銀魂BL小説
「きゃああ、引ったくりー!!」
昼下がりののどかな大通りに、突如女性の悲鳴が響き渡る。近くの裏道を上司と同僚とともに巡回中だった真選組五番隊隊士の前田は、急いで現場へと駆け出した。
大通りへと通じる路地を抜けたちょうどその時、目の前を男二人乗りのスクーターが走り去って行った。後ろに乗っている男が女物と思われるバッグを握っているから、恐らく奴らが犯人だろう。
「前田、屯所に連絡を。吉岡は被害者の保護にあたれ」
上司である土方の命令に、前田は「はい!」と応じ隊服のポケットから携帯電話を取り出した。吉岡も、道端にへたり込んでしまっている被害者の中年女性のもとへと駆けて行く。
「恐らく奴らはこの通りを抜けた先の三丁目に向かうはずだ。あそこは細道が入り組んでいて追手を撒きやすい。三丁目の外れの寂れた公園で最近ガラの悪いガキが屯してるって情報があったな、そこも張っとくように伝えろ。スクーターのナンバーは……」
瞬時に脳内でシュミレートする土方に、前田は内心で驚嘆する。さすが副長、討入りの時もその頭の回転の速さで臨機応変に作戦を組み立ててみせるが、やはり「真選組の頭脳」の呼び名は伊達ではない。身が引き締まるような思いで、前田は土方の推理を電話先の隊士に伝え、見回り強化と隊士の派遣を要請をする。
その間も土方は何か考え込むように、細い顎に手を当てて険しい顔をしていた。鋭い眼光は、スクーターが走り去った方向をじっと見つめている。まるで獲物を狙う獣の目だ。
と、突然土方はハッとしたように片眉を上げた。まるで何か目当てのものを見つけたようにニヤリと不敵な笑みを浮かべる。一体どうしたのだろう。怪訝に思いつつ見守っていると、彼はおもむろにフッと右手を上げた。
次の瞬間、背後からやってきた一台のスクーターが副長の横で停車した。車体の横に大きく「銀」と書かれた、銀色に光るベスパ。それはかぶき町で万事屋を営む坂田銀時のものだった。
「おいおい、何の用だよ」
だらしなくかぶったヘルメットの下から銀時の茫洋とした瞳が覗く。
「ちょっと後ろ乗せろ」
そう言いながら土方は銀時の返事を待つことなくさっさと車体を跨いでいる。
もしかして、銀時のスクーターで犯人を追うつもりなのだろうか。前田はハラハラしつつ成り行きを見守る。
「はあ? 何だよ急に」
銀時は面倒臭そうに目を細めるが、それでも土方を降ろそうとはしない。それどころか、自分がかぶっていたヘルメットを土方の頭にかぶせてさえいる。
「とりあえず出せ。走りながら説明する」
「ったく、強引だなコノヤロー」
銀時がエンジンをかける音がして、「しっかり掴まっとけよ」と言うや否や二人を乗せたスクーターはすごい速さで走り出した。
なんというスピード感。前田は呆然とそれを見送る。土煙を上げて走るスクーターはあっという間に遠ざかり、やがて見えなくなった。
ふと、そういえば副長は振り返ってもいないのにどうして旦那が後ろにいることに気付いたのだろう、と思った。もしかして、スクーターの音で彼だと気付いたのだろうか。いや、まさかな、と前田は首を横に振る。
足音ならまだしも、エンジン音だけで誰か分かるなんて、まさかそんなこと。そう笑い飛ばそうとしたが、あの二人ならそんなことくらい簡単にやってのけそうだとも思ってしまう。息のピッタリあった応酬は喧嘩だけでなく、戦場においても発揮されることはよく知っている。合図も言葉もないのに阿吽の呼吸で敵を追い詰めていく場面ならもう何度も見てきた。
少しの畏怖を感じつつ、前田は被害者のそばにいる吉岡のところへ向かう。
二人で被害者から事情聴取しているところへ、土方から「犯人を確保した」と連絡が入った。彼らが犯人を追い始めてからまだ五分と経っていない。化け物じみた強さの二人に、小悪党ごときが敵うはずもないということか。前田は戦慄を覚えながら、銀時のスクーターの走って行った方向に小さく敬礼をした。
土方たちと合流して犯人たちを屯所へ連行し、取り返したバッグを被害者に渡した後も、銀時はずっと土方の周りを付き纏っていた。犯人逮捕に協力した謝礼金をせびっているらしい。
「銀さんの巧みな運転テクニックのおかげで捕まえられたわけじゃん? 感謝のキモチを見せてくんねーとなァ」
「あ? でも方向を指示したのは俺だ。逮捕したのも俺だ」
べたべたと絡む銀時に、土方は片目をすがめて鬱陶しそうな顔をしている。
「なら、俺がちょうどスクーターで通りがかったおかげってことで」
「いや、お前は通りがかっただけだ。そんなお前を呼び止めて協力させてやったんだよ」
「なんでそんな上から目線?」
ギャーギャーといつものごとく言い争いをする二人に苦笑しつつ、前田は気になったことを尋ねてみる。
「それにしても副長、よくエンジン音だけで旦那のスクーターだって分かりましたね」
「え?」
前田の言葉に、驚いたような顔をしたのは銀時のほうだった。一方、土方はきょとんとしたように僅かに首を傾げている。
「そうだったか?」
「そうですよ。旦那を呼び止めたとき、副長は振り返っていませんでしたから。さすが、お互いのことをよく分かってるんですね」
前田はしみじみと告げる。
すると途端に、土方の顔がぶわりと赤く染まった。耳まで真っ赤にして視線を泳がせる上司の珍しい姿に、前田は驚く。ふと銀時を見れば、彼も顔を赤くしてあたふたと慌てふためいていた。
「な、何変なこと言ってやがる!」
「ちょっとちょっと、何なのこの子。あんなキラキラした目でなんつー小っ恥ずかしいこと言ってくれちゃってんの」
「つーかお前のベスパのエンジン音が他のより間抜けな音してんのが悪ィんだよ!」
「ああん!? ならオメーんとこのパトはぜんぶバカでムサくてゴリラな音がしてんじゃねーの!」
「どんな音だよ! つーかゴリラなのは近藤さんだけだ!」
「いやお前、けっこうな失言かましちゃってるよ」
明らかに動揺しながら尚更うるさく騒ぎ始めた二人に、前田は小さく肩をすくめてみせる。こちらに向かって言い返していたはずが、いつの間にかまた彼ら二人での言い争いに戻っている。くっつきそうなほど顔を近づけて喧嘩する二人は、もはや見慣れた光景だ。周りを見回せば、道行く町の人々もまたかという顔で生温かい視線を彼らに向けている。
それにしても、この二人は何をムキになっているのだろう。前田は首を傾げた。
だって、スクーターを奪わずにわざわざ二人乗りをしたり、それを普通な顔をして受け入れたり。そんなことをしている時点で、互いに抱いた大きな信頼はすでに疑いようもないほど明確なのに。
昼下がりののどかな大通りに、突如女性の悲鳴が響き渡る。近くの裏道を上司と同僚とともに巡回中だった真選組五番隊隊士の前田は、急いで現場へと駆け出した。
大通りへと通じる路地を抜けたちょうどその時、目の前を男二人乗りのスクーターが走り去って行った。後ろに乗っている男が女物と思われるバッグを握っているから、恐らく奴らが犯人だろう。
「前田、屯所に連絡を。吉岡は被害者の保護にあたれ」
上司である土方の命令に、前田は「はい!」と応じ隊服のポケットから携帯電話を取り出した。吉岡も、道端にへたり込んでしまっている被害者の中年女性のもとへと駆けて行く。
「恐らく奴らはこの通りを抜けた先の三丁目に向かうはずだ。あそこは細道が入り組んでいて追手を撒きやすい。三丁目の外れの寂れた公園で最近ガラの悪いガキが屯してるって情報があったな、そこも張っとくように伝えろ。スクーターのナンバーは……」
瞬時に脳内でシュミレートする土方に、前田は内心で驚嘆する。さすが副長、討入りの時もその頭の回転の速さで臨機応変に作戦を組み立ててみせるが、やはり「真選組の頭脳」の呼び名は伊達ではない。身が引き締まるような思いで、前田は土方の推理を電話先の隊士に伝え、見回り強化と隊士の派遣を要請をする。
その間も土方は何か考え込むように、細い顎に手を当てて険しい顔をしていた。鋭い眼光は、スクーターが走り去った方向をじっと見つめている。まるで獲物を狙う獣の目だ。
と、突然土方はハッとしたように片眉を上げた。まるで何か目当てのものを見つけたようにニヤリと不敵な笑みを浮かべる。一体どうしたのだろう。怪訝に思いつつ見守っていると、彼はおもむろにフッと右手を上げた。
次の瞬間、背後からやってきた一台のスクーターが副長の横で停車した。車体の横に大きく「銀」と書かれた、銀色に光るベスパ。それはかぶき町で万事屋を営む坂田銀時のものだった。
「おいおい、何の用だよ」
だらしなくかぶったヘルメットの下から銀時の茫洋とした瞳が覗く。
「ちょっと後ろ乗せろ」
そう言いながら土方は銀時の返事を待つことなくさっさと車体を跨いでいる。
もしかして、銀時のスクーターで犯人を追うつもりなのだろうか。前田はハラハラしつつ成り行きを見守る。
「はあ? 何だよ急に」
銀時は面倒臭そうに目を細めるが、それでも土方を降ろそうとはしない。それどころか、自分がかぶっていたヘルメットを土方の頭にかぶせてさえいる。
「とりあえず出せ。走りながら説明する」
「ったく、強引だなコノヤロー」
銀時がエンジンをかける音がして、「しっかり掴まっとけよ」と言うや否や二人を乗せたスクーターはすごい速さで走り出した。
なんというスピード感。前田は呆然とそれを見送る。土煙を上げて走るスクーターはあっという間に遠ざかり、やがて見えなくなった。
ふと、そういえば副長は振り返ってもいないのにどうして旦那が後ろにいることに気付いたのだろう、と思った。もしかして、スクーターの音で彼だと気付いたのだろうか。いや、まさかな、と前田は首を横に振る。
足音ならまだしも、エンジン音だけで誰か分かるなんて、まさかそんなこと。そう笑い飛ばそうとしたが、あの二人ならそんなことくらい簡単にやってのけそうだとも思ってしまう。息のピッタリあった応酬は喧嘩だけでなく、戦場においても発揮されることはよく知っている。合図も言葉もないのに阿吽の呼吸で敵を追い詰めていく場面ならもう何度も見てきた。
少しの畏怖を感じつつ、前田は被害者のそばにいる吉岡のところへ向かう。
二人で被害者から事情聴取しているところへ、土方から「犯人を確保した」と連絡が入った。彼らが犯人を追い始めてからまだ五分と経っていない。化け物じみた強さの二人に、小悪党ごときが敵うはずもないということか。前田は戦慄を覚えながら、銀時のスクーターの走って行った方向に小さく敬礼をした。
土方たちと合流して犯人たちを屯所へ連行し、取り返したバッグを被害者に渡した後も、銀時はずっと土方の周りを付き纏っていた。犯人逮捕に協力した謝礼金をせびっているらしい。
「銀さんの巧みな運転テクニックのおかげで捕まえられたわけじゃん? 感謝のキモチを見せてくんねーとなァ」
「あ? でも方向を指示したのは俺だ。逮捕したのも俺だ」
べたべたと絡む銀時に、土方は片目をすがめて鬱陶しそうな顔をしている。
「なら、俺がちょうどスクーターで通りがかったおかげってことで」
「いや、お前は通りがかっただけだ。そんなお前を呼び止めて協力させてやったんだよ」
「なんでそんな上から目線?」
ギャーギャーといつものごとく言い争いをする二人に苦笑しつつ、前田は気になったことを尋ねてみる。
「それにしても副長、よくエンジン音だけで旦那のスクーターだって分かりましたね」
「え?」
前田の言葉に、驚いたような顔をしたのは銀時のほうだった。一方、土方はきょとんとしたように僅かに首を傾げている。
「そうだったか?」
「そうですよ。旦那を呼び止めたとき、副長は振り返っていませんでしたから。さすが、お互いのことをよく分かってるんですね」
前田はしみじみと告げる。
すると途端に、土方の顔がぶわりと赤く染まった。耳まで真っ赤にして視線を泳がせる上司の珍しい姿に、前田は驚く。ふと銀時を見れば、彼も顔を赤くしてあたふたと慌てふためいていた。
「な、何変なこと言ってやがる!」
「ちょっとちょっと、何なのこの子。あんなキラキラした目でなんつー小っ恥ずかしいこと言ってくれちゃってんの」
「つーかお前のベスパのエンジン音が他のより間抜けな音してんのが悪ィんだよ!」
「ああん!? ならオメーんとこのパトはぜんぶバカでムサくてゴリラな音がしてんじゃねーの!」
「どんな音だよ! つーかゴリラなのは近藤さんだけだ!」
「いやお前、けっこうな失言かましちゃってるよ」
明らかに動揺しながら尚更うるさく騒ぎ始めた二人に、前田は小さく肩をすくめてみせる。こちらに向かって言い返していたはずが、いつの間にかまた彼ら二人での言い争いに戻っている。くっつきそうなほど顔を近づけて喧嘩する二人は、もはや見慣れた光景だ。周りを見回せば、道行く町の人々もまたかという顔で生温かい視線を彼らに向けている。
それにしても、この二人は何をムキになっているのだろう。前田は首を傾げた。
だって、スクーターを奪わずにわざわざ二人乗りをしたり、それを普通な顔をして受け入れたり。そんなことをしている時点で、互いに抱いた大きな信頼はすでに疑いようもないほど明確なのに。