銀魂BL小説
秋晴れの空には雲ひとつなく、抜けるような青空が広がっている。隊服の裾を揺らして通り過ぎてゆく風は涼しく、季節の深まりを感じさせる。その爽やかな風に、今しがた土方が吐き出した灰色の煙がひらりと乗って溶けた。
土方は一人で巡回中であった。例の如く、沖田に逃げられたのである。どこぞでサボっているであろう小憎たらしい顔を思い浮かべて、彼は眉間に刻んだ皺を深くする。
そんな彼の不機嫌に輪をかけるものがある。土方はちらりと道行く人々へと視線を投げた。動物の耳や尻尾を生やしたり、角や羽根を生やしたり、派手でゴテゴテした衣装をまとってはしゃぐ連中。天人ではない。仮装した一般人だ。ハロウィンの文化が入ってきてからというもの、十月の末日は毎年仮装してはしゃぐ人々が往来を満たすようになった。
土方は思わずこめかみに手を当てる。生来、こういった浮かれた行事や連中と折が合わない男なのだ。加えて、ハロウィンの日は小さな事件が──ストレス発散どころかストレス源にしかならないような事件が多々起きる。彼の眉間の皺は深くなるばかりである。
と、そのとき背後から声が飛んできた。
「はっぴーはろうぃーん」
ハッピーさの欠片も見当たらないような気怠い声である。土方は面倒くさいという感情を微塵も隠さないしかめっ面で振り返った。
「何の用だよ」
巡回の邪魔をされた苛立ちとハロウィンへの個人的な怨恨から、自然と声も表情も硬くなる。土方は目の前の男を睨みつけるものの、当の男はどこ吹く風である。その男、銀時はは土方の鋭い視線など物ともせずにあっけらかんと言ってのけた。
「何の用って、聞かなくても分かるだろ。ハロウィンだぜ、菓子の催促に決まってる」
「はあ?」
「菓子を寄越せ、さもなくば悪質な悪戯を仕掛ける」
「馬鹿野郎、それは脅迫だ」
土方は深いため息をもらした。そう言えばハロウィンには決まり文句があることを思い出したのだ。トリックオアトリート。意味は確か、菓子か悪戯かどちらか選べ、とかそんな内容だった。ハロウィンの文化を知ってからというもの、毎年沖田が菓子をせびりにくるので土方も一応その文句は知っている。
それに土方がハロウィンを嫌う理由の最大の要因として、沖田の存在があった。あのドS大魔神である沖田が、土方に悪戯を行える大義名分となり得るイベントを放っておくはずがない。彼からの悪質で度を超えた悪戯を回避するためにも、土方はハロウィンの日は忘れずに菓子を持ち歩くようにしているのだ。まあ、菓子をやったところであの大魔神が悪戯をやめるわけではないのだけれど。それに便乗する隊士連中もいるが、「うるせぇ切腹させんぞ」の一言で黙らせてきた。
土方はガサゴソと隊服のポケットをあさり、薄いピンク色の小さな包みを取り出した。それを銀時に投げると、彼は右手でパシッとそれを受け止めた。
「おっ、いちごミルク味」
右手を開いた銀時は声を弾ませた。さっそく包みを開けて飴玉を口に放り込んでいる。
「これ好きなんだよな」
からころと口の中で飴玉を転がしながら銀時は満足そうに笑った。
「よくそんなクソ甘いもん食えるよな」
緩んだ顔を横目で見ながら呆れたように土方は呟く。銀時はチッチッと人差し指を振った。
「クソ甘いから食うんだよ」
「なるほど、さすが糖尿病一歩手前なだけある」
「甘党と言え。つーか常軌を逸したマヨ党のお前がよく甘いもんなんて持ってたな」
ひょいと顔を覗き込んでくる銀時に「うるせぇよ」と返し、土方は忌々しそうに煙を吐き出した。
「ウチにはドS大魔神がいるからな」
「ああ、沖田くん」
合点がいったように頷いた銀時は「オタクも大変ね」と同情のこもった声で呟く。けれど、ふと首を傾げた。
「沖田くんってこんな甘いもん食うの?」
「あいつは普通に甘いもんも食うぞ。……けど、確かに飴を食ってるところはあんまり見ねェかも」
ふざけた態度でぷうっと風船ガムを膨らませる姿はよく見るが、そう言えば飴を食べている姿はあまり見かけないな。土方は記憶を探りながら考える。
「お前はいつでもいちごミルクの甘ったるい匂いさせてるけどな」
土方はふんと鼻で笑った。けれど、怒りだすとばかり思っていた銀時の反応は、まるで正反対のものだった。彼は鬼の首を取ったようにニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべていた。
「対沖田くん用って言ってたわりに、持ち歩いてんのは沖田くんが食わないようなクソ甘い飴玉なんだなあ?」
土方はぶわりと顔を赤くした。自分でも気付いていなかった矛盾に気付かされ、慌てて怒鳴り返す。
「違ェ、無意識だ! 菓子って言われて思い浮かんだのがコレだったから……!」
「ふ〜ん、甘いもんって言われて思い浮かべるのは銀さんがいつも食べてる飴なんだぁ〜」
「だから違ェよ馬鹿! 甘いもん食わねェから他のもんが咄嗟に思い浮かばなかっただけだ!」
「へえ〜そっかそっか〜」
掴みかからんばかりの勢いで捲し立てるものの、銀時のニヤニヤ笑いは止まらない。土方はチッと舌打ちをこぼした。
「もう用は済んだだろ。早くどっか行け」
右手をしっしっと振って追い払う仕草をする。
「どうせいろんな奴に菓子をせびりに行くつもりなんだろ」
「分かってねーな。俺が行ったところで逆にツケ払えってせびられて終わりだ。そういうのは子どもの役目だ」
「本当ロクでもねーな」
呆れて眉を寄せた土方は、ふと首を傾げた。
「じゃあ何で俺には絡んで来たんだ?」
ちらりと横目で銀時を見る。
「あ?」
「甘いもんなんて持ってなさそうな俺にわざわざ菓子を寄越せと絡んできた理由を、ご説明願おうか」
今度は銀時が真っ赤になって慌てだした。
「うるせェ! たまたまだ! たまたまそこにいたのがお前だったから……!」
「ふぅん、無視して通り過ぎることもできたと思うがな」
わたわたと目を泳がせる顔を、土方はひょい覗き込む。
「違ェ! 一人でトボトボ歩いてたからからかおうと思っただけだ! 自意識過剰なんだよバーカ!」
「なんだとテメー!」
ギャーギャーとやかましく騒ぎ立てる二人を眺めながら、新八と神楽は呆れたように目を細めた。相変わらず低レベルな争いである。神楽は思わずため息をこぼした。隣に立つ新八も苦笑いを浮かべている。
神楽は紫色とオレンジ色を基調とした魔女の格好、新八は狼男をイメージした衣装に身を包んでいる。二人の手にはバケットが握られており、その中は既にお菓子でいっぱいだ。
「なにアルカ、あのお菓子より甘ったるい空気は」
神楽はウゲェと顔をしかめてみせた。新八もうんうんと頷く。
「見てるこっちが胸焼けしてくるね」
今日、巷には数え切れないほどのお菓子が溢れているが、その中でも一番甘いのはあの二人のやりとりだろう。本人たちにその自覚がないあたりが更にタチが悪い。
「私、もうお菓子なんて見たくないネ。もうお腹いっぱいヨ」
片手でお腹を押さえながら神楽が呟く。新八も大きく頷いた。
二人の視線の先で、銀時と土方の言い合いはまだ続いている。
赤い顔を寄せ合って騒ぎ立てる二人の姿は、まるで「痴話喧嘩中のバカップル」の仮装をしているようだ。
──まあ、それが仮装でなくなる日も近そうだけれど。新八と神楽は揃ってニヤリと笑った。