銀魂GL小説

色とりどりの着物がずらりと並んだ店の前で、月詠は睨みつけるようにしてショーウィンドウを見つめていた。

「アンタ、非番の日くらいもっとお洒落な格好してみたらどうだい」
そう日輪に言われたとき、月詠は素直には頷かなかった。
「べつにわっちは動きやすければ何でもいい」
「何言ってんのさ。そりゃあその着物だって似合ってるけど、ちょっとくらい華やかな格好してもバチは当たらないよ」
「そうだよ!オイラ、もっとイマドキな格好の月詠姉も見てみたい!」
そう日輪と晴太にまくし立てられ、追い立てられるように吉原をあとにしたのがつい半刻ほど前である。

ぶらぶらと歩いているうちになんとなく足が向かったかぶき町で、ふと目に留まった一軒の服屋。いわゆる「ぶてぃっく」であるその店には羽織から帯留めまで幅広い商品が売られているようだった。ショーウィンドウには、無数の桜の花弁の舞う華やかな白地の着物にシックな黒い帯を合わせたもの、黒と白の格子柄の着物に藤色の羽織をさらりと合わせたものなど、さまざまな着こなしのマネキンたちが並んでいる。月詠は柄にもなく胸が高鳴るのを感じた。
可愛い服というものは、こんなにも胸をドキドキさせるものだったとは。もっといろいろな着物を見てみたいし、自分にはどんなものが似合うのか知りたい。そう思うものの、慣れない場所に足がすくんでしまいなかなか店の中に入ることができない。それに、一人では似合う着物なんて分からないし、また地味な着物を買って帰って怒られてしまいそうだ。
どうしようかとぐるぐる悩みながら店の入り口を遠巻きに眺めていると、ふいに背後から声がかけられた。
「月詠殿?」
振り向けば、そこにいたのは男装に眼帯の美少女、九兵衛であった。
「ああ、九兵衛。奇遇じゃの」
「もしかして、君もこの店に?」
月詠はぎくりと肩を跳ねさせた。まさかさっきからの葛藤をすべて見られていたのだろうか。
「い、いや、その……」
もごもごと言葉を詰まらせる月詠に、九兵衛はふっと小さく微笑んだ。
「服を買おうと出かけてきたのだが、一人だとどうも店に入りにくい。月詠殿、よかったら買い物に付き合ってくれないか」
「わ、……わっちで、よければ」
渡りに船、とばかりに月詠は大きく頷いた。
二人並んで店に足を踏み入れる。当たり前だが、ショーウィンドウとは比べものにならないほどたくさんの種類の着物がずらりと並べられていて、思わず圧倒されてしまう。
「……すごいな」
「……そうじゃな」
店内をぐるりと見回した九兵衛がぽつりともらした言葉に、月詠も同感であった。慣れない場所に困惑や戸惑いもあるが、それ以上にわくわくとした高揚感の方が大きい。それに何より、今は一人ではないのだ。一緒に戸惑いも高揚感も共有してくれる人がいるのは心強かった。
「お互いに、相手に似合いそうなものを選びっこしてみんか。その方がきっと似合うものが見つかるじゃろ」
「えっ、いいのか、僕なんかが選んでも……」
「ぬしのセンスなら間違いありんせん」
月詠が大きく頷いてみせると、九兵衛はふっとくすぐったそうに笑った。
それからたくさんの着物を手にとってみたり試着したり。ようやく店を後にした頃にはもう日も落ちかけていた。オレンジに染まる道を二人並んで歩く。
「買い物が苦手な僕が、まさかこんなに買ってしまうなんて思わなかったよ」
そう言って笑う九兵衛の両手にはいくつもの紙袋が提げられている。
「わっちもこんなにたくさんの服を買ったのは初めてじゃ」
月詠も両手いっぱいに提げた紙袋をガサガサと言わせながら微笑み返す。
「君が選ぶものは全部、とても素敵だったから」
「それはこっちのセリフじゃ」
月詠はこそばゆい気持ちが胸にあふれるのを感じた。
実際、こんなに楽しい買い物をしたのは初めてであった。あれでもない、これでもない、こっちの方が似合う、あっちのも可愛いなどと相談しながら友人の服を選んであげるのが、こんなにも楽しいことだったとは。
それに、自分ではなかなか手が出せないような服でも友人に勧められたならば挑戦してみようと思えるものだ。二人揃って紙袋いっぱいの買い物をしてしまったのがその証拠である。
そしてなにより、九兵衛と過ごす時間がとても気楽で楽しいものであったのだ。同じような境遇にいる九兵衛だからこそ、男らしさとか女らしさとかそんなものを一切気にしないまま、いちばん『素』の自分を見せられる気がした。
「あの……」
ふとかけられた、躊躇いがちな声に月詠は「なんじゃ?」と柔らかく問い返す。
「その、もしよければ、また『しょっぴんぐ』に付き合ってくれないかな」
頬をかすかに染めながら照れくさそうに告げられた言葉に、月詠は口元を緩ませた。
月詠の葛藤を見透かしたうえで買い物に付き合ってくれないかと頼む気遣いも、もじもじと顔を赤くしながらのお誘いも。そのどちらもが、彼女らしくて、素敵なところだと思った。
「もちろんじゃ。わっちも楽しみにしておる」
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