銀魂BL小説


談話室の襖を開けると、思わぬ顔がそこにあった。
「げ」
土方は思わず眉を寄せる。すると相手も「げ」と同じように眉間に皺を寄せた。
「おまえ何でここにいるんだよ」
「水道管修理の依頼があったからですけど。副長さん、聞かされてなかったの」
「違ェよ、それは知ってる。何で談話室にいるのかって聞いてんだ」
襖は開けたまま、一歩だけ部屋の中へ入る。懐をあさり、煙草の箱を取り出しながら男を睨む。男はやれやれといったふうに頭を振った。
「雨。急に降り出したから、傘持ってきてなかったんだよ」
男は土方の背後、開けっ放しの襖の向こうへと視線を投げた。つられるように首を動かし目を向ける。
縁側の向こうは土砂降りの雨だ。軒を打つ雨音が頭上でビシビシと大きく響いている。梅雨の時期特有の、むわりと地面から立ち込めるような湿った空気が部屋の中まで漂ってきている。
そういえば、いつから降りだしたんだっけ。灰色にくすんだ庭を眺めながら、土方はふと考えた。咥えた煙草に火をつけると、濁った煙がふわりと灰色に溶けた。
「はやく入れよ」
男が告げる。土方は男をちらりと見た。
「雨音でテレビが聞こえねェ」
卓袱台に頬杖をついた男は、じっと土方を見つめていた。ふう、と煙を吐き出して、土方は部屋の中に入った。カタン、と襖を閉める。雨音が遠ざかる。
土方は座布団を動かし、男の向かいに腰を下ろした。なんだか尻の座りが悪い。押し潰され続けて平べったくなった座布団のせいだけではないだろう。それが分かっているから、尚更だ。もぞりと脚を動かす。見るともなしにテレビに目をやるが、平日の昼間だけに碌な番組などやっていない。醒めた目でそれを眺めて、そっと男のほうを窺う。男も興味なさげな視線をテレビに向けている。テレビの音が聞こえない、と言った男の言葉を思い出す。そういえばこの男の死んだ目はいつも通りだった。土方は目を伏せ、深く煙を吐き出した。
「仕事は?」
唐突に男が呟く。手持ち無沙汰なのだろう、卓袱台の上で組んだ指を忙しなく動かし続けている。
「さっき書類終わらせた。今は休憩だ」
「いつまで」
「さあ……三時半くらいかな」
土方はテレビの端に小さく示された時刻を見ながら答える。男の赤い瞳もちらりとテレビを見た。示された時刻は三時十五分。
「その後は何すんの」
「道場行って稽古付けだ」
「その後は」
「何もねぇよ。明日非番だし」
「ふうん」
男は相変わらず興味なさげな態度だ。少しも土方を見ようとはしない。けれど、卓の上の指の動きや細々とした質問を重ねる様子は、どこか落ち着きを欠いているようにも見える。土方は内心で首を傾げる。
「ほかの奴ら、ここ来ねえの」
右手の親指を弄りながら男が尋ねる。
「今は見廻りの時間だからな。その他の連中は道場だ」
「ふうん……」
それきり男は黙ってしまった。部屋にはワイドショーの空々しい笑い声と静かに弾ける雨音だけが響く。いつもよく喋る男が黙りこくっているので妙に調子が狂う。土方は短くなった煙草を卓の隅に置かれてあったアルミの灰皿へと押し付けた。
テレビに目をやり、時刻を確認する。二十四分。少し早いが、もう道場へ行ってしまおうか。土方は逡巡する。男との間に横たわる沈黙には慣れない。膝を立て腰を浮かそうとしたとき、唐突に男が口を開いた。
「雨、暫くやみそうにねぇし」
土方はまじまじと男の顔を見た。何を言い出すのか。
「夜までやまねぇらしいし、傘もねぇし……」
まるでそこにカンペでもあるのかと思うくらい、男は自分の手だけを見ながら訥々と告げる。話の流れが読めず、土方は僅かに眉を寄せた。
「だから」
男がおもむろに顔を上げた。赤い瞳が土方を見る。
「夜、飲みに行かねぇ? どうせ俺、夜までここにいなきゃなんねぇし……」
言葉の途中まで土方を捉えていた目は、次第にうろうろと泳ぎはじめて結局また手のひらへ戻った。土方は思わずふっと噴き出した。黙りがちな様子もどこか落ち着きのない態度も、その一言のためだったのだろう。それが分かれば、先程はあんなに気まずかった沈黙も微笑ましいと思えてしまう。
「……いいぜ。付き合ってやらあ」
笑いが滲まないよう注意しながら答える。すると男はぴくりと手を震わせた。ん、と返す口元は、緩みを我慢するかのように殊更に引き結ばれている。その様子がなんだか面映ゆくて、土方のほうが返って口元が緩んでしまった。
土方は立ち上がり、襖を開けた。透明な雫を散らす雨は、少し雨脚を弱めたもののまだやみそうにはない。
男が何とか捻り出した理由なのだから、夜までやんでくれるなよ。
鈍色の空を眺めながら、土方は小さく笑った。

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