銀魂BL小説
「お前さっきから何してんだ?」
土方がひょいと隣に座る銀時の手元を覗き込んだ。
今いる居酒屋の名前が印字された割り箸の袋を細く細く折ってきた銀時は、赤い顔を上げるとニヤッと楽しそうに笑った。ガヤガヤと騒がしい店内では、そこかしこから笑い声が響いている。
「ちょっと手ェ貸して」
ゆるんだ顔のままそう言った銀時の声に従って、土方は大人しく右手を差し出した。
「違う、こっちじゃない」
「なんだよ」
ふるふると頭を振られ、今度は左手を差し出す。
「ん、そうそう」
嬉しそうに頷く銀時に、土方もフンと満足そうに鼻を鳴らす。赤ら顔なのはなにも銀時だけではない。二人の間には、同じ数だけ空けられた銚子がずらりと並べられているのだ。
銀時は差し出された左手を殊更に丁寧な手つきでそっと取り、そして先ほどから熱心に折っていた割り箸の袋を土方の薬指へと結んだ。
「ほら、指輪」
そう言った銀時は、赤い顔のままニカッと笑う。自分の指に結ばれた不恰好な包み紙を茫然と見つめていた土方も、ふっと噴き出すように笑いだす。
ゆるゆるで、ちょっとでも動けばたちまち抜け落ちてしまいそうな、その指輪。
「なんかお前らしいな」
土方がそう呟くと、ちょっとそれどういう意味だよと銀時が彼の肩を殴った。はは、と軽い笑い声を上げた土方は、それから自分も割り箸の袋を手に取ると、その上の方を小さくちぎった。輪っか状になったそれを、隣の銀時の薬指へと嵌める。
「しゃーねェからお返しだ」
悪戯っ子のように歯を見せて笑う土方に、銀時が目を丸くする。
「そうか、こうすりゃよかったのか」
「こっちの方が指輪っぽいだろ」
「ああ。お前のもこっちに替えてやるよ」
「いや、これでいい」
「おふたりさん、随分と楽しそうなことしてるねェ」
空いた銚子を回収しながら、カウンターの向こうで親仁が目を細めて笑う。周りの酔っ払いのオヤジたちもヒューヒューと囃し立てて笑っている。
「なに、ふたりとも結婚するの?」
背後のテーブル席で飲んでいた八百屋のオヤジのがニヤニヤしながら尋ねる。銀時と土方は顔を見合わせた。それから、揃って左手を掲げてみせる。
「ああ、ほら」
一際大きくなる歓声に、またふたりはケタケタと笑いだした。
「じゃあ今から結婚式だ。俺が神父をしてあげよう」
親仁が新品の割り箸を輪ゴムで縛って器用に十字架を作り出す。
「えー、ちゃんとできんのかよ?」
目を細める銀時に、親仁は「任せときなって」と胸を叩いた。
「えー、汝たちは健やかなるときも病めるときも、この店に来ていっぱい食べていっぱい飲んでちゃんと金を払って」
「病めるときは勘弁してくれ」
「ちゃっかりしてんなァ親仁」
ふたりの突っ込みにどっと笑い声が起こる。
「まあなんやかんやで幸せになることを誓いますか」
「オイ、スゲーいい加減なんだけど」
「なんやかんやって何だよ」
「でも、いい加減でもきちんと心は込めたよ。アンタ方も、そうだろう?」
訳知り顔で微笑む親仁に、ふたりして笑みを返す。
「……違いねェな」
「……そうだな」
薬指の指輪をそっと撫でたふたりは、声を揃えた。
「誓います」
途端に飛び交う、おめでとうの大合唱。隣に座っていた蕎麦屋のオヤジはヒューヒューと指笛を吹き、斜め後ろのテーブル席に座っていた傘屋のオヤジは大きく両手を打ち鳴らしている。
「酔ってるからって忘れちゃァ駄目だかんな!」
「そうだそうだ!」
「やっとくっついたのを見届けられた俺たちの気持ちにもなってみやがれってんだ!」
「うるせーぞ! 忘れるはずがねーだろうが!」
一喝した銀時は、土方の指で揺れる白い紙をぎゅっときつく結び直す。
「確かに酔っちゃあいるが、でもこれがあるんだ」
「ああ、忘れられるはずがねェよ」
結び直された紙を、土方が右手で優しく撫でる。
冴えない居酒屋で繰り広げられた、酔っ払いふたりの結婚式。指輪は割り箸の袋だし神父は店の親仁だし、見届け人も赤ら顔のオヤジばかり。そんな戯れのようなひととき。
それでも、誰ひとり、この日を忘れることはないだろう。