銀魂BL小説
はくしゅんと大きな音が響く。思わずくしゃみが出た。鼻をずずっと啜る。もう彼此三十分以上は雪空の下で立ち尽くしているのだから、流石に寒さが堪えてくる。
一人で出掛けた依頼の帰りに、不意に降り出した重い白。慌てて走り出したけれど、すぐに本降りとなった雪に容赦など無かった。暫く走った後、キリがないことを悟り近くの空き家の軒先に飛び込んだ。万事屋まではまだ随分と距離があるから、急いだところで濡れるのは目に見えている。それならば、少し雨宿りならぬ雪宿りしてから帰っても同じだろう。
そう高を括ってから、早三十分。まだまだ雪が止む気配は無い。自分の読みが外れたことに、はぁっと溜息を吐く。白い吐息は、すっと鈍色の空に溶けた。
ひっきりなしに降る白いかたまりをぼんやりと眺める。
塩のように一つひとつの粒は小さいくせに、降り積もったそれはズシリとした重さと質量をもって存在する。なかなか溶けて消えることも無いまま大きさだけを増して固まってしまう。その様子は岩塩に似ている。濃縮されたそれは、ごろりと転がったままどうすることも出来ない。
まるで、自分の恋心のようだ。
考えた後で、そのあまりの陳皮さに苦笑が洩れた。恋を雪になぞらえるなんて。白い景色を眺める内に少し感傷的な気分になってしまったようだ。そう笑い飛ばしてみたものの、一度心に浮かべた想い人の姿はなかなか消えてはくれなかった。
真っ直ぐな彼。好戦的で、口も悪くて、露悪的に振舞っているけれど、本当は誰よりも優しい彼。
ずっと、好きだった。いつからかは分からないけれど、気付いた時にはもう随分とこの気持ちは大きく育っていた。
だが当の彼は自分のこの想いなんてきっと想像すらしていないだろうし、今更この喧嘩ばかりの間柄を変えるのも難しいだろう。そう考えて、大きく育った想いに蓋をした。ただ下らない話が出来るだけで凛と立った後ろ姿を眺めるだけで。
真っ直ぐな生き方を、魂を護れるなら、それで良かった。たとえ、この想いが伝わらなくとも。
はっくしゅん、とまた豪快なくしゃみをする。儚い雪景色の中にいるせいで、随分とらしくないことばかり考えてしまった。
両手を擦りながら空を睨んでいると、不意に足音が聞こえた。その微かな音に耳を澄ませる。恐らく一人分であろうその音は、聞き覚えのあるものだった。さあっと胸に温かさが込み上げる。
だんだんと大きくなる足音に釣られるように自分の心臓の音も煩くなる。足音が最大限にまで大きくなった時、声を掛ける。
「よお」
パッと此方へ向いた彼の持っていた傘から雪の欠片が滑り落ちる。黒い髪や隊服にも少し白が乗っていた。赤く染まった頬、見開かれた深い藍色の瞳。想像していた通りの姿に、ふっと頬が緩んだ。
「万事屋?」
紫がちな薄い唇が開かれて、白く染まった息が溢れる。
「見廻り?ケーサツさんも大変だね」
「あ、あぁ、まぁ。お前は?」
「見ての通り、雪宿り」
肩を竦めてみせる。すると、優しい彼は少し眉を顰めた。
「いつから」
「さあ、もう三十分以上は経ってるかな」
飄々とした態度を演じる。そうすると、彼は呆れた顔をしながら溜息を吐いた。
「ほら」
軽く傘を持ち上げて、此方へ差し出してくる。照れているのか、顔は他所を向いたままだ。だが、黒い髪の間からはほんのりと赤くなった耳が覗いている。
その仕草の全部があまりにも予想通りで愛しくて、思わず笑みが溢れた。やっぱり俺は、この男に惚れている。
「何だよ、早くしろ」
なかなか反応を寄越さないことに、拗ねたように彼が言う。
「ごめん、じゃ、お邪魔しまァす」
軽い調子で返しながら、何でも無い風を装って彼の傘に潜り込む。本当は、はち切れんばかりに心臓が鳴っていたし、声は少し掠れていた。だけど、そんな自分の様子に彼は気付かない。それで、いい。
二人で入るには、傘はあまりにも狭かった。
「つーかお前、あんなとこでよく三十分もいたな」
「うん、すげェ寒かった」
「当たり前だ、……風邪引くぞ馬鹿」
ふい、と逸らされる顔。素直じゃないけれど心配してくれているのだろう。また心が温かくなる。好きが積もっていくのが分かる。
だが、こんなに心を許してくれているのも、こんなに近くで歩けるのも、彼がこの気持ちを知らないから。この想いを、伝えていないから。
ならば、この距離を守る方が良い。会うと喧嘩して、偶に手を貸して、ほんの少しだけ笑ってくれる。そんな今の関係を守れるなら、それで良い。
彼の真っ直ぐな後ろ姿と魂を、ずっと見護れるなら、それで良い。
「まぁ、何とかは風邪引かないって言うしな」
ゴホン、と気まず気に咳払いをした彼が軽口を叩く。
「うるせェ、体が丈夫なんだよ鍛えてるから」
「嘘つけ」
深い藍色が疑わし気に細められたので、言い返す。
「お前こそ鼻の頭真っ赤じゃねーか、副長さんともあろうお方が本当は寒いんじゃねーの」
「ばっか、寒くねーよ!俺もマヨで免疫力つけてるし鍛えてるし!」
「いやマヨにそんな効果ねーよ」
ムキになった彼の言葉に笑うと、彼の口元にも微かな笑みが浮かんだ。ほら、こんな風に、隣で笑いあえたならそれでいいんだ。
これだけで、充分だ。
一つだけの傘の下に、穏やかな笑い声が響く。
雪はまだ、やみそうになかった。
しかし、銀時は知らなかった。岩塩には雪を溶かす作用があることを。銀時のなかで降り積もり凝縮された想いもまた、土方の心を解きほぐしていることを。だからこそ、今の笑いあえる関係があるのだということを。
雪どけの後には、もうすぐそこに春があるのだ。