銀魂BL小説


 冬の夜の澄んだ空には、白く浮かび上がる星たちがよく映える。銀時は深い藍色に染まった空を見上げて考えた。
 ついさっきまで沈むお日様の橙色が溢れていたというのに、今はもう随分と暗くなってしまっている。少し前まではまだこの時間は明るかったはずなのに。もう随分と冬の気配が濃くなってきたかな、と銀時は両手を擦りながら考えた。
 冷たく尖った風が頬を掠めて、近くの落ち葉を巻き上げる。
 こんな寒い日は家に篭って鍋でもつつきたいところだが、生憎今日は約束があるのだ。だから銀時は寒空の下で一人、その約束の相手を待っている。
 その相手とは、これまで何度も何度も一緒に飲んだことのある腐れ縁の男であった。幾度となく鉢合わせ、罵り合ったり飲み比べと称してじゃれ合ったりしているうちに、一緒に飲むことが楽しくなってしまった。ぽんぽんと飛び出す軽口の応酬も、いつもよりほんの少し砕けた態度も、偶に見せる小さな笑みも、全て銀時の心をそわそわと浮き足立たせるようになったのだ。
 今では飲み屋の暖簾をくぐった時にその姿を見つけると頬が緩むほどになってしまっている。それほどまでに、そいつの隣で飲む酒は美味かった。
 そして遂にこの間、初めて一緒に飲むための約束を取り付けた。それまでの鉢合わせたついでに何となく、みたいな曖昧なものじゃなくて、最初からちゃんと待ち合わせたいと思ったから。
 

 その日も、偶然店で鉢合わせ、その流れのままに並んで一緒に飲んでいた。
「俺たちこんなに鉢合わせるんだからさぁ、もういっそ約束しとかねぇ?」
 カウンターの上のコップを掴み、ぐい、と酒を煽った後で半ば勢いのようにそう言った。酔った男の戯言だと思われても不思議じゃないくらいに、努めて軽い口調になるように意識して。
 背後から聞こえるガヤガヤとした音たちが、いつもより煩く頭の中に響いている。なんだか妙に顔が熱かった。ふい、とそいつから顔を逸らす。
 何言ってんだ、とか、鉢合わせるんだから約束しても一緒だろ、とか、そんな言葉を返されるんだとばかり思っていた。なんせ、飲んでいる時はそれなりに近い距離にいても、素面ではいつもいがみ合ってばかりの相手なのだから。素気無く一蹴されて終わりだと高を括っていた。
だから。
「……あぁ。いいぜ」
「えっ」
 予想外の返事に驚く。銀時が慌ててその顔を見ると、目元がすっかりと赤く染まっていた。瞳もとろんと溶けていたが、まるで素面の時と変わらないように真っ直ぐにこちらを見ていた。その強い光にどくんと心臓が大きく跳ねる。それを誤魔化すように酒を勢いよく流しこんだ。
 そんな銀時の様子に、「お前から言ったくせに何だその反応は」とそいつはまた小さく笑みを溢したのだった。
 
 
 そうして約束を交わして、今日に至るという訳である。
 いそいそと出掛けてきたものの、銀時の胸の半分は不安で占められていた。その約束の相手はなかなか大変な職業に就いているから、急に来られなくなる可能性も充分にある。その上あの時そいつはそれなりに酔っていたようだったので、この約束自体覚えていないことだってあり得る。つまり銀時がこの待ち合わせ場所で待っていることは一種の賭けのようなものだった。
 一際冷たい風が吹き抜け、銀時はぶるりと身震いした。店で待ち合わせるのでは何となく味気ない気がして橋の上で落ち合うようにしてみたが、思いの外寒い。さむさむ、と口の中で呟きながら肩をすくめる。マフラーをしてきて正解だったなと考えつつ、銀時はすっかり暗くなった空を眺めた。細く、しかしくっきりと浮かんだ三日月が笑っている。
 もうすぐ約束の時間だろうか。時計を身に付ける習慣がないから正確な時間は分からないが、家を出た時間から考えるともうそろそろだろう。
 いつもなら時間に間に合うように家を出ることなんてほぼ無いのに、今日は随分と早く待ち合わせ場所に到着してしまった。ただ腐れ縁の男と一緒に飲みに行くだけのはずなのに、なんだか浮かれ気味な自分を思い知らされているようで気恥ずかしくなる。それに、さっきから妙に心臓が煩く鳴っている気もする。きっと寒いからだな、と銀時は無理矢理に納得した。
 それにしても、まだ来ないのだろうか。
 あいつの性格上、時間の十分くらい前には待ち合わせ場所に来ていそうなものなのに。銀時はきょろきょろと辺りを見回してみる。けれど、薄暗い景色の中にそれらしい姿は見当たらない。近くの木々を揺らす風の寒々しい音だけが響いている。
 何かあったのだろうか。
 それとも、やっぱり約束なんて覚えていなかったのだろうか。ただの酔っ払いの戯言だと、本気にしてくれなかったのだろうか。なんせ、いてもの関係が関係だけに、冗談だと取られても仕方ないのかも知れない。
 自分で想像したことに落胆する。こんなにも楽しみにしていたのに、それは自分だけだったのだろうか。寒々しくなった気持ちを抱え、銀時は家へ引き返そうかと考えた。
 しかし、その時。
 頬を撫でる風の中で、アイツがいつも吸っている煙草の匂いが、ふわりと鼻を掠めた気がした。微かだけど、たしかにアイツの香りだった。
 ただの気のせいかもしれない。だけど、もう少し待ってみようかと、そう思った。例えアイツがここに来なかったとしても、俺はずっと信じていたい。ずっと待っていたい。
 銀時はふぅっと息を吐いた。白く光ったそれがゆっくりと藍色に溶けていくのを見送る。それはまるで、いつもアイツが吐き出している煙草の煙のようだった。
 それから、欄干にもたれ掛かりながら目を閉じる。瞼の裏に、「すまねぇ、遅れた」なんて言いつつ照れたようにはにかむ約束の相手の姿を描く。その姿が、単なる自分の想像とはいえ妙に綺麗で柔らかくて、銀時は何だか胸の辺りがむずむずとした。しかしそれは同時に、ほんのりとした温かさも一緒になって胸に広がっていく。そんな自分が何だか気恥ずかしくて、銀時はひゅうっと口笛を吹いてそれを誤魔化してみた。風の鳴る音によく似たそれは、冬に相応しい音色のように聞こえる。
 その口笛に、微かな音が紛れ込む。慌ただしげなその音はきっと、アイツが急いで走って来ている足音だ。なぜだか、そう確信していた。
 ふっと目を開いて音の方へ顔向けると、想像した通りの、アイツの姿。黒髪を靡かせて、焦ったような顔をして。足早にこちらへ向かってくる。
「土方」
 思わず呼ぶ、約束の相手の名前。
 それを聞いた土方は、少し眉を下げつつ頬を緩める。白い吐息が唇からこぼれた。
「すまねぇ、遅れた。待たせちまったな」
 台詞まで想像と一緒で、銀時は思わずふっと頬を緩ませた。
「いや、別に待ってねェよ、俺も今来たところだし」
「嘘つけ。鼻、赤くなってる」
 うっ、と言葉に詰まる。折角カッコつけてみたのに、バレてしまうなんて、あまりに恥ずかしすぎる。必死になって取り繕う。
「うるせー、俺はただトナカイに憧れてるだけですぅ、トナカイ王に俺はなるんですぅ」
「何だよトナカイ王って。つーかそんな死んだ目したトナカイ嫌だ」
 いつものような言い合い。だけど、そこにいつもとは違うそわそわした空気が漂っていることに銀時は気付いていた。妙に気恥ずかしい、だけど何故だか心地よい空気。
「じゃ、行くか」
「ん、おう」
 並んで歩きだす。隣を見ると、同じ高さにある藍の瞳と目があった。それが何だか嬉しくて、あたたかくて、銀時は思わず笑みをこぼす。するとそれは土方も同じだったようで、同じようにクスクスと笑いだす。
 二人のこぼした白い息は、混ざり合って冬の空にゆっくりと溶けていった。
 まだまだ冬は始まったばかりだ。これから何度だって待ち合わせをして、寒い寒いと言い合いながら、一緒に歩いていくことができるだろう。
 そしてそれを重ねるうちに、ちょっと気恥ずかしくてこそばゆくて、だけど心地よくてあたたかい、この気持ちの名前も見つかるだろう。淡く光る月を見上げて、銀時はそう胸の中で考えた。
 笑い合いながら同じ歩幅で歩いていく二人を、冬の澄んだ空と白く輝く無数の星たちの光が包みこんでいた。
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