銀魂BL小説
スパン、と唐突に開けられた襖に思わず肩が跳ねた。また総悟のイタズラか、と思いつつ振り返った土方は、そこに立っていた人物にあんぐりと口を開けた。
「よぉ土方くん。元気?」
いつも通りの気の抜けたアホ面を晒しながら立っていたのは、万事屋こと坂田銀時で。こんなところにいるはずのない男の姿に、眉を寄せる。
「おまっ、何しに来やがった!」
「いやぁ、仕事終わりについでに寄っちゃったみたいな?」
「屯所はそこらのカフェじゃねーんだよ!」
ふざけた口振りでそう返す万事屋に、眉間を揉みつつ突っ込む。それでも万事屋は飄々とした態度を崩さない。
「まぁまぁ、頑張ってお仕事してる土方くんを尻目にちょっと休憩がてら涼んでいくのも悪くねーと思って」
「悪いわ!悪いことしかねーわ!」
怒鳴ってみせるものの、スルリと部屋に入り込んできた彼は既にどっかりと腰を下ろしている。どうやら何を言っても動く気は無さそうだ。
「つーかお前、どうやって侵入してきたんだよ」
「侵入って人聞き悪ィな。普通に玄関から『副長さんいますか〜』って入ってきたわ」
「友達ん家に来た小学生かよ。何で当たり前みたいに入らせてんだ……」
「まぁ今更だろ」
何食わぬ顔でサラリと言われ、それはそうだけど、と口ごもる。それはそうでも、こっちの都合というものがあるのだ。土方はガシガシと頭を掻いた。
相手にしていられない、と机に向き直る。それまで没頭していた仕事に戻ろうと書類を手に取ったとき。
「おー、やっぱり書類仕事も多いのな」
頭のすぐ横から聞こえた声にドキリと心臓が跳ねた。サッと身を離しつつ声のした方を振り返る。すると、いつの間にか背後まで近づいてきていた万事屋と目が合った。
「あ、ごめん。見たらダメなヤツだった?」
「……いや」
何とか声を絞り出しつつ、引いていた体を直して体勢を整える。ふぅ、と息をついてみたものの、ドキドキとうるさい心臓はなかなか鎮まらない。
チラリと横目で万事屋を窺うと、ふぁ、と大きな欠伸をしているところだった。どうやら不審がられてはいないらしい。小さく胸を撫で下ろす。
万事屋に恋をしていると気付いたのは、つい最近のことであった。
偶然飲み屋で鉢合わせして、どちらともなく一緒に飲み始めて。こんなことは何度もあった。けれど、その日。熱のこもる店の中で、ぐい、と汗を拭ったあと、「あちィね」と。そう言って笑った顔が、ずっと忘れられないのだ。
それから顔を合わせづらくなって、なるべく会わないように避けていた。それが一変、屯所の自室まで奇襲しにくるなんて考えていなかった。心の準備が出来ていない。
「あれ、ぼーっとしてる。どうかした?」
どうしようかとぐるぐる考えていると、また背後から声がかけられた。人の気も知らないで、呑気なものである。
「や、別に……」
「ふーん。つーかこの部屋暑いね?クーラーとかねーの?」
「んなもん全部の部屋に付けられるワケねェだろ」
「副長室には付けるとか」
「他のヤツらも我慢してんだ、俺だけそんな真似できるかよ」
「……ふーん」
意味ありげな声音に、どうしたのかと振り返る。すると、万事屋は何故かニヤニヤとした顔をしていた。
「何だよ?」
「いーや別に?さすが副長さんだなって」
何なんだ、と首を捻りつつまた書類へと向き直ろうとしたとき。
万事屋が懐から小さな箱を取り出し、畳の上を滑らしてこちらに寄越してきた。
「何だよコレ」
「んー、暑い中頑張ってる土方くんに、プレゼント」
「はぁ?」
「まぁ開けてみてよ」
訳が分からないまま、言われた通りにその箱を開ける。すると出てきたのは、硝子の風鈴であった。
「この前、依頼で硝子工房の改修に行ったんだよ。泊まり込みだったんだけど、最終日に手作り風鈴体験をさせてもらって、それで」
「……お前ん家に置いときゃいいだろ」
「新八と神楽も同じの作ってんだぜ?三つも風鈴吊るしてる家なんかあるかよ」
急にぶっきらぼうになった万事屋の声音を聞きながら、手の中の風鈴をまじまじと見つめる。素人が作っただけあって確かに少し歪な形だけれど、それも味だろう。彼の着物と同じ水色の流水模様が描かれているところも、なかなか風情があって美しい。
「なんで、俺に」
「えー、と」
頭を掻きつつ口ごもった万事屋は、おずおずとこちらを見てくる。ほんのりと赤くなった顔の真ん中の、真っ直ぐな視線に見つめられる。
「……最近、テメーに会ってなかったから、暑さでやられてんのかなーっと思って。これがあればちっとは涼しくなるかなぁ……みたいな」
告げられた言葉に、顔が熱くなる。ただ避けていただけなのに、そんな解釈をして心配していたなんて。それでわざわざ風鈴なんか作って持ってくるなんて。
切なさと嬉しさがいっぺんに込み上げてきて、ぎゅっと胸を掴まれたような感覚だ。
「……あ、りがと」
「おう」
気恥ずかしさと、胸いっぱいに広がる喜びのせいで上手く言葉がでなかったけれど。そんな下手くそな言葉にも万事屋は嬉しそうに笑っていた。
早速その風鈴を軒先に吊るす。澄んだ音が響いて確かに涼しげであるけれど。
「……なんか、あちィな」
「……そうだな」
赤面したままの万事屋と顔を見合わせて、どちらともなく笑いだす。
たとえあの風鈴であっても、今のこの熱さは消せないようだ。
二人分の笑い声に混じるように、風鈴の音が小さく響いていた。