銀魂BL小説
波の音とは、偉大な音である。
銀時は白い泡を立てて砕ける水を眺めつつ考えていた。
重そうな灰色の雲が立ち込めている空の色を映した水は、透明とは程遠い。暗く濁った水が砂を洗いながら行ったり来たりを繰り返す様子は、まるで全てを飲み込まんとしているようだった。
「なぁ坂田、何で海なんか来たんだよ」
不機嫌そうな声が後ろから聞こえる。振り向くと、やはりむすっとした表情を浮かべた土方と目が合った。その目は非難がましく銀時を睨んでいる。
「えー、冬の海って何か良くない?」
「良くねェ」
バッサリと切り捨てられて、苦笑する。寒いのが苦手な彼だから、やはり乗り気じゃなかったのだろう。今は冬のど真ん中だ。
冷たい風が下手な口笛のような音を立てながら黒い制服の裾とマフラーを弄ぶ。確かに、少し寒いかもしれない。
歩きながら話しているものの、ずぶずぶと沈み込む砂の上ではなかなか思うようには進めない。二人してよたよたとふらつきつつ、波打ち際へと歩いていく。
「だいたい冬に出掛けることがおかしいんだよ。寒いし、面倒くさいし、寒いし」
ポケットに手を突っ込んでマフラーに顔を埋めた土方が喚いている。真っ赤になった鼻と頬っぺたが可愛らしい。
学校が終わって直ぐに、一緒に行きたい場所があると言って無理矢理引っ張って彼を連れて来た。今日は部活は無いと言っていたが、他に用事でもあったのだろうか。彼は予定を狂わされることをあまり好まない。少し機嫌が悪いのもきっとそのせいだろう。
「まぁ確かに寒いけどさ、この波の音とか、すげェ綺麗じゃね?微かに鳴る冷たい風の響き、灰色に染まった海が奏でる切ない音色、二つが織り成す冬限定のハーモニー。まさに空前絶後の音楽」
「うるせェ、つーか半分以上聞いてなかったわ」
「ひどっ」
眉を顰め、肩を竦める土方は呆れたような顔をしていた。それに大袈裟に傷付いたふりをしながら笑う。
「本当にお前、そんな音を聞くために海まで来たのか?わざわざこんなクソ寒い中、俺まで付き添わして?マジで馬鹿だな」
ふんっと鼻を鳴らして土方が言う。
「えーちょっとくらい付き合ってくれてもいいじゃんかよォ」
「あーもううるせェな!だいたい海っつったら、もっと、沖縄みたいな感じの澄んだ海のが綺麗だろ」
「あれ、冬の海は嫌い?」
振り返りながら問う。吐き出した白い吐息はすぐに風にさらわれてちぎれた。
「嫌いっつーか……、濁って重そうだし、余計冷たそうに見えるし、それに……」
なんか、こわい。
土方が口の中で小さく呟いた言葉。
形のよい眉を少ししかめながら、土方は押しては返すを繰り返す水を睨みつける。彼が素直に感情を口に出すことは珍しい。それが、今みたいな恐怖や怯えである時は尚更だ。そんな彼の様子にちょっと苦笑がこぼれる。
実際、冬の海に土方を連れて来た本当の理由は、もっと別のところにあった。
冬の海は、ずっと胸に隠してある土方への想いに似ている。
暗くて濁ったいろは、少し他人と話している姿を見ただけでムクリと湧き出る醜い独占欲を。何度も何度も押しては引いてを繰り返しているところは、諦めようとしつつもずっと想いを殺せないでいるしつこさを。そして、砂浜に当たって砕け散る白い泡は、いつまでたっても届くはずのない遣る瀬無さを。
冬の海は銀時にとって、土方への恋心そのものを表していた。
だから、その海を見て土方がどんな反応をするのか。それを見てみたかったのだ。
もし土方がこの景色を受け入れてくれたなら、この恋も成就するんじゃないか。そんな、馬鹿げた期待も心の底にはあった。
だけど、土方の反応はさっきの通り。全く受け入れられやしなかった。
それでも。
それでも、この儚い風景の中で佇む土方の姿は、この瞳には美しく映る。この心は美しいと思ってしまうのだ。
簡単に諦められるはずが無かった。ずっと、ずっと見てきたから。想ってきたから。執着にも似た思いは、冷たくどろりと濁っている。
銀時は気付かれないように小さく口を動かした。言えるはずの無い本当の気持ちを胸の内で呟く。
そして銀時はまた嘘の言葉たちをつらつらと並べるのだった。
「まぁ確かにちょっと怖いかもしれねーなァ」
二人の間には、寒々しい波の音だけが流れていた。