銀魂BL小説

かざした手のひらがたちまち青く染まってしまいそうな青空だ。雲はぜんぶ空の一番高くて深いところに吸い込まれてしまったのだろう、つるりとした空の表面を撫でるものは淡い金色の陽光だけだ。いや、ときおり轟音とともに空を横切る宇宙船がいくつかあるが、それももう見慣れた景色の一部となっている。緋色の毛氈が敷かれた縁台に腰掛けながら、銀時はぼんやりと空を見上げていた。頼んだ団子がくるのはもう少し先になりそうだった。馴染みの店主は店内のテレビの囲碁解説に夢中になっている。
まっさらに晴れた空を眺めながら、心に思い描くのはあの男の後ろ姿だ。今日が誕生日の、あの男。
少し前までなら、おめでとうの一言を言うのでさえそんな柄でも関係でもない気がして、結局口に出せず終いだっただろう。けれど今は、むしろおめでとうと軽く言ってのけるほうがしっくりくるほどになっている。そういう関係、存在に、気づけばなってしまっている。
ふと、波のように連なる屋根瓦の隙間に、そよそよと泳ぐ鯉の姿を見つけた。遠くにあってなお大きく見える、立派な鯉のぼり。冷たいお茶をすすりながら、銀時はそよぐ三つの鯉を見つめる。
雄大な。凛々しい。しなやかな。涼しい顔をして泳ぐ鯉を見ながら浮かんだ言葉は、どれもあの男にもぴったりだと思った。さすがはこどもの日生まれだ。思わずくすりと小さな笑みがこぼれた。
「なにニヤニヤ笑ってやがる」
唐突に頭上から声が降ってくる。振り返ると、今しがた思い浮かべていた男──土方が立っていた。
「え、そんな笑ってた?」
頬を触りながら訊ねる。土方は頷いて、「なにかいいことでもあったのか」と口の端を上げた。くわえた煙草がぴこんと跳ねる。揺れた煙がゆるやかな風にさらわれて溶ける。
「いや、すげェ綺麗に晴れてるなって」
まさか、お前のことを考えていました、なんて言えるはずがない。銀時はぽりぽりと頭をかいた。
そんな銀時の内心を知ってか知らずか、土方はふふ、と楽しそうに笑った。さらさらと降ってくる光の粒が彼の黒髪の上をすべる。
「なんだよ」
銀時は軽く唇を尖らせてみせる。
「なんか前もこんな会話したなと思って」
「あ?……ああ、そういえば」
銀時は少し目を細めてその時のことを思い出す。たしかその時は今と逆で、土方がベンチで休憩しているところに銀時から声をかけたのだった。「なにしてんだよ」と問うたあの時の銀時に、土方は煙草の煙を吐きながら「いや、見事な晴れ空だなと思って」と返していた。
「ということはあれからもう一年経つのか? あん時もお前の誕生日だったよな」
「いや、あれはてめーの誕生日だったぞ」
「そうだっけ? なんか今と同じくらいの気温じゃなかった?」
きっぱりと言い切る土方に、銀時は首を傾げる。それでも、土方は頑として譲らない。ふう、と煙を吐きながら自信ありげに言う。
「絶対あれはてめーの誕生日だった。なんせ、てめーに似合いの秋晴れだなと思った記憶があるからな」
ふん、と得意げに鼻を鳴らした土方を、銀時はまじまじと見つめる。言われた言葉が脳みそに浸透するにつれて、じわじわと頬が熱くなる。
「あの、今なんて?」
「あ? だから──」
怪訝そうに眉を上げた土方は、そしてそのまま固まってしまった。たぶん、今になってようやく自分が発した言葉に気づいたのだろう。こういう、どこか抜けたところがあるのが放っとけないんだよなぁ、と銀時は密かに苦笑をもらした。だんだんと朱が滲んでいく彼の頬を見ながら、銀時は「あー、その」と口を開いた。
「俺もちょうど今、お前に似合いの五月晴れだなぁって思ってたよ」
改めて言葉にするとなかなかに気恥ずかしい。銀時は目を逸らして首筋をかいた。首も、指先も、ぜんぶがふわふわと熱い。それなのに、なぜか妙にすっきりとした爽やかな気分になるのはなぜだろう。目の前の男も自分と同じくらい赤い顔をしているからかもしれない。
「……誕生日、おめでとさん」
凛と透きとおるような青空を背負って立つ男に、銀時は告げる。軽い口調で言うはずだった言葉は思っていたよりも深く穏やかに響いた。
それでも、「おう」とかすかに眉を下げてはにかむ顔が見られたから、これでよかったとも思った。銀時は目を細めて笑った。
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