銀魂BL小説
ふわり、と薄紅色の小さな花びらをのせた風が吹く。やわらかく頬をかすめたそれに、銀時は目を細めた。
休日、昼下がりの桜並木。よく晴れた青空には、真っ白でやわらかそうな、まるで綿あめみたいな雲が浮かんでいる。なんとなく甘味が恋しくなって、前を歩く恋人に呼びかけてみる。
「なぁなぁ土方くーん、なんか甘いモン食いたくねぇ?」
「何言ってんださっき団子屋に寄ったばっかりだろうが」
振り返った仏頂面があまりにも予想どうりで、思わず小さな笑みがこぼれる。
「え〜そうだっけ?」
「ふざけんなテメーが今口にくわえてるモンは何だ」
「団子の串です」
ワザとキリッとした顔をつくってそう言うと、土方が呆れたような顔で笑った。つられるようにして頬を緩ませる。降り注ぐ太陽の光は、どこまでもやさしくあたたかい。
「いいからさっさと歩きやがれ」
また前を向いてしまった彼はスタスタと歩きだす。その凛と伸びた背中を追いかけるようにして歩みを速める。
特に行き先を決めているわけでもないのに、土方は足早に進んでいく。のんびりと歩く、ということは苦手なようだ。きっと職業病の一つだ。とはいえ、彼の真っ直ぐな背中を後ろから眺めるのは結構好きだ。だからいつも彼の少し後ろを歩くのだ。
しかし、こうして彼の後ろを歩いているとはっきりと思い知らされることがある。
それは、彼がいかに人目を惹く容姿か、ということだ。
彼が道を歩けば、すれ違った人の約9割が振り返る。女ば寺子屋通いのガキから、腰の曲がったブーメランみたいなババァまで、彼を眺めては頬を染める。更には男まで、無意識のうちに彼の姿を視線で追いかける。
さっきだって、彼が少し笑ったとたんに道行く人のほとんどが振り返ったのだ。
それほどまでに、彼は綺麗だ。
チラリ、と彼がこちらを見遣る。そこで、少し考え事をしている間にいつのまにか開いていた彼との距離に気づく。慌てて駆け寄る。
「遅ェぞ」
どうした、と問うてくる彼に、首を振りつつ何でもねーよと答える。それでも彼はまだ訝しげな表情をしている。
「腹でも減ってんのか?」
おそらく、さっきの甘味食べたい発言を気にしての質問だろう。本当によく気がつく男だ。
「え、なんか奢ってくれんの?銀さんパフェが食いてェなー」
ふざけてそう言うと、アホかと天パ頭を叩かれた。
また歩き始めた彼の後ろ姿を眺める。その黒髪に薄紅色がくっ付いているのに気づき、思わず頬が緩んだ。
鬼、なんて物騒な二つ名を持ちながらも、お人好しでどこか抜けている彼。そんな彼を眺めているのが好きだ。
だけど、時々。
時々、胸をかすめる思いがある。
不意に吹いた風が桜の木々を揺らし、ざぁっと桜吹雪が舞った。
「もったいねー……」
口をついて出た、その思い。
その小さな呟きに、また彼が振り返った。
「確かに、こんだけ見事に咲いてたら散るのが惜しくなっちまうな」
ひらひらと舞い散る無数の花びらを見上げながら彼が言う。
そういう意味じゃなかったんだけど。
ある意味彼らしい勘違いに苦笑していると、また訝しげな顔をされた。
「……んだよ」
「いや、別に」
「桜のことじゃなかったのか?あ、団子のことか?そんだけ丁寧に串しゃぶってんだから、もったいねーもクソもねェだろ」
ふい、と顔を逸らしながら叩かれる憎まれ口。きっと照れ隠しだ。自分の勘違いと、ガラでもないことを言ったことに照れているのだろう。黒髪のすきまから微かに赤く染まった耳がのぞいている。
「うるせー団子のことじゃねーよ」
「あ?じゃあ何だってんだよ」
拗ねたみたいな声音で問われる。
「……ん〜?」
はぐらかそうとするも、鋭い目で睨まれつしまうとどうしようもない。
観念して口をひらく。
「……オメーみてェな男前の隣にいるのが俺だから、せっかくのお綺麗な顔がもったいねーって言ってんの」
言いながら顔を逸らす。言葉にするとなおさら情けなくなってくる。
らしくないことを言っていると自覚しているだけに、居た堪れない。決まり悪さを感じつつ頭をかく。ちらっと隣の彼を窺って。
思わず、目を奪われた。
「ばーか」
そんなことを言いながらも、あまりに綺麗に笑っていた。呆れたみたいな、だけどひどく優しい笑み。それは、頭上で咲き誇る桜の花よりもずっと綺麗だった。
「何ももったいなくねーよ。だって、テメーを惚れさせられたんだからな」
にっ、と自信ありげに笑う彼が告げた言葉。胸の中に、あたたかいものが広がっていく。ちょうど、やわらかな春の陽射しのように。
俺でいいと、俺がいいのだと告げてくれた。素直じゃないが、それでも、はっきりと。
それだけで、胸の中にあった塊が溶けていくのを感じる。
「相当な自信だな」
「だってお前、俺の顔好きだろ?」
いたずらが成功した子供みたいに楽しげな様子の彼に、頬が緩む。
照れ屋の彼がくれた、嬉しい言葉。だったら自分も、想いの丈を言葉にしたい。 なるべくキリっとした顔をつくって告げる。
「顔だけじゃなくて、そんな男前な性格も、全部好きだぜ?」
「恥ずかしいヤツ」
フン、と呆れた顔で笑われた。つられるように笑みがこぼれる。
「そう言えば、もう甘味はいいのか?」
「うん、もう土方くんから甘い言葉もらったし」
「お前ホントバカだな」
薄紅色をのせた風がふわりと通りすぎていく。
朗らかな陽の光と、桜の花と、同じ歩幅で歩きつつ隣で笑う土方と。
そんなあたたかくってやわらかい幸せを感じながら、銀時はそっと目を細めた。