銀魂BL小説


 もうじき年が明ける。
 そんな時分に寒空の下を歩きながら、銀時はふうっと白い息をはく。途端に黒色に溶けていくそれを追ってふと見上げた空には、白い三日月が浮かんでいた。
 
 除夜の鐘を間近でききたい。
 そう言った神楽に半ば引き摺られるように三人で家を出たのがつい半刻ほど前。羽織やらマフラーやらを着込んでいるとはいえ、夜の冷え切った空気は容赦などなく体温を奪おうとしてくる。三人は各々震えて肩を竦め両手をすりつつ、近くの寺を目指して歩いていた。
 その目的地の寺に近づくほどに、辺りを歩く人の数も増えていく。ガヤガヤとした喧騒は次第に膨らんでいき、長い階段を上りきり境内に入った頃には随分と大きな人混みになっていた。

「すげェ人の数だなオイ」
「みんな初詣に来てるんですね」
「こんないっぱいの人と年を明かすなんて、楽しみアル!」
 
 前を歩いていた神楽がピンクのマフラーを翻しながら振り返って笑う。
 いつもは炬燵でダラダラとテレビを見ながら年を明かしていた。だから、こんな夜中に初詣をするのは確かに新鮮だ。子供達もはしゃいでいるのが見てとれる。銀時とて、そわそわした気分を感じていた。新しい年を迎えるのだ、心を躍らせるのも当たり前のことだろう。
 それに、合併号のジャンプも買ってあるし、忘年会で羽目を外し過ぎた挙句オッさんにハメたなんてこともなかったし。真っさらな新しい年を迎えるための準備は出来ている。
 
 ただ一つ、心残りがあるとすれば。
 澄んだ夜空に浮かぶ月に向かって重い息を吐き出した時、神楽が声を上げた。
「もう鐘が鳴り出したアル! 」
 その声に釣られて耳を澄ませると、なるほど、ゴォンという大きな音が響いていた。
「本当だ。もうそんな時間なんだね」
 神楽の隣で青い羽織を着た新八が笑う。
「もうすぐ今年も終わりだな」
 そう言いつつ、銀時の心にはある男の顔が浮かんでいた。それは、会えば喧嘩ばかりの関係の男で。それでも、心の奥では密かに想いを寄せている人物だ。
 その人に、今年が終わってしまう前に一目でいいから、会いたいと思っていた。それだけが、たった一つ心残りだった。
 だけど相手は大変かつ忙しい仕事に就いているのだ。そんな簡単にその姿を見ることも出来ないだろう。まして、会うための約束なんてしているはずもない。彼とは、そんな関係ではないのだから。銀時は自分の天パ頭をがしがしと掻いた。
 
 と、その時また神楽が声を上げた。
「あっ、あそこにまりっぺがいるアル!」
「あ、あっちにタカチンがいる」
 声を弾ませて叫んだ彼女の後を追うように新八も呟く。
 それから二人はこちらを伺うように振り返った。
「……おう、行ってこい。でも、はぐれるんじゃねーぞ」
 そう答えると、二人はにこっと笑って「ありがと銀ちゃん!」「ありがとうございます!」などと口々に言いながら友達の元へパタパタと駆けて行った。今年の最後になるのだから、何かと積もる話でもあったのだろう。はしゃぐ二人の背中を見送りながら、銀時は頬を緩ませる。

 その後、さてどうしようかと頭を掻きつつ考える。子供達には『はぐれるな』と言ったけれど、実際は彼らが何処にいようと見つけられるだろうという自信はある。とはいえ、あまり遠くに行くことも出来ない。

 悩んでいるところに、ちょうど近くに自販機があるのを見つけた。取りあえず冷え切った身体のために温かいものでも飲もう。そう思い立った銀時はそれにふらりと近づく。

 自販機の前に立ち、いつものように汁粉のボタンを押そうとして。けれど、その指がぴたりと止まる。
 汁粉の缶の横に並ぶ、黒いコーヒーの缶。
 いつもなら絶対に買おうとも思わない、好みとはかけ離れた飲み物。けれどその黒い缶は、会いたいと願っていた想い人が愛飲しているもので。それを目にした途端、吸い寄せられるようにそのボタンを押していた。
 ガシャン、という音で我に返る。取り出した黒い缶を手に、銀時は苦笑を洩らした。こんなところにもアイツの面影を求めてしまうなんて。募り積もった想いを自覚させられたようで、気恥ずかしさが込み上げる。
 まあ何はともあれ、買ってしまったモノは仕方ない。銀時はプルタブを開け、ぐびっとコーヒーを飲んだ。苦い、けれど優しい温かさが身体中にじんわりと沁み渡る。

 ほっと息をつきつつ、ふと周りを見渡す。
 と、人混みの中に見つけた、真っ直ぐな背中。
 会えないだろうと諦めたフリをして、けれどそれでも心の奥で会いたいと願っていた、その想い人の姿だった。ぶわりと嬉しさが胸を満たす。思わず顔が綻んでしまう。
 すると、向こうもこちらに気付いたようだ。銀時は手を軽く挙げつつ、彼の元へと向かう。黒い隊服姿の彼は人波から少し離れた境内の隅に一人で立っている。きっと警備か何かの最中なのだろう。

「よお、仕事?大変だねこんな年の瀬に」
 ずっと外でいたのだろう、鼻と頬を真っ赤に染めた土方に話しかける。首を竦め、赤いマフラーに顔を埋めた様子が何だか可愛らしい。銀時はだらしなく緩みそうになる表情を必死で引き締めた。
「まぁな。お前は初詣か? 」
「ああ、神楽が除夜の鐘を近くで聞きたいアルーっていうからさ」
「その割には一人じゃねぇか。ガキ達は? 」
 土方は銀時の後ろを覗き込むように首を伸ばした。
「お友達とお取込み中」
「置いてかれたのか」
 クスっと土方が笑う。その拍子に溢れた白く光る吐息があまりに綺麗で。途端に速くなった胸の鼓動を誤魔化すように、銀時はいつものような軽口を叩く。
「それで手持ち無沙汰してたら、ちょうど今いい暇潰しを見つけたってワケ」
「誰が暇潰しだ」
  銀時の言葉に少しだけ眉をしかめてみせた彼は、それでもいつものように噛み付いてきたりはしなかった。それに気を良くしした銀時はまたつらつらと言葉を重ねる。
「つーか何これ寒くね?いくら冬だからってこんな張り切って寒くなる必要ねぇんだよコノヤロー」
「まったくだ。こんな日に警備なんかに駆り出される身にもなれってんだ」
 そう愚痴をこぼした土方は、それでもそこに不満や苛立ちといった色は見られない。それどころか、いつもより少し雰囲気が柔らかい気さえする。どうしたのか、と思いつつも、銀時はそんな土方の様子にまた胸の辺りが温かくなるのだった。
「誰だよ今年は暖冬だとか言い出したヤツは。何現象だっけ、えっとホラ、あの、ドエムトシーニョ?」
「エルニーニョ現象な。何だよドエムトシーニョって。話をややこしくすんじゃねェ」
「う、うるせーなホントはちゃんと覚えてたし。ちょっとした冗談に決まってんだろーが」
「嘘つけ、このクルクルパー」
「ハイお前今世界中の天パを敵に回しましたァ!」
 ぽんぽんと飛び出る軽口の応酬も、棘が無いので楽しいだけだ。二人して顔を見合わせた後、どちらともなく吹き出した。いつもよりも柔らかい空気を纏った土方の笑顔は、何だか温かくってこそばゆい。
「どしたの?何かお前、今日機嫌いい?」
「そうか? 」
 銀時の問いにも軽く微笑みながら答える始末だ。なかなかお目にかかれないその綺麗な笑みに、またもや銀時の胸は高鳴った。これじゃ心臓が持たねェな、と銀時は緩む口元を隠すために手の甲を口に押し当てる。
 そんな銀時の様子など素知らぬ風の土方は、銀時の左手にチラリと目を遣り、それから少し眉を跳ねた。
「お前でもコーヒーなんて飲むんだな、珍しい」
「えっ、いやその、コレは……」
 ぽつりと告げられた土方の言葉に、銀時は内心で慌てる。まさか、お前がいつも飲んでいるから選びました、なんてことは口が裂けても言えるはずがない。そんな仲じゃないことは百も承知だ。
「てっきりお前は甘いモンしか受け付けねぇのかと思ってた」
 妙に感心したような声音に、銀時はハハと曖昧に笑いながら誤魔化そうとする。
「いや、まぁ、今日はそんな気分だったつーか……んだよ銀さんがコーヒー飲んだら悪いですかコノヤロー」
「……いや、別に」
 早口で捲し立てる銀時を他所に、土方は素っ気ない。それどころか、さっきまでとは打って変わり何だか落ち着かない雰囲気である。

 どうしたのか、と思っていると不意に目に入った、手袋をはめた彼の左手に握られた小豆色の缶。
 それは、銀時が冬の間はいつも愛飲している汁粉の缶だった。

 はっとして土方の顔を見る。すると彼も銀時の視線に気付いたようで、悪戯が見つかった子供みたいに慌てて左手を後ろに隠す。
「いやっ、コレはその……べ、別に俺もたまたま甘いモン飲みたい気分だっただけだからな!」
 焦ったように言いながらも、寒さで潤んだ藍色の瞳は忙しなく泳いでいる。その上、気のせいだろうか、頬もさっきよりも赤くなっている。そんな土方の様子に釣られるみたいに、銀時の顔もだんだんと熱を帯びていく。

 もしかして、土方も。
 胸に浮かんだ予想に、ハッと目を見開く。あり得ない期待が膨らんでいく。
 俺がいつも飲んでいるから汁粉を買ったのだろうか。そして、俺が飲んでいたのが今日はコーヒーだったから、お揃いにならなくて少し落胆したのだろうか。

 心臓が痛いくらいに大きく音を立てだす。自分の鼓動の音が耳の奥でこだましている。
 そんな予想はただの自惚れで、全くの見当違いかもしれない。ただの都合のいい妄想かもしれない。けれど、もし、そうであったなら。土方も、同じ気持ちでいてくれたなら。そんな願いが、銀時の心の中で大きくなっていく。
 そして、どうしても伝えたくなった言葉を我慢出来ない。さっきは絶対に言えないと思っていた言葉。だけど言わなくちゃ伝わらない。伝えたい。

 銀時は土方の手を掴み、ぐいと引いた。呆気に取られている土方は簡単に銀時へと引き寄せられる。そのほんのりと赤い耳元へ、そっと唇を寄せる。
 それから、意を決したように口を開いた。

「本当は、お前がいつも飲んでるから俺もコーヒーにした。ずっと、お前に会いたいって思ってた」

 そう告げると、土方の切れ長の瞳が大きく見開かれた。ぱっと耳を右手で押さえる。元々赤かった頬が、さらに赤く染まっていく。はっと銀時を見た深い藍色は相変わらず潤んだままだ。そんな土方が可愛くて愛おしくて、銀時は頬を緩ませる。
「は、えっ、何言って……」
 狼狽える土方の様子に、してやったりと笑みを浮かべた。
「じゃ、そういうことだから」
「は……」

 ちょうどその時、背後から呼ぶ声が聞こえてきた。
「銀ちゃーん」
「銀さーん」
「お、ガキ達帰ってきたみてぇだな。そろそろ行くわ」
「えっ、あっ、ああ」
 未だぐるぐると混乱したままの土方の様子に銀時はクスリと笑みをこぼす。
「じゃ、良いお年を。トシだけに」
「あ、ああ……って、誰がトシだ」
 あまりにキレの無さすぎるツッコミを背に受け、土方と別れる。するとこちらへ向かって足早に駆けてくる子供達が見えた。

「銀ちゃん、どこに行ってたアルか?」
「んー、ちょっとな」
 はぐらかしつつも、銀時の胸の中は明るかった。微かではあるが想いを伝えられた上、土方のあんな表情を見れたのだ。鼻歌でも歌いだしたいくらいだ。
「あれ、銀さん、珍しくコーヒーなんて飲んでるんですね」
「ほんとネ。糖分王を目指すんじゃなかったアルか」
「いーや、俺はいつだって甘々な糖分王だよ」
 好きな人を想って、そいつの好きなモノを飲んでしまうくらいなのだ。これが甘くなくて何だと言うのか。
「よく分かりませんけど、銀さん何だか楽しそうですね」
「顔が緩んでるアル。いつにも増して締まりのない顔になってるヨ」
 そう言われてぱっと自分の頬に手をやる。なるほど、確かに緩みきっているのが分かった。自分のあまりの浮かれようを思い知らされる。まだほのかに熱の残った頬がこそばゆい。

 何かあったのか、と訝しげな視線を送ってくる子供達を尻目に、銀時は胸の内で考えた。
 もうすぐ迎える、真っさらで新しい年。きっとそれは、これから出会う出来事や人々によって鮮やかな色がのせられていくことだろう。
 その色とりどりに飾られた一年のなかに、アイツの、土方の色も重ねていきたい。今までみたいに喧嘩しつつも、時々手を貸し合って、それから一緒に笑いあえるような。そんな暖かくって優しい時を重ねていきたい。
 そうして、アイツの一年にも俺の色を重ねていくことが出来たなら、どんなに嬉しいだろう。ちょうど俺がアイツの好きなコーヒーを飲んで、アイツが俺の好きな汁粉を飲んでいる今のように。

 そんなふうに時を重ねていって。そして、いつか。
 いつか、お互いが隣にいることが自然になって、二人の色が混ざり合うような時がきますように。お互いが大切に想い合えるような、暖かく幸せな時が。そして、その混ざり合った色を一緒に見つめながら『綺麗だな』と言い合えるような時が、きますように。銀時は静かに瞳を閉じた。

「もうすぐ年が明けるアル!」
「新しい一年が始まりますね!」
 子供達の声が響く空には、明るい月が輝いていた。
 真っさらな一年は、もうすぐそこだ。
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