銀魂BL小説
かんかん照りの陽射しは容赦などなく、じりじりと肌を焦がそうとする。地面に落ちる影は濃くくっきりとしている。厚い上着を脱いだところで、べっとりと張り付くような暑さは和らぐことなどない。白い光を睨みつけながら、沖田はチッと舌打ちをこぼした。
「あーあー暑くて暑くて敵わねーや、早く死んでくんねーかな土方さんが」
しかめっ面で文句を垂れると、後頭部をゴンッと殴られた。
「台詞の前半と後半が噛み合ってねーんだよバカ」
「うるせぇな、じゃあシンプルにくたばれ土方」
「お前がくたばりやがれ」
もはやお馴染みの応酬である。変わり映えのしない見廻り中であることも相まって、退屈なこと極まりない。沖田はふわぁと大きなあくびをした。炎天下をただダラダラと歩くのはひどく体力と精神力を消耗する。いっそサボってしまいたいが、背後から見張っているウザったい男のせいでそれもできない。撒いて逃げるほどの気力もないので、ただただ惰性で歩き続けているのだ。
「オイ、気ィ抜けたツラしてんじゃねーよ」
見えてもいないくせに鋭い声が飛んできた。
「顔のことをどうこう言われるとは心外でさァ。アンタこそその凶悪ヅラどうにかしなせェよ」
「るせぇな、生まれつきだ」
「そりゃ可哀想に」
憐れむように肩をすくめてみせると、背後から不機嫌なオーラが漂ってきた。この男の気分なんて、振り向かずとも、顔を見ずとも分かる。ニヤリと笑みを浮かべた。だからこそこの男をからかって遊ぶのは楽しいのだ。
「あークソ、本当あっちぃな……」
イライラと呟く男を、沖田はちらりと振り返った。
同じように上着を脱いでシャツの腕をまくっているが、その首筋にはいくつもの汗の滴がダラダラと流れている。馬鹿みたいにきちんと巻かれた真っ白なスカーフに汗が吸い込まれていくのが見えた。普段より二割増しくらいで目付きの悪い男は、暑苦しい真っ黒な前髪を無造作に搔き上げている。
沖田はそっと周囲を見回した。当然のごとく、チラチラとこちらを気にしているいくつもの視線があった。もちろん殺気を孕んだ浪士どものものではなく、すれ違う娘たちの浮ついた黄色い視線である。こういった女どもから送られる秋波に、土方は気付いているのだろうか。相変わらずの澄ました顔を眺めていると、「なんだよ」と眉をひそめられた。
「クソ暑すぎて今にも溶けそうでさァ、アイスのひとつくらい奢れよ土方コノヤロー」
沖田は涼しい顔で言い放つ。歩調を緩めて隣に並ぶと、眦を釣り上げた男の顔がよく見えた。
「テメーそれが人にもの頼むときの態度かよ!」
「うるさくされると暑さが増しまさァ。こりゃアイスふたつじゃなきゃやってらんねーや」
「やってらんねーのは俺の方だけどォ!?」
散々わめき散らしているが、男の目は数十メートル先にある駄菓子屋へと向けられている。暑いのはお互い様なのだ。沖田は満足そうに鼻を鳴らした。
古ぼけた小さな駄菓子屋の中は思いの外涼しかった。屋内というだけで結構気温は違ってくるらしい。所狭しと並べられたこまごまとした駄菓子たちの間をすり抜けて、奥に設置されているクーラーボックスへと向かう。
おそらく既にガキどもが襲来していたのだろう、クーラーボックスの中はひどく閑散としていた。カップアイスが数個とチューペットが一本、それから棒アイスが二個だけという有り様だった。
「オイ、どれにするんだ」
背後からボックスの中を覗き込みながら男が尋ねる。
チューペットの気分でもないしカップアイスは何かと煩わしい。沖田はかたい蓋を開けて棒アイスの袋を掴んだ。「じゃあ俺もそれ」という声に「へーい」と返しながら、残り一個となったそれも掴み取る。
「おばちゃんコレ頂戴」
店番のおばちゃんの前にアイスを置くと、おばちゃんは目尻の皺を深くしながらにっこりと微笑んだ。
「はいはい、いつもありがとねェ」
「……いつも?」
おばちゃんの言葉に男がピクリと片眉を上げる。
「オイ総悟、お前の最近の見廻りルートにこの道は入ってねェはずだが?」
「いっけね、どうやらルートを勘違いしてたようでさァ」
「嘘つけェェェ!!」
喚く男を尻目に、沖田はさっさと店の外へ向かった。きっとこの後はうるさく小言をくらうことになるだろう。とは言えそれもいつものことで、男の小言の躱しかたは熟知している。
うんざりするような白く鮮烈な日射しはさらに激しさを増して、空気をじわじわと熱し続けている。額に滲む汗を手の甲で拭いながら、沖田は容赦なく光を降らせる太陽を見上げた。
すぐに店から出てきた男は、軒先に佇む沖田を見つけると早速グチグチと説教を始めた。
「お前、最近は文句も言わねェで真面目に見廻りに行ってると思ってたら、アイス食うためだったのかよ……ちょっとでも感心してた俺が馬鹿だった。いや、アイス食うくらいはいいけど見廻りのルート外れてんじゃねーよ、大体お前は──」
「はいはい、続きはまた今度聞くんで早くアイス食いましょーよ、溶けちまいやすぜ」
男の手の中の袋をひとつ奪い取って、沖田はスタスタと歩き出す。
「オイ、どこ行くんだ」
「そこの公園でさァ。どーせなら木陰で食った方が涼しいでしょ」
振り返りもせずに答える。はあ、と背後で聞こえよがしに吐かれた溜め息を軽く無視しながら、沖田はそばにあった小さな公園へと入った。
公園とは名ばかりの、錆びたブランコと滑り台があるきりのまるで忘れ去られたようなそこには人っ子ひとりいなかった。この茹だるような暑さの中では、子供だってわざわざ外で遊ぼうとなどしないだろう。蝉の鳴き声が響くきりの公園を、沖田は我が物顔で横切っていく。
けれど小さな公園には木陰すらも満足になかった。青々とした葉を枝いっぱいに茂らせた大木……などというものはなく、貧相な枝に申し訳程度の葉をつけた、ひょろりと頼りない木が一本植わっているのみである。
「あらら、こりゃアテが外れちまった」
「……もうここでもいいだろ。アイス溶けちまうし」
男はバリバリと袋を破る。それに倣うように、沖田も水色の袋を開けた。棒を摘んで引っ張り出して、既に溶けかかっているアイスにかぶりつく。
シャリシャリとした氷の食感が心地よく、弾けるようなソーダの味がひどく爽やかだ。目にも涼しい水色を、暑さを忘れて夢中でかじる。
手の中に残るものが棒だけになって、沖田は初めて男へと顔を向けた。男の手にはまだアイスが残っている。そう言えばコイツ、棒アイス食うの下手くそだったな。沖田の脳裏に昔の光景が蘇る。要領が良く器用そうな印象を与えるこの男がその実まったくの不器用で案外鈍臭いことは、もう随分と前から承知していることだった。
棒の半ばあたりに縋り付くように残るアイスと格闘している男を眺める。あーあ、早く食わねーから溶け出しちまってる。だから食いにくいんだよ。そんなことを胸の内で呟きつつジッと観察していると、ふと気が付いた。
男は日向にいた。
沖田は自分の足元を見る。貧相な木によって作られた、それでも濃い影が足元の地面を黒く染めている。心許ない小さなその影は、どう見積もっても人ひとり分にしかならない。
──こういうところが、気にくわない。
じわじわと溶けるアイスに気を取られ続けている間抜けな男の腕を、沖田は掴んで引き寄せた。バランスを崩してたたらを踏む男の目が丸く見開かれる。自分とは異なる色をした瞳を見つめながら、男の指を濡らして伝う水色の滴を沖田は舐め取った。ぬるい甘さが微かに口の中に広がる。それはあまりにも馴染みのありすぎる味だった。
男へと──土方へと向けた感情は、それぞれ大きさも深さも重さも質量も温度も湿度も何もかもぜんぶが違っていて、けれどそのぜんぶを総合すると、とどのつまり「気にくわない」に行き着く。
たとえ時代が移ろおうともふたりの関係が変わろうとも、きっとそれだけは変わらないのだ。
「アンタ、アイス食うの下手すぎ」
にやりと口の端を上げてみせる。男は決まり悪そうに眉を寄せながら、ふいと視線を逸らした。
「棒アイスって食いにくいんだよ」
僅かに唇を尖らせたガキくさい顔で男が呟く。苦い顔でぐずぐずに溶けたアイスを舐めとった男の手には、とまっすぐな木の棒だけが残っている。
沖田はへらりと笑った。
「そこがいいんでさァ」
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