銀魂BL小説

「おい!」
部活終了後、自主練も終えて一人で武道館から出てきた土方を呼び止める。
「うわ、え、坂田?」
正門へ向かっているのであろう、制服姿の土方が意表を突かれたようにぱっと振り返る。オレンジ色に染まった視界の中で、黒い彼の姿はひどく存在感に溢れて見える。
足を止めてこちらを見つめる土方の所まで走り、キョトンとした顔の彼に向かって放課後に急いで買ってきた花束をさしだす。
あんまり勢いよく顔の前につきつけたから、花束は土方のすぐ目の前になってしまった。鼻先で揺れるカラフルな花たちに土方は目を丸くしている。
「え、何だこれ」
状況が飲み込めていない様子の土方になるべく素っ気なく、ぶっきら棒に告げる。
「お前、剣道の大会、優勝したんだろ?」
「そうだけど…」
「だから、その、お祝いっていうか…」
「え?」
土方は困惑した顔で俺と花束とを見比べている。
赤くなっているだろう顔に気付かれたくないけど、ちゃんと土方の目を見て渡したいから視線は絶対逸らさない。
「…お前が俺に花束なんて、柄じゃねェだろ」
眉を寄せ訝しげな口調で言われたもっともな言葉に、何も言えなくなる。思わず花束を持っているのと逆の手をぎゅっと握りしめる。
そりゃあ俺だって、男が男に花束を贈るなんて、とは思った。
思ったけど。でも。
どうしても、祝いたかった。
だって、毎日毎日、暗くなっても一人で練習しているのを知っている。
いつも、飽きもせずに竹刀を振ってる時の凛とした真剣な顔を知ってる。
そんな土方の姿が見るため、放課後はいつも早く帰るふりをして武道館を陰からバレないように覗いてた。
そんな土方の努力を知っているから、それが報われた事が嬉しかった。土方の頑張ってた姿が認められた事が本当に嬉しかった。
だって俺は、土方が好きだから。
頑張ってる土方の姿が、大好きだったから。
だから思いっきり部外者の俺なりに土方のために何か出来ないかなって考えた。
いつもは顔を合わす度に照れ隠しゆえに喧嘩を吹っかけてしまうけれど、今回こそはちゃんと土方に喜んでもらえるようなことをしたいって、心の底から思った。
でも現実は、喜んでなんかもらえなかった。ただ疑わしげな顔をさせるだけだったようだ。
やっぱり、男から、しかも顔を合わせば言い争いばかりの気に食わない相手からの花束なんて、受け取ってくれないか…
なんて、落胆と半ば諦めのような気持ちで、前に伸ばしていた腕を引っ込めようとした。
その時。

「…そんな派手なの、持って帰るの恥ずかしいだろーが」

そっぽを向いたまま土方が言った。
そんな拒絶の言葉、わざわざ言わなくたってもう分かってんだよ。もうこっちはハートブレイクなんだよ。
チクリと痛む胸に急いで蓋をする。
うるせー冗談に決まってんだろ、なんて心とは正反対の言葉で誤魔化してしまおう。
そう思い、それを口にすべく土方をもう一度見遣る。
すると、目に飛び込んできたのは、夕陽にも負けないくらいに真っ赤に染まった土方の顔で。
思いがけない彼の様子に思わず固まる。
そしてそんな彼が紡いだのは、もっと思いがけない言葉だった。
「だから、…お、お前が俺の家まで持って帰ってくれるんだったら、もらってやっても、いいけど…」
だんだんと小さくなる声と共に俯いてしまった黒髪の隙間から、赤く染まった耳が覗いている。
今の土方の言葉を反芻する。
つまりこれって、一緒に帰ろうってお誘い?
俺、土方と一緒に帰っていいの?
突然の言葉を回らない頭なりに必死で咀嚼したけど、辿り着いたその結論に自信が持てずにまじまじと土方の顔を見つめてしまう。
すると、不意に顔を上げた土方と目が合う。口元に手の甲を当てている彼は顔を隠しているつもりなんだろうけど、真っ赤になったほっぺは丸見えだ。
こんなにも照れてるってことは、つまり、そういうことなんだろう。
「…どーすんだよ」
なかなか返事を返せないでいた俺に痺れを切らしたのか、土方が急かすように問う。
そんなの、勿論、
「お、お供させていただきます!」
ちょっと上擦ってしまった俺の言葉に、土方はふっと頬を緩めた。夕陽に照らされたその姿は、思わず見惚れてしまう程に綺麗で。
「じゃ、ほら、行くぞ」
掛けられた声にハッと我に返り、慌てて先を行く黒い背中を追いかける。

今はまだ、花を渡すので精一杯だけど。
いつか、この胸に抱えた想いを全部伝えることが出来た時。
今までどんなに土方の姿を見つめてきたか、どんなに土方のことを想ってきたかをひとつ残さずちゃんと教えてあげることが出来た時に。
さっきみたいに、綺麗に微笑んでくれるかな。
花束を抱え直しつつ、そんなことを考える。
まぁ、とりあえず今は土方の隣を歩けるこの時間を大切にしよう。


いつもより穏やかな空気が流れる帰り道を二人で歩き、土方の家に着いた時。俺はずっと大事に抱えていた花束を差し出し、土方は今度こそちゃんと受け取ってから、俯き加減で口を開いた。
「……あの、これ、ありがとな。…本当は嬉しかった」
手渡したばかりの花束を抱き締め、顔を真っ赤にしながら小さな声で言われたのは、あまりにも嬉しすぎる言葉。その感動と土方の可愛さに俺が卒倒しかけるのはもう少し先の話。
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