銀魂BL小説

台所から聞こえてくる調理の音というのは、どうしてこんなに柔らかい響きをしているのだろう。まな板に包丁が当たる音も、鍋の中の煮物のぐつぐつという音も、蓋のすきまからこぼれる湯気の音も、すべてが淡い暖色をおびている気がする。廊下の向こうの台所から洩れ聞こえる音に耳を傾けながら、土方はゆるゆると考える。秋の夜の空気は澄みわたっていて、だから音の輪郭さえも鮮やかだった。
こんな柔らかな音を立てているのが、あのぐうたらで出鱈目な男であること。その男の住まいに今、自分がいて、作る料理を大人しく待っていること。なんだかどれもが不思議で、とてもおかしいことのように思える。

「そういや、こないだの依頼の報酬ですげェ量の柿を貰ったんだけどさ、食う?」
銀時からそんなことを言われたのは、つい三日前の夜だった。偶然、しかしもはや当然のように鉢合わせた呑み屋のカウンター席の片隅で、土方は思わず「あ?」と首を傾げた。
「おめーんとこで食えばいいだろ。大食らいのガキがいるんだから、ちょっとやそっとの量じゃすぐに食い尽くせるだろ?」
脳裏にチャイナ娘の姿を描きながら、土方は猪口に唇をつける。かつてのっぴきならない状況に陥った際に少しのあいだ万事屋で暮らしたし、最近はちょくちょく集られるようになったから、彼女の胃袋の巨大さはよく分かっているつもりだ。
銀時が悪戯小僧のようにニヤリと笑った。わずかに赤く染まった目もとがきゅっと細まる。
「あー、そういうこと言っちゃうんだ?」
「なんだよ」
「実はさぁ、その依頼人のおばちゃんにいろいろ教えてもらったんだよな、柿を使ったレシピ。そんなかにさぁ」
焼き鳥の串を振りながらもったいぶって話す銀時が、土方の目を覗きこむ。思わず土方も唾を飲みこんだ。
「あったんだよ、めちゃくちゃマヨに合うやつが」
「マヨはもともと何にでも合うぞ」
「そうだなオメーはそんなやつだったな、でもちげーよそうじゃなくて!」
串を皿に叩きつけて喚く銀時を、土方は不思議なものを見るように眺める。銀時がぼりぼりと頭をかいた。天然パーマの髪がぴょこぴょこ跳ねる。
「えーと、だからつまり、マヨと柿がより美味くなるレシピを教えてもらったからさ……」
そこまで言って、銀時はついと目を逸らした。俯けた視線の先には、いじいじと所在なさげにもてあそぶ指先がある。
「今度、うちに食いに来ねェ?」
「……おう」
土方は小さく頷いた。
マヨと柿を使った料理に興味があったのもたしかだけれど、とは言えただそれだけでもないことを自覚しながら。

ふと、炊き立ての米のいい匂いがふわりと漂ってきた。土方はソファに腰掛けたまま、ひょいと廊下の向こうを覗きこむ。柿以外の材料と酒はいくらか持参してきたとは言え、やはり何か手伝ったほうがいいのだろうか。けれど、あの狭い台所に銀時とふたりで立つのは、なんだか違う気がする。いや、違うというか、要するにすごく気恥ずかしい。土方は首を引っ込めた。
テレビさえついていない部屋の中は静かで、そわそわと落ち着かない気分になってしまう。神楽や新八がいてくれればこんな気分も少しは紛れただろうか。ちらりと考えるが、むしろその方が居た堪れなさが増しそうだ、と頭を振った。硬いソファの上で、土方は尻の座りを直す。
台所からはかちゃかちゃと食器の音が聞こえるようになっていた。自分と銀時二人だけのための食事を用意する音はとてものんびりと響く。屯所の食堂は、大所帯の食事を用意するから台所というよりむしろ厨房に似ていて、せかせかとした忙しない音で満ちている。だから今、こういうのんびりとした音を聞くのはとても久しぶりのことだった。ふわりと優しい匂いが漂ってくる。味噌と醤油と湯気のまざった、懐かしい匂い。
と、ぺたぺたと廊下を歩いてくる音がした。跳ねる心臓をひた隠し、なんとか平静を装う。
「はい、お待ちどぉさん」
お盆を抱えた銀時が居間に入ってくる。土方は銀時の顔を見ないまま「おう」と頷いた。
目の前の机に銀時が料理を並べながら、それぞれに説明を加えていく。
「これはさつまいも入りの豚汁で、こっちは下のババァからもらった栗ごはん。店でも絶賛されてるらしいけど、たしかに美味いよ。で、豚肉の生姜焼き。使ってるのは豚こま肉だけど、味がよく染みてるから飯がすすむと思う。それで最後が──」
コトリ、と青い小鉢が置かれる。
「今日のメイン、柿とキャベツのサラダね」
それは、千切りにした柿とキャベツをたっぷりのマヨネーズでよく和えたものだった。ふりかけられた鰹節と白胡麻が香ばしい匂いを漂わせる。
ごくりと喉が鳴った。銀時が小さく笑って、「冷めないうちに早く食おうぜ」と向かいのソファに座る。
「いただきます」
手を合わせ、箸に手を伸ばす。
まずは味噌汁から。味噌の柔らかな香ばしさとほっこりとするぬくもりが優しく体に染みていく。少し溶けたさつまいもの甘さも秋らしくて好ましかった。
そして、青い小鉢を手に取る。たっぷりのマヨネーズの白に混じる黄緑と橙が鮮やかだ。ぱく、とひとくち食べる。柿とキャベツのシャキシャキとした食感が心地良い。味も、マヨネーズの酸味に柿の甘さがいいアクセントになっていて、美味い。これならいくらでも食べられそうだ。
「美味い?」
尋ねる銀時に、土方は素直に頷いた。
「ああ、美味い。マヨによく合うってのは本当だったんだな」
「だろ?」
得意げに、それ以上に嬉しげに笑う顔に、胸の奥がこそばゆいような気持ちになる。むずむずするそれを払拭するようにまたサラダを口に放り込んだ。けれど、銀時が「ほかのも食えよ、けっこう自信あるんだぜ」と笑うから、また胸が疼いてしまう。
彼の言うとおり、生姜焼きもよく味が染みているからマヨとよく合って美味かったし、栗ごはんもほくほくとした甘みが白米と調和していて絶品だ。
どれも、ふっと心がほどけるような優しい味をしている。
「おかわり、たくさんあるからな」
穏やかな声の銀時が言う。噛みしめた柿がいっそう甘みをまして、マヨネーズと互いの味を引き立て合う。
それは、銀時に誘われなければ知らなかった味だった。
「柿にこんな食べ方があるなんて思わなかった」
ぽつりと告げると、銀時が「だよな」と笑った。
「俺も初めて食ったときはびっくりしたよ。甘い柿とマヨネーズがこんなに合うのか、ってな」
「でも、すげェ美味い」
土方はふっと頬を緩めた。合うか合わないか、馴染むか馴染まないかなんて、実際に食べてみないと分からないものなのだ、たぶん。胸の内でそっと思う。
「なあ。昨日、隊士の実家から山ほどさつまいもが送られてきたんだけどよ、近藤さんが明日庭で焼き芋やろうって言い出して」
「ん? うん」
栗ごはんを食べていた銀時が顔を上げた。その不思議そうな顔に向かって、土方は思い切って告げる。
「お前らも来ねェか?」
屯所の庭でぱちぱちと爆ぜる火を囲む、黒い隊服姿の男たち。その中にこの男や子どもたちが混ざって、焼きたての芋を頬張っていたとして、それはきっとそれほどおかしいことでもないのだろう。現に今、万事屋のソファに座ってサラダを食べている自分自身に、土方はほとんど違和感なんて感じなくなっているのだから。
「おう。新八と神楽連れて、行く」
銀時も少しだけ照れ臭そうに頷いた。
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