銀魂BL小説

【side 土方】


毎日電車で見る彼。
気が付けばいつも、同じ車両に彼がいないか探していた。

最初に意識したのは、今年の春。
高校生になり、初めて電車通学した時だった。
一人きりの、まだ慣れない通学中でずっと自分の膝の上で握りしめられたこぶしを見つめていた。
すると、顔に何処かで反射した光が当たる感覚。
またどこぞのマナーの悪い女子高生かOLが鏡を出して化粧でもしているのか。
そう思った俺は、そのツラを拝んでやろうと光の道筋を辿った。
しかし、光の先にいたのは、朝日をその銀髪に受けてきらきらと輝かしている、男。

眩しい、と咄嗟に思った。

よく観察してみると、眠たげな目と妙によれたブレザーの制服のせいでだらしない感じが漂っている。
窓の外の景色をみている目はまるで死んだ魚のようだ。
だけど、朝の光を目一杯に反射させている彼は、とても眩しかった。


それからほぼ毎日、彼の姿を電車で見かける。
着ている制服から、吉田高校の生徒だと分かった。
俺の通う真選高校のすぐ近く、もう隣と言ってもいいのではないかというほどの距離にある男子校。
だから、毎日同じ電車に乗り同じ駅で降りる。
あんなに目立つ容姿で、しかも毎日姿を見るのだ。
気にならないワケがない。
それから毎朝、電車の中で彼の銀髪頭を探すのが日課となった。

すると彼の、全く恩着せがましさのない小さな優しさが目につくようになった。
腰の曲がったお婆さんに席を譲るのも
「こんな綺麗なお姉さん立たしておくわけにいかないでしょ。」
なんて冗談を言いながらなので、譲られた方も
「もう、やぁねぇ!」
とかなんとか言って、無駄な遠慮をしなくなる。
そのスマートな器用さが純粋にすごいと思った。
優しいくせに、茶化してうやむやにする。
そんな彼を毎朝電車で見かける度、彼に対する興味がどんどんと大きくなっていった。
話し掛けてみたいけど、人見知りな性格ゆえにいつも見ているだけ。
いつまでも彼のことは知らないまま。
それに彼は俺の存在すら知らないだろうし。
つまり、どうしようもないのだ。


その日もいつもの電車に乗り彼のクルクルな銀髪頭を探していた。
けれど、彼の姿は見当たらない。
どうしたのかな、と思っていると彼がたった今同じ車両に乗って来るのを見つけた。
よかった、今日も見れた。
安心していると、だんだんと彼は近づいてきて、なんと俺の隣に座った。
どうしよう、想定外過ぎて頭の中がフリーズする。
できるだけ自然に、いつも通りに。
でも冷静になって考えてみると、話したこともないのだから自然も何も無い。
いつも通りにただの他人のまま。
ただ、彼の銀髪だけが相変わらずキラキラと輝いていた。

ずっと緊張したままの俺を乗せた電車は、俺の降りる駅に着いた。
つまり、彼の降りる駅でもある。

横目で彼の様子を伺うと、眠っているようだった。
あまりにも幸せそうな寝顔で、何秒間か見つめてしまった。
でもそんなことをしている場合ではない。乗り過ごすと二人とも遅刻することになる。
慌てて彼を揺り起こす。
他人だとか、そんなことは頭に全くなかった。
「ん〜、なんだよぉ」
目を擦りながら彼がこっちを向く。
ちょっと可愛い、とか思ってない。
「起きろって、もう銀魂駅着いたから!」
そう言うと彼はやっと状況を理解したようで、急に慌てだした。
「まじでか、やっべ!」
彼は素早く自分の荷物を掴み、ついでに俺の腕も掴まれた。
え、何で俺の腕掴まれてんの。
何が起きたのか分からずパニックになっている俺に
「ホラ、早く降りるぞ!!」
と言いながら、彼は駆け出す。
俺も腕を引かれたまま電車を降りる。
あれ、俺が起こしてやったんだよな?
何だこの状況。

改札を抜けるまで、ずっと腕を掴んでいた彼の手が離される。
無くなった温もりがちょっと寂しいとか、何を考えているんだ俺。

「いや〜、助かったよ。ありがとな」
「おう」
緊張し過ぎて素っ気ない返事しか出来ない。
もっと話したいのに。

「あの〜、よかったら一緒に…」
「おーい、ぎんときー!」
彼が何か言いかけたとき、ちょうど大声で遮られた。
何だ急に、うるせぇな。
「ちょ、ヅラお前空気読めよハゲ!」
「ハゲじゃない桂だ!」

向こうから呼び掛ける長髪の男の言葉に、ハゲなのかカツラなのかどっちだよと内心突っ込む。
長髪男の後ろからついて来ているやたら目つきの悪い眼帯男が、こっちを見ながらニヤリと笑う。
背筋がぞわっとした。何だこいつ。

「おい銀時、今日はお友達と一緒か?」
眼帯男が彼に話しかける。
そっか、この天パ銀髪の彼の名前は‘‘ぎんとき”っていうのか。
必死で頭の中にインプットする。
絶対忘れたくないから。
「うっせえな、そうだよ!」
‘‘友達”を肯定してくれたことだけで嬉しくなる。
そんなつもりがないのは分かっているけれど。
それから『ぎんとき』は俺に向き直る。
少しだけ、ドキっとした。
「ゴメン、こいつらうるさいからまた今度な!」
何が今度なのか分からなかったけど、体は勝手に頷いていた。
また、という約束が嬉しかったから。
「じゃ、またな」
そう言って『ぎんとき』は友達?なのか?二人と駅を出て行く。
ギャーギャーとやかましく遠ざかる彼らに寂しさが広がる。
一緒に行きたかったな。
けれど、今日はぎんときと話すことができたから嬉しさの方が大きい。
ふわふわとした柔らかい気持ちを抱えながら、俺も自分の学校へと歩きだす。
また、ぎんときと話せたらいいな。




【side 銀時】

毎日電車で見るあの子。
気が付けばいつも、同じ車両にあの子が乗って来るのを待っていた。

最初に意識したのは、今年の春。
入学式の次の日だった。
乗り慣れない電車の座席で、発車するのを待っていた時。
プシューという音をさせて開いたドアから電車へ乗ってきたあの子を見つけた。
真っ黒な髪と驚くほど整った顔立ち。
乗客のほとんどがあの子に目を奪われていたと思う。
そんな視線には一切気付かずに空いている席へと腰を下ろす。

美しい、と思った。

誰もが振り返るような容姿のクセに、きっとそれに気付いていない。
一瞬であの子に興味を持った。

それから毎日電車の中であの子の姿を探した。
気付かれないようにこっそりと、同じ車両に乗りこむあの子を見つめていた。

すると、外見だけじゃないあの子の美しさが分かってきた。
荷物を持ったおじいちゃんに
「どうせすぐに降りますから。」
とか言って席を譲る。
本当はまだ三駅もあるくせに、相手に悟られないように違う車両へそっと移っていく。
去っていく背中を見送りながら、その不器用な優しさに胸が温かくなるのを感じていた。
そんな場面を何度も目にするうちに、だんだんとあの子に惹かれていった。


学校でも、あの子のコトが頭から離れない。
入学当初は、俺の通う吉田高校は男子校だから出会いなんか期待していなかった。
近くの真選高校の女の子とお近づきになれたらいいなーってくらいは思ってたけど。
それが今や、同じ真選高校でも、美人とはいえ瞳孔の開いた男子に想いを寄せているのだ。
人生何があるか全く分からないよなぁ、とつくづく思う。
それでもやっぱり好きだけど。

そんなことを考えながら頬をだらしなく緩ませていると、幼馴染みで同じクラスの高杉がニヤニヤと笑いながら近づいてきた。
また碌でもないこと言ってくるんたろうなー、面倒くせー。
「おい、真選高校にエラく美人なのがいるらしいぞ」
ほら、やっぱり面倒だ。
「うっせえよ、興味ねぇよ」
俺が好きなのはたった一人、あの子だけだから。
けど、真選高校ってあの子の学校だよな。
「なんだ、釣れねェな。この学校のやつらがこぞって騒ぐほどの男だぞ」
「だから知らねぇって……え?お、男?」
「そうだ。土方っていうらしい」
「へ、ヘェ〜…」
思わずびっくりしてしまったけど、自分も男に恋をしていることを思い出す。
それだけに、何とも言えない気分になる。
何も言えずに固まっている俺を置いて高杉は去っていった。
マジで何がしたかったんだよ。
というか、あの子は大丈夫なのだろうか。
あれだけ美人なのだ、他のヤツらが騒ぐことは簡単に想像がつく。
せめて高杉には目を付けられませんように。
あの子の輝きに気付くのは、自分だけでいい。
自分だけが、いい。


その日、俺はいつもの電車に遅れそうになっていた。
改札口を走り抜け、そのままホームへと脚を動かす。
あの子と一緒の電車に乗りたいから絶対に遅れたくない。
ほぼ全力疾走で電車に滑り込む。ギリギリセーフ、危なかった。
寝癖と風の影響でいつも以上にとっ散らかった頭を手ぐしで直す。
あの子がチラリとこっちを見たのが分かった。
ちくしょう、まとまれ天パ!
とりあえず座れるところを探すと、なんと空いている席はあの子の隣だけだ。
高鳴る鼓動を抑えながら、その席に腰を下ろす。
走ってきたけど俺臭くないかな。大丈夫かな。
そんな動揺を隠してひたすら気にしないふりをする。
それでもやっぱり隣に座るあの子が気になって、こっそり盗み見る。
あぁ、近くで見てもやっぱり美人。
凛とした横顔にますます惚れ直してしまう。

やっぱりモテるんだろうな。
いつもイヤホンをかけているけど、どんな歌が好きなのかな。
学校ではどんな人と一緒にいるのかな。
今日、彼にはどんな出来事が起こるのかな。
もっとあの子が知りたい。
まぁ今日も、彼と俺の世界は交わることなんかないんだろうけど。
そんなことを考えてから、俺は目を閉じた。
どうせ話し掛けれないなら、寝てしまったほうが可能性のない恋を感じなくて済むのだから。


夢のなかでも、あの子の姿を見つけ
てしまった。
せめて夢のなかだけでは俺のこと見つめてよ。
こっちを、向いてよ。


揺すぶられる感覚で夢から引き戻される。
ちくしょう、せっかくあの子の夢だったのに!
「ん〜、なんだよぉ」
恨みがましく思いながら、起こしてきた相手を見る。
え、嘘だろ。まさか、まだ俺寝てるのかな。
目の前には、その綺麗な顔を近づけて俺の瞳を覗きこむあの子の姿が。
急に顔が熱をもつのが分かった。
「起きろって、もう銀魂駅着いたから」
初めて聞くあの子の声。
思っていたよりも低いけど、やっぱりイケメンボイス。すげぇ。
じゃなくて、あの子今何て言った?
駅、もう着いたの?
徐々に覚醒してきた頭であの子の言葉を反芻する。
ヤバイ、遅刻させちゃうじゃん!

「まじでか、やっべ!」
急いで隣に放っていたバッグを引っ掴む。勢い余ってあの子の腕も掴んでしまった。
だけど気にしてられない、急げ俺!
「ほら、早く降りるぞ!」
折角起こしてくれたのに俺のせいで遅刻なんてさせちゃったら、絶対死ぬまで後悔するわ。
あの子の腕を掴んだまま電車を降り、そのまま改札まで走り抜ける。

改札を出てから、掴んでいる手が妙に恥ずかしくなりパッと離す。
今冷静に考えてみると結構大胆なコトしちゃったな。

「いや〜、助かったよ。ありがとな」
内心照れながらも、普通を装いお礼を言う。
「おう」
ぶっきら棒な返事だけど、あの子も照れているのか少し頬が赤い。
ヤバイ、すげー可愛い。
もっと一緒にいたい。

「あの〜、よかったら一緒に…」
「おーい、ぎんときー!」
あの子を誘おうとした時、タイミング悪く今は絶対に聞きたくない声がした。
「ちょ、ヅラお前空気読めよハゲ!」
「ハゲじゃない桂だ!」
いつもの返しもたまらなくウザい。
一生恨んでやるからな!
ヅラの後から高杉もついて来た。
あ、高杉はあの子に会わせないように気をつけてたのに。
「おい銀時、今日はお友達と一緒か?」
ニヤニヤしながら尋ねてくる。
やっぱりロックオンしたのか、しちゃったのか。

「うっせえな、そうだよ!」
下手に否定してもどうせ面倒だから肯定した。
あの子、迷惑に感じたかな。ゴメンね。
これ以上こいつらとあの子を会わしたくないから、早く去ることに決めた。
「ゴメン、こいつらうるさいからまた今度な!」
また話したい、という気持ちが伝わるように‘‘今後”と言った。
気付いてくれるかな。
するとあの子はコクン、と頷いてくれた。
嬉しさが込み上げてくる。

「じゃ、またな」
そう言ってあの子に背を向け歩きだす。もちろん、ヅラと高杉を引っ張りながら。

あの子と話せた喜びを噛み締めながら歩いていると、高杉が話し掛けてきた。
「おい銀時、お前いつからあの‘‘土方”と知り合いになってんだよ」
「うるせぇな……って、あの土方?
え?前にお前が言ってた、俺らの学校のヤツらが騒いでるっていう?」
「そうだぜ。お前、知らなかったのかよ」
高杉が驚いた顔をする。
知らねぇよそんなコト。まぁ美人だとは思ってたけど!
つまり、俺は自分で思ってたよりもだいぶ厳しい恋をしているのか。
だけどそれが何だってんだ。
どうしたって、好きなのはやめられないのだから。
まずは、次に話すときにあの子との距離をもっと縮めよう。
そう、心に決めた。
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