銀魂BL小説
「坂田、何しよん?」
教室の入り口からひょこりと顔を覗かせた土方に向かって、銀時はゲンナリした顔をつくってみせた。
「提出課題」
「今?」
呆れたように言いながら、土方はつかつかと銀時の席まで歩いてきた。放課後の教室には、もうほとんど誰も残っていない。テスト最終日の今日は半日で学校は終わりになる。だから皆、テスト期間中我慢していた部活や遊びに喜び勇んで出かけていったのだ。
「テスト終わってからやっても意味ないやろ」
土方の正論にグッと言葉が詰まる。そんなことは分かっている、けど、やっていないものは仕方ない。
「だって昨日の夜寝落ちしてしもたもん」
「徹夜でしようとするきんやん」
ペシッと頭を叩かれる。土方のような、テストの何日も前からコツコツと課題を終わらせるような優等生にはこの気持ちは分かるまい。銀時はぷうっと頬を膨らませる。
「あとどんくらいなん?」
数学の問題集をペラペラとめくり、残りを数える。
「えーと、二、三ページくらい」
「じゃあ待っちょる」
「えっ」
前の席に腰を下ろした土方に、銀時は素っ頓狂な声を上げた。
いつも土方は同じ部活の近藤たちと一緒に帰っている。それに今日、何か約束をしていた訳でもない。予想外の土方の申し出に銀時は面食らう。
「土方、部活は?」
「顧問のとっつぁんが用事があるんやって。やきん今日は休み」
「ふーん」
何気ない風を装っているものの、銀時は胸がうるさいほどに高鳴っているのを感じた。例え部活が休みだとしても一人で自主練などをしていそうな彼が、わざわざ自分を待ってくれる。理由はよく分からないが、それでも嬉しい。
それに、一つ机を挟んだだけの距離に、土方がいる。それを思うとどうにも落ち着かなくなってしまうのだ。
目の前の彼に、惚れているから。もう、ずっと前から。あたため続けた想いは随分と大きく育った。
けれど、それを伝える勇気はない。今の関係を、距離を壊してしまうくらいなら、伝えないほうがずっといいから。
いつの間にか、教室の中は銀時と土方の二人きりになっていた。
さりげなく、ちらりと土方を見遣る。机に視線を落としているせいで伏せられた長い睫毛が、シャープなラインの頬に影を落としている。いつもの、強く真っ直ぐな光を湛えた瞳とは違うその様子は、何だか新鮮だった。
「何?俺の顔なんか付いとん?」
ふと顔を上げた土方の藍色の瞳と目が合う。思わずパッと影を逸らす。
「いや、別に」
慌てた拍子に少し声が裏返ってしまった。気恥ずかしくて、無意味に自分の天パ頭を掻く。
「ふーん。つーか早よ解けよ」
そんな銀時の動揺には気が付かない様子の土方は、指でノートを叩いている。安心したような、何となく寂しいような複雑な気持ちを抱え、銀時は数式との睨めっこを再開する。
馬鹿みたいに大きく鳴っている自分の心臓の音が、土方に聞こえてやいないだろうか。そんな心配が頭を掠めたから、何とかシャーペンの音で紛らそうと銀時はことさら強い筆圧でノートをとるようにした。
その後、数十分かかって何とか課題を終わらせることが出来た。グッと伸びをすると、ゴキ、と肩が鈍い音を立てる。
「あー、疲れたぁー」
シャーペンを投げ出して両手をブラブラと振っていると、それを見た土方が小さく笑った。
「お疲れさん」
その穏やかな顔に、胸がざわざわと落ち着かなくなる。また胸の鼓動の音が大きくなる。シャーペンの音なんかじゃ、隠せないほどに。
「なぁ」
「どしたん?」
軽い調子で返された返事。いつもと変わらない土方の様子。少し怯みそうになった、けれど、どうしても聞いてみたい。
手の平を握りしめ、銀時は思いきって口を開く。
「……何で、待ってくれよったん?」
窓から入った風が、二人の髪を揺らす。教室の中に響く、吹奏楽部の練習の音、陸上部のホイッスル、楽しげな生徒たちのざわめき。遠くから聞こえるそれらの音が、二人きりの空間を余計に際立たせているようだと思った。
「何でって……」
小さく呟いた土方。困惑したような様子に、銀時は尋ねたことを後悔した。友達だから。暇だったから。そんな、当たり前な答えだろう。
「部活無くて暇やし……、近藤さんたちも帰ったし……」
想像通りの言葉に、銀時は小さく唇を噛んだ。
「……いや、嘘。ほんまは違う」
少しの間の後、ポツリと零された言葉。想像とは違うその言葉に、銀時は俯いていた顔を上げた。
「ほんまは、坂田とおりたかったきん」
真っ直ぐにこちらを見る、強い藍色。ほんの少し赤く染まった頬。そして、信じられない言葉。
それらを理解した途端、ブワリと顔が熱くなる。
「えっ、土方、」
「おい早よノート提出しに行けよ!」
俯いて顔を隠した土方がグイグイと背中を押してくる。その間にも黒髪の隙間から覗く耳がほんのりと赤いことに気付き、また顔が熱を帯びていく。どうしたって緩んでしまう頬を隠そうともせず、銀時は土方に向かって叫んだ。
「ダッシュで行く!」
「うっさい!早よ行け!」
赤い顔のまま土方も叫ぶ。きっと照れ隠しだろう。また胸が高鳴った。
「すぐやきん、ほんまちゃんと待っとってよ!帰んなよ!」
ノートを引っ掴み、教室を飛び出す。階段を駆け降りながら、さっきの土方の言葉が頭の中に響いていた。一緒にいたいって、言ってくれた。それが友達としてなのかどうかは分からないが、とにかく嬉しい。今にも叫び出したいくらいだ。
職員室前の棚にノートを提出し、階段を一段飛ばしで駆け上がる。
ぜぇぜぇと肩で息をしながら教室に戻った銀時を見て、土方は大きく声を立てて笑った。つられるようにして銀時も笑いだす。
「じゃ、帰ろっか」
「ああ。あと、こんだけ待たしたんやきん昼飯奢れよ」
「え、まじか。うどんでええ?」
「肉ぶっかけ大盛りな」
「高いわ、かけにせぇ!」
言い合いながら並んで教室を出る。
見た目は、今までと何も変わっていない。けれど、今までよりも近くなった距離を感じる。
離れるのが怖くて踏み出さなかった。けれど、少し勇気を出して動いてみると、土方は嬉しい言葉をくれた。笑ってくれた。
だったら、もう怖がるのはやめよう。もっと、想いを伝えていきたい。そしていつか、抱えた想いをすべて打ち明けたい。
隣を見ると、同じ高さで笑う土方がいる。銀時はそっと頬を緩ませた。
青く澄んだ午後の空に、二人の笑いあう声が響いていた。