In other words,
それからちょうど一週間後、銀時はひとり夜の街を歩いていた。
ついさっきまで飲んでいたところだから、頭も足元もまるで雲の上を歩いているみたいにふわふわとしておぼつかない。木枯らしがすうっと頬を撫でるけれど、それほど冷たく感じないのは酔いの火照りのせいだろう。少し飲みすぎたかもしれない。銀時は口元を手の平で覆った。
ちょっと遠出しつつふらりと覗いた店にたまたま長谷川さんがいて、その他顔見知りの親父たちもいて。お互いの近況や愚痴を肴にわいわいと賑やかに飲んで。楽しい酒だった。思わず深酒してしまったのもきっとそのせいだ。これ以上飲んだらやばかっただろうから、二軒目に向かうと言っていた彼らに加わらなかったのは正解だっただろう。
飲み屋の赤提灯が連なった賑やかな通りから離れて、何本か脇道に逸れる。細い路地裏をしばらく歩いていくと少しずつ喧騒が遠ざかっていき、やがてしんと静かになった。そう言えばこの辺りは空き家が多いのだった、と思い出す。すぐそばの生垣の隙間から見える民家の庭には、落ち葉がうず高く積もって小さな山を作っている。家から灯りは漏れていないし、人は住んでいないのだろう。どうりで人の気配を感じないはずだ。体中に纏わりつくような静寂のなかに、鈴のように澄んだ音で鳴く虫の声が入り混じる。
明かりの灯らない民家ばかりが立ち並んでいるので、道にはほとんど光が差していない。それに、今日の天気は曇り空。重い鈍色の雲に隠されて、月影の欠片すらも見えはしない。
ぼんやりと空を眺めながら歩いていると、不意にどこからか足音が聞こえてきた。駆け足、とまではいかないが、急いでいるような忙しない音だ。よくよく聞いてみれば、目の前の丁字路の左側からやって来ているらしい。特に殺気らしいものは感じないものの、右手は無意識のうちに腰の木刀に触れていた。こちら側へ曲がってくるか、そのまま真っ直ぐに進んで行くか。明かりの乏しい、暗幕につつまれたような道の先にじっと目を凝らす。
民家の生垣の角から、足音の主がひょいと姿を現わした。と、急にスポットライトでも射したかのように、その姿が鮮明に照らし出される。その人影は、土方だった。
せかせかと歩く土方は、脇道にいる銀時にはまったく気が付いていないようだ。隊服ではなく着物を纏っており、薄墨色の羽織の裾がひらりとたなびく。足元では地面を蹴る真っ白な足袋の色が闇に浮かび上がっている。そのまま、彼は足早に通り過ぎていった。
アイツ、全然こっち見なかったな。徐々に遠ざかっていく足音を聞きながら、銀時はそんなことを思う。
あの満月の夜以来、土方の姿を見るのは初めてだ。
確かに、あの夜に感じた心のざわめきはまだ消え去ってはおらず、今もまだ微かに胸の中に残っている。そしてときどき、……例えば月を見上げたときなんかに、思い出したようにざわざわと音を立てる。そんな状態が続いていたから、次に土方に会ったときにいつも通りに振る舞えるのかという疑念もあって、なかなか会わない日々に少しだけ安堵する気持ちもあった……はずなのに。
ざわりと木々をなびかせて木の葉を散らした風が首筋を撫でていく。銀時は木刀から手を離して、つんと身に沁み入るような風から隠すように袖手した。明日から師走というだけあって、袂を揺らす風はひやりと冷たい。
ふう、と息を吐き出しつつ上を向く。見上げた夜空には、やはり月は出ていなかった。