうん、と頷きながら言う銀時に新八も
「はは、確かに疲れた時には甘いものが良いですもんね。何なら銀さんの綿菓子食べますか?」
とふざけながらも賛同する。
しかし土方は、銀時の「ちょっと何勝手な事言ってんのこのダメガネ⁈」という突っ込みも聞こえていない様子で、驚いたように切れ長の目を真ん丸にして固まっている。
「…あれ、土方くん?どしたの?」
おずおずと銀時が問いかける。新八も怪訝そうに見守っている。
「お、お前って……」
「…?うん」
「…わ、綿菓子食えるんだな」
意外そうに呟かれた言葉に次は銀時が目を丸くする番だった。この男は俺が甘党だと知っている筈なのに、何を言っているのか、と。
「…え?何で」
「いや、お前が綿菓子なんか食ってたら、共食いみたいだなって…」
土方の言葉は最後の方は震えていた。喉をくつくつと鳴らして笑う目の前の男に、銀時と新八は呆然とする。大抵自分達に対しては無愛想な態度をとる彼が、笑っている。
そのことで頭がフリーズしていた二人だったが、言葉の意味を理解した銀時が言い返す。
「て、天パ馬鹿にしてんじゃねーぞコノヤロー!あんなアホみたいにフワフワした軽そうなモンと一緒にすんじゃねーよ!」
「銀さん、確かに果てしなく類似してます、銀さんの頭と綿菓子」
そんな銀時の反論に、土方は
「ふふっ、すまねぇな…くくっ」
と謝った。
笑いながらとは言え、その素直な謝罪にまた二人は面食らう。あの土方が自分達万事屋にこんな柔らかな態度を示すなんて。
これも、浮かれた祭りの雰囲気のなす業なのだろうか。
その時、パシャッと音がした。
不意に聞こえたその音に三人は音のした方を振り返る。
「マヨラーの笑い顔、ゲットアル。かなりレア度高いネ」
すると、いつの間に戻って来ていたのか、カメラを向けてニンマリと笑う神楽の姿がそこにあった。
撮ってんじゃねぇよ、と土方は抗議するがその表情はちょっと苦笑気味に、程度のものである。
「銀ちゃん達が来ないから林檎飴買えなかったヨ。何してるのかと思ったらマヨラーと話してたアルか」
ぷぅっと頬を膨らます少女に、「それはすまなかったな」と土方は眉を下げた。
こいつ、穏やかに話してみたら意外といいヤツなのかも。
銀時の中で、土方のイメージが少し書き換えられた。しかし、
「あ、そうだ。万事屋、笑って悪かったな。その詫びと言っては何だが、これ」
突然思いついたようにそう言って土方が懐から差し出したのは、先程神楽が欲しがっていた林檎飴。
「え、どうしたのコレ」
赤く輝くそれを受け取りながら銀時が問う。甘いものが得意な印象の無い彼がわざわざ買うものではないだろう。
「さっき屋台の女に無理やり持たされた」
なんか歩いてると色んなモン貰うんだよな何でだろ、と飄々と答える土方。
前言撤回。やっぱり、こーいうヤツが世の中の公平とか平等をぶち壊すんだ。俺も天パじゃなかったらモテモテだからなコノヤロー!
銀時は胸の中でこの世の不条理と己のとっ散らかった頭を嘆いた。
その間にも、新八は
「やっぱり土方さんってモテるんですね」
なんて呑気に言っているし、神楽は
「この飴マヨネーズの味とかしないアルか?」
と不安そうに聞いて土方に
「袋から出してもねぇもんにそんな芸当出来ねぇよ」
と苦笑いされている。
そんな四人の間に流れるいつになく穏やかな空気に、突然携帯電話の着信音が鳴り響いた。勿論土方のものだ。
土方はディスプレイに表示された名前を見て小さく溜息を吐きながらボタンを押す。
「山崎か。どうかしたか」
「え、えっとですねぇ、沖田隊長が屋台を半壊したとの連絡が…」
「あんの馬鹿野郎っ!」
「馬鹿野郎とは失礼ってもんでさァ」
突然聞こえた声の方を振り返ると、たった今話題になっている少年がイカ焼きを片手に立っていた。
その全く悪びれる様子も無い姿に、土方は額に手を当てて今度は大きく溜息を吐く。
「…もういい。後は本人から聞く。ご苦労だったな」
電話口でそう告げて通話終了のボタンを押す。
「で、何があった、総悟」
「ただ歩いてんのも暇だなって思いながらブラブラしてたらちょうど射的屋を見つけましてねィ。ちょいと景気付けにって遊んでたら段々エキサイトしてきて、気付いたらめちゃくちゃにしてた、みたいな」
「…お前が馬鹿って事しか分かんねぇわ、その説明。警備くらい真面目にやってくれよ、頼むから」
飄々と話す沖田の言葉を聞きながら土方は頭痛を堪えるように眉間を揉む。その様子は、流石の銀時も同情を覚えるほどであった。
しかしそんな事に沖田は動じない。
「おぅ、チャイナ。何時ぞやの決着でもつけるかィ」
「まだ射的する気かよ」
銃を撃つ真似をしながら神楽にそう提案する姿に銀時が呆れたような声をあげるが、彼はやはり気にも留めていない。
そのどこかワクワクした楽しげな沖田の言葉を、神楽は「嫌アル」の一言で一刀両断した。
「せっかく浴衣着てるのに、そんなことでぐちゃぐちゃにしたくないネ」
「…なんでィ、ノリ悪ィな」
つまんねェの、と呟く沖田の姿はさっきては打って変わって少し沈んでいるようだ。そんな彼の襟首を掴み土方は
「フラれたトコで悪いが、どっちにしろこれ以上サボらせられねぇからな。お前は一緒に謝りに行くぞ」
と容赦ない言葉を投げつける。
「つー訳で、今から馬鹿な部下の尻拭いに行ってくるわ」
じゃあな、と土方は沖田を連れて去ろうとする。
しかしその背中に、大きな声がかけられた。
「おぉ、トシと総悟じゃねぇか。それに万事屋達も一緒か!」
「近藤さん、アンタ何でここに?」
ニコニコと楽しそうな近藤に、土方は怪訝な顔をする。
「アンタの警備場所はここじゃなかったろ」
「いや〜、そうなんだけど、お妙さんが浴衣で来てるっていうのを聞いてさぁ。見逃したくねぇじゃん?」
話された理由に、やっぱりそんなトコだったかと皆が一様に呆れた顔をしたのを見て、近藤は必死に弁解を図る。
「いやいやだってさ、ここで見なかったら愛の追跡者の名が廃るってもんじゃん⁈」
「誰もそんな二つ名で呼んでねぇから安心しな」
「つーかよく懲りねェな、お前も」
「大人しく森に帰るヨロシ、ゴリラ」
言い訳も虚しく、口々に非難されゴリラ、もとい近藤はすっかり涙目である。しかしその姿に同情心を抱く者はいないけれど。
「いいもんね!誰に何と言われようとも俺は俺の愛を貫いてみせる!待っててくださいお妙さんんんんん!」
強がりのようにそう叫ぶと、近藤はダッととてつもないスピードで走り去ってしまった。
「ちょ、おい、近藤さん!」
呼び止める土方の声も空しく、近藤の背中はすでに人混みに紛れて見えなくなってしまっている。
「あ、そう言えば姉上、最近あまりにも近藤さんがしつこいから携帯用の薙刀買ったって言ってましたけど。大丈夫ですかね、近藤さん」
思い出したように呟かれた新八の言葉に全員が目を剥く。
え、携帯用薙刀って、何それ怖い。
そんな物騒な商品が存在することへの驚愕と、それを持っているお妙への恐怖で全員が絶句する。その祭りには不似合いな静けさに、
「しつけーんだよこのケツ毛ゴリラァァァ!!」
という咆哮と「ギャアアァァ!!」という悲鳴が響いた。
「…部下だけじゃなくて、馬鹿な上司の尻拭いも必要みてェだな」
深い溜め息を吐く土方の肩を、ポンと叩きながらそう銀時が言った。


土方らと別れた後、長谷川さんがやっている屋台を見つけた。しかしその屋台は、射的と書かれた看板は剥がれ落ち、あちこちに穴があいているという見るも無残な姿で。
恐らく、というより絶対にあの少年の仕業だろう。
「俺の屋台が…俺の売り上げがぁ……」
と悲壮な面持ちでさめざめと泣く長谷川さんには悪いが、ここで変に関わって面倒なことにはなりたくない。
三人は顔を見合わせてウンと頷き、見なかった事にして立ち去った。




屋台の連なっている大通りを抜け、河原へと向かう。花火を見るならそこが穴場だ、とお登勢に教えられたのだ。
屋台や踊りをしている辺りに人が流れているからか、道にはあまり人影もない。人混みの煩わしさから解放された銀時達は大きく伸びをした。
「すごい人の数だったアルナ」
「まぁ、この祭りは江戸で一番でけェからな」
「花火の数だって多いし、それにこの夏最後のお祭りだからね」
「まじでか、そりゃあみんなも来るはずネ」
そんな話をしながらもう日も沈み、暗くなり始めた道を歩く。
慣れない下駄で歩きづらそうな神楽に合わせたゆっくりとした歩調は、なんだか心まで穏やかになるような気がする。きっと少し暗くて静かな雰囲気もそう思わせる原因の一つだろう。

普段より幾分和やかな雰囲気を纏わせた三人と一匹が目的地である河原へと到着したのは、花火の打ち上げ開始時刻の三十分ほど前であった。
「わぁ、確かに私達以外に人もいないし、花火もすっごく見やすそうアル!」
「ほんとだね。流石お登勢さん、良い場所を知ってるんだなぁ」
「亀の甲より年の功ってやつだろ」
話しながら座りやすそうな場所を探し、青い草が短く生えた地面へ腰を下ろす。するとその時、神楽がハンカチを地面に敷いてから座っているのが目に入った。普段なら考えられないようなその仕草に、銀時と新八はまた頬を緩めたのであった。
それから、まるで競い合うかのように大騒ぎをしながら買っていた食べ物を胃袋に詰め終わり、綿菓子を食べながら一息つく。

ちょうどその時、一発目の花火が打ち上げられた。

ドン、と振動した空気が鼻先から伝える。一瞬風がした気がすると同時に心臓にその風が響き、揺さぶられる。
花火大会の幕開けに相応しい、その大きくて素晴らしい花火に三人は思わず感嘆の声を洩らす。
「あ、次のは朝顔の形アル!」
「うわぁ、綺麗だね」
はしゃいだ様子で声を上げる子供達を尻目に、銀時の脳裏には昔の事が浮かんでいた。

少し前まで、花火は苦手だった。
別に嫌いな訳ではないし、それを綺麗とは思うだけど、どうしても頭が思い出してしまっていたのだ。
ドン、と体に響く轟音は、戦場のあちこちから聞こえる大砲の音を。
ピカッ、と一瞬に射す光は、刀と刀が当たった時の瞼の裏にまでこびり付くような閃光を。
そして、花火が消える時、闇に吸い込まれるように消えていく無数の光は、護りきれずになくした者たちの姿を。
だから、花火を見る度に胸の奥の方が少しだけ、ギシリと音を立てていた。
花火が消えた後の黒々とした夜空を見る度に、真っ暗な穴の中に取り残されたような感覚に包まれていた。

だけどそれは、もう昔の話。

隣を見ると、さっきまで騒いでいたのが嘘のように、真剣な表情でジッと空にさく花に魅入っている子供達がいる。
その手に握られたカメラには、先ほど会った沢山の人の笑顔が収められている。
そう、今は。
今は、隣で同じ夜空を見上げるヤツらがいる。
立っている場所は違えども、同じ光を見つめているヤツらがいる。
それぞれ違った角度から、それぞれ違った形の花火を見ながら、それでもきっと胸に抱く想いはみんな同じなのだろう。
それだけで、苦手だった花火も、美しく、愛しいものに思えてくる。
それに、もしコイツらが花火だとしても。
きっとコイツらはちょっとやそっとのことで消えるような光ではないだろう。
それは、一瞬の儚い光なんかじゃなく、しぶとく夜空に輝き続ける、眩しすぎるほどの明るい光。
そこまで考えて銀時は、もうそれ花火じゃねぇな、と自分の考えに苦笑する。

今まで感傷に浸っていたことへの気恥ずかしさを抱えながら、隣に座る子供達の顔をチラリと見遣る。
ぼけーっと口を半開きにしたまま空を見上げる顔が、赤や緑など様々な色の光を浴びて光っている。
それを見て、銀時はほぼ反射のように神楽の手の近くに放り出されていたカメラに手を伸ばす。
カシャリ、とシャッターをきると、その音に二人と一匹が振り返った。
「何ですか?」「何アルか?」「わん」
口々に問うてくる中、シュルルルと一際大きな音がした。花火の打ち上げられた音だ。
きっとこれが最後の一発。最後の一花。
「ほら、よーく見とけよ」
銀時の声に、それぞれ夜空へと視線を戻す。
そのとき、ドン、ど今までで一番大きな音を立てて、最後の大輪の花が夜空を彩った。
わぁ。
歓声を洩らす子供達の横顔をみながら、銀時は思った。
祭りも楽しいものだったし、花火だって素晴らしく綺麗だった。どの場面もシャッターチャンスと言うに相応しい。

だけど、一番嬉しかったのは、一番残しておきたい事は、万事屋で祭りに来た、というたった一つの事実。

それが何よりも愛おしい。

花火の光も全て夜空に吸い込まれた頃。徐々に余韻も醒めてきた子供達がまた聞いてくる。
「何で花火じゃなくて私達のこと撮ったアルか?」
お前達と花火を見れたのが嬉しかったから、なんて本当の理由は、口が裂けたって言えやしない。
だから銀時は視線を地面へとそらし、天パ頭をガシガシと掻きながら答える。
「別に、ただの試し撮りだよ。悪いかコノヤロー」
ぶっきらぼうな言葉に、神楽と新八は顔を見合わせた。それから二人でニヤッと笑うと、
「一枚きりの試し撮りじゃよく分かんないネ!」
「そうですよ、もっといっぱい撮ってみなきゃダメですよ!」
そう言ってからタタタっと銀時へと駆け寄り、その手の中にあったカメラをひったくる。そして、その行動についていけず呆然とする銀時の顔をカメラに収める。
「キャハハハ、銀ちゃん間抜け面アル!」
「本当だ、いつもより間抜け面になってるね、アハハハ!」
カメラを覗き込みながらケラケラと笑う二人。その笑顔が本当に楽しげで。
つられて銀時も頬が緩む。
全く、この子供達には俺が写真を撮った理由もバレているのだろう。
「うるせぇ!お前らだってどうせ間抜け面になんだよ!つーかカメラ返せ!」
そこからカメラ争奪戦、そして撮影大会が始まった。

花火の光が消えた夜空には、今は星が無数に輝いている。
その星空の下、河原ではシャッター音と万事屋の楽しげな笑い声がいつまでも響いていた。







そのころ、先ほどまであった屋台も一つ残らず片付けられた後の広場で。

もうすっかり人もいなくなった暗いその場所の片隅に小さな人影があった。膝を抱えて座るその長髪の男と白い奇妙な生物は、こう呟いた。
「ずっとスタンバッてました」
3/6ページ
スキ