空色の冒険
「たりィ…睡眠不足だぜ」
目をこすりながら、日差しの中に飛び降りる。
リーズのバイオリンコンクールを応援するために、俺たちは首都に馬車ではるばるやってきたのだが…
「わらわも体内時計が狂いまくりじゃ……」
着ぐるみのマリアベルも、馬車からヨロヨロまろび出る。
「ふたりとも、大丈夫かい?」
鹿みたいな瞳が、心配そうに見開かれる。
「あー、大丈夫。ダイジョウブじゃ…」
マリアベルは手をヒラヒラさせて答えた。
「夜更かしし過ぎだよ、まったく。
頼むから、僕の出番の時に寝てたりしないでよ!」
「大丈夫というとろうが…」
馬車に轢かれそうになりながら言っても、説得力ないぜマリアベル。
「それにしてもうるさい街だよね。
いつになってもかわんないな」
彼女の背中を支えながら、リーズは顔をしかめた。
「俺的には、ちょっと違うんだけどな」
俺は、この中で母さんが暮らしてるんだと思うと、なんだか胸が痛くなる。
母さんが、俺たち家族を捨ててまで、ここで暮らしたくなった気持ちが知りたくなる。
「そう? こんなとこ、何もいいとこないよ。
僕はクアトリーの方が好きだな」
「…そうかもな。お、あれが会場だな?」
「よーし、じゃ、行こう!」
顔を輝かせるリーズに、ちょっとだけ苦笑する。
肩をすくめ、奴を追おうとした拍子に、マリアベルの視線に気がつく。
「なんだよ、マリアベル?」
「いつもはおぬしよりリーズの方が大人びておるのに、さっきはそれが、逆転しておったな」
成長期の人間はこれだから楽しい、と彼女は続けた。
着ぐるみ越しの表情が予想できた俺は、なんとも答えようのない気分になり、足を早めた。
手続きを終え、着替えたリーズとマリアベルに、控室の席を取っておいた俺は立ち上がって合図する。
…あれ? あそこにいるのは…
「ビオレッタ!」
青いシフォンに包まれた肩が振り返った。
「リーズ!? コンクールに来たの?
あなた風情が優勝できるレベルじゃないわよ?」
「…ねえ、やっぱり怒ってるよね、ゴメン」
「心にもないこと、言わないでッ!!
あなたもあたしのこと、バカにしてるんでしょッ!?」
「そ、そんなことないよ」
「嘘!
…リボンのこととか、よく覚えてないけど、初雪の日のこととか…」
「それは…ちがうよ」
口ごもるリーズを、彼女は耳まで赤くして睨みつけた。
「もう、いいわよ! あんたなんて、大嫌いッ!」
ため息が形になって浮かんでるような雰囲気の中、マリアベルが口を開いた。
「…そろそろ、出番じゃな」
「うん…あれ?」
バイオリンを手に立ち上がったリーズは、眉をひそめた。
「どうしたんじゃ?」
「課題曲の封筒が、なくなってるんだ」
リーズは顔色を変え、マリアベルを見上げた。
「ちゃんと探したか?」
「…確かにバイオリンの横に置いておいたんだ」
…俺たちは、顔を見合わせた。
「ビオレッタだ! アイツ、リーズの楽譜をッ!」
「そうかッ!!
わらわがついておりながら、何という不覚ッ…
リーズ、わらわとジャックは楽譜を取り戻してくる。
おぬしはここに居るのじゃッ」
リーズは泣きそうな顔で、うなずいた。
「ちくしょう! あいつ、どこにいるんだ」
ビオレッタは会場のどこにも見当たらない。
「次の演奏者は、リーズ・ファーリンくん……」
アナウンスに、唇をかむ。時間がナイッ!
「くっ…どうする、ジャック!」
「俺だって聞きたいよッ!!」
その時、後ろから場違いなのんきな声がかけられた。
「ジャックじゃない! 久しぶりねぇ〜」
「アナスタシアさん!?」
海の泡みたいな白レースのドレスの彼女が、バイオリンと楽譜片手に立っている。
それを見た瞬間、俺の頭に電流が走ったッ!!
「……! そうだ、これでいこう!!
マリアベル、アナスタシアさん、協力してくれッ」
話を聞いたマリアベルは顔をしかめる。
「…派手なパフォーマンス過ぎやせんか」
「マリアベル好みじゃない? それで行きましょ」
アナスタシアさんは指を立て、笑った。
「しょうがない、時間もないことじゃしな」
「じゃあ、行くぜ!」
ダッシュで控え室を出て、客席最後列に向かう。
辿り着いた場所で、適当なスペースを確保し、楽譜を取り出す。
設計図を思い出し、必死で紙を折る。
「ライトがついたぞジャック!」
リーズが屠られる子羊のような顔で出てくるのが、目のはしで見えた。
「マリアベルッ、アナスタシアさん、飛ばして!」
「任せておけッ!!」「了解ッ!」
ふたりは楽譜の紙飛行機を舞台に次々と投げていく!
白い紙飛行機は、はらはら舞い上がり、急降下する。
リーズははっとしたように、それを拾い、広げる。
観客は予想もしていなかった光景に、声も出ない。
水を打ったように静かになった会場で、楽譜をすべて広げ終わり、しわを伸ばすと、リーズはバイオリンを構えた。
ホールに緊張が走る。
一拍おいて、端正な音色が弦からあふれ出た。
…俺はほっと、近くの座席に倒れ込んだ。
「ごめんな、俺のせいで優勝できなかったのかも」
車輪を鳴らす馬車の中、俺は謝った。
「ううん。賞なんかより、みんなが僕のために、
一生懸命やってくれたことがうれしかった。
ホント、感謝してるよ」
特別賞のトロフィーをなでていたリーズは、傍らで寝息をたてるマリアベルを見やって微笑む。
「でもさ…」
「いいってば。
帰ったらアップルパイ焼いて、紅茶入れてお祝いしよう」
「そうだな。アナスタシアさんにもパイ、送ろうぜ」
パイの味を思い出して鼻の下を伸ばした俺に、リーズはにっこり笑ってうなずいた。
「なんじゃと? あの娘が、誘拐されたとなッ!」
マリアベルの大声が、静かな城内にキンッと響いた。
「しかも知らなかったとはいえ、
犯人をブブカの家に連れてったのは、
僕たちだったんだ…」
「この町で誘拐なんて起きると思わなかったんだよ…」
いつもの部屋で俺とリーズはため息を吐く。
「…責任重大だよな」
「それに、クラスメイトだし。
なんとか助けてあげたいんだ」
俺たちの顔を、マリアベルは面白そうに見回した。
「…コンクールの件は、もういいのか?」
「そんなのは、関係ないよ!」
気色ばんだリーズは、すぐに顔を赤く染める。
「そんなこと、いちいち根に持ちたくないんだ」
「でさ、マリアベル。
曲者はビオレッタの姉ちゃんに、身代金持たせようとしてるんだ」
「それは、デンジャラスな匂いがするのう…」
「だろ!? だから、何とかしたいんだ」
「ふむ…」
右手を頬にあててたマリアベルは、顔をあげた。
悪戯っぽい光が、両目に宿っている。
「のう。わらわがビオレッタの姉のふりをして、
約束の場所に行くというのはどうじゃ。
そこでアカとアオを使って、
犯人をとっつかまえるという寸法じゃ」
「そんな危険なこと、アンタにさせられねーぜ!」
「僕もそう思う…マリアベル、考え直してよ」
「大丈夫じゃって。わらわの力を信じろ」
「マリアベルのパワーは、そりゃあ知ってるけど。
でも、万が一ってこともあるだろ?」
「あーもう、おぬしらしつこいぞッ!!」
マリアベルは、大きな音を立ててテーブルを叩いた。
「わらわがいいと言ったらいいのだ!」
無言で家路につく俺たちの影を、月が長く伸ばす。
「ねえ」「なあ」
同時に言う、バッチリ気の合う俺たちであった。
「…やっぱり、お前もそう思うか?」
「あったり前だよ。
マリアベルの計画じゃ、僕たちカッコ悪すぎだ」
「やっぱ、そうだよな!?…よぉ〜し!」
そばの切り株にどっかと腰を下ろす。
「っと、相手はこっちをコドモと見くびるだろうから…」
半月が見おろす中、俺とリーズの会議は続いた。
「ええと…身代金を、持ってきました」
作戦通り、ビオレッタの姉と入れ替わった俺たちは、裏声を出してならず者に近寄る。
マリアベルに教えた時間は、ずらしてある。
…それにしても、スカートって動き難い。
こっそり持ち出したカナブンの山刀を、中に隠してるってのもあるけどさ。
「よし。金を渡しな」
「待って!! 妹を解放するのが先よ!」
リーズが震えた声で叫ぶ。なかなかの演技だ。
「いいだろう、ほら」
突き飛ばされ駆けてきたビオレッタは、俺たちを見て、驚いたように立ち止まった。
「だいじょうぶ? ビオレッタ!?」
小走りで近づくと、彼女はさらに目を大きくした。
「え、ええ…でも…」
(いいからだまって、後ろに隠れろ!)
ったく、気のきかないヤツだぜ…
女の子だし、しょうがないのか?
なんて思ってる隙に、曲者は拍車のついたブーツを鳴らして近寄ってきた。
「よし、金を頂くとしようか」
「は、はい」
リーズが現金の入った鞄を差し出した。
俺は密かに、底を切ったポケットから山刀をなぞる。
「ところでお嬢ちゃん方、
ブブカの娘にしては、かわいい顔をしているな?」
予想通りの展開だ。リーズの目を見て、軽く頷く。
「みんな、高く売れそうだ」
…今だ!
俺は愉しげにリーズの顎を持ち上げるヤツの背中に、思いっきり体当たりをかました!
同時にナイフを取り出し、無様に地面に転がった彼に突きつける。
「な…ガキ、何するんだ!!」
「それ以上近づいたら、…ただじゃおかない!」
「今のうちに逃げるんだ、ビオレッタ!!!」
リーズは口に手を当てる彼女の前に立ち、叫んだ。
「分かった!! パパを呼んでくるッ!!」
真っ青になってたビオレッタは、気丈に己を取り戻し、町へ駆け出す。
「おめーら…俺の計画を、
よくもぶっ潰してくれたじゃねえか!!
…許さねえ!!」
奴は切れた唇を拭うと、ナイフを抜いて立ち上がった。
そのまま、俺たちに突進してくる!
…だめだ、俺にはまだ、人を殺すかもしれない行為への決意ができてないッ!
その思いはリーズも同じだったらしく、俺たちは抜き身の刃を持ったまま、凍りついたように動くことが出来ない。
コマ送りで、脂ぎった顔が近づいてくる。
ものすごい衝撃と共に、俺たちは頭から地面に突き倒された。
「舐めたマネしてくれたじやまねえか、ガキッ!」
ぐるぐる回る世界の中、ヤツがナイフをかざす。
くそおっっ…!!
目を閉じた俺たちの耳に、聞きなれた声が響いた。
「キュベレイ!!」
同時に、ヤツの立っている地面が盛り上がる。
地面から突き出た巨大な金属柱が、ゆるりと瞳を開く。
「ひぇぇ…!」
そいつの全身から衝撃波が迸り、曲者をぶっとばすのを、俺は信じられない思いで見つめた。
尻を押さえた犯人が、よろよろ逃げていくのを呆然と見ていると、
「…間に合ったようじゃの」
金属柱の影から作業着姿のマリアベルが、ちょっと割れたゴーグルを外してあらわれた。
「マリアベル、これは…」
「アカとアオの機能をさらに巨大化・強力化した、
ゴーレム【キュベレイ(試作)】じゃ」
マリアベルはそれだけ言うと、短い命令を放った。
轟音と共に、キュベレイは再び地面に潜る。
「…ころにこりたら、
以後わらわを置いてきぼりにしないことじゃ」
「は、はい…」
俺たちはしょんぼり頭を下げた。
「でも、カッコよかったがな」
マリアベルはウィンクし、にっと笑う。
「ホントか?」
「…ホントだとも。
最後に犯人を取り逃さなければ、もっとな」
「…マリアベル、気がついてたのか」
「いや、わらわもウッカリしたーッ、と思ったところでな…」
そこに、何人かの足音が響く。
ビオレッタとブブカが、保安官を連れてきたのだ。
犯人を取り逃がしたことを告げると、ブブカと保安官は残念そうな表情を浮かべたが、
「危険を顧みず、娘を助けてくれたそうだな」
ブブカは俺たちの手を取り、ありがとう、と繰り返す。
汗ばんだ手に心配の度合いが見え、俺は苦笑しながら後ろを振り向いた。
ビオレッタがマリアベルの前に立っていた。
「ごめんなさい、その…いろんなこと」
「構わぬ。わらわも大人げなかったからの」
マリアベルはやわらかな笑みを浮かべた。
「今度は我が城に、3人で遊びに来い」
待っておるでな、と告げ、彼女はすばやく姿を消した。
目をこすりながら、日差しの中に飛び降りる。
リーズのバイオリンコンクールを応援するために、俺たちは首都に馬車ではるばるやってきたのだが…
「わらわも体内時計が狂いまくりじゃ……」
着ぐるみのマリアベルも、馬車からヨロヨロまろび出る。
「ふたりとも、大丈夫かい?」
鹿みたいな瞳が、心配そうに見開かれる。
「あー、大丈夫。ダイジョウブじゃ…」
マリアベルは手をヒラヒラさせて答えた。
「夜更かしし過ぎだよ、まったく。
頼むから、僕の出番の時に寝てたりしないでよ!」
「大丈夫というとろうが…」
馬車に轢かれそうになりながら言っても、説得力ないぜマリアベル。
「それにしてもうるさい街だよね。
いつになってもかわんないな」
彼女の背中を支えながら、リーズは顔をしかめた。
「俺的には、ちょっと違うんだけどな」
俺は、この中で母さんが暮らしてるんだと思うと、なんだか胸が痛くなる。
母さんが、俺たち家族を捨ててまで、ここで暮らしたくなった気持ちが知りたくなる。
「そう? こんなとこ、何もいいとこないよ。
僕はクアトリーの方が好きだな」
「…そうかもな。お、あれが会場だな?」
「よーし、じゃ、行こう!」
顔を輝かせるリーズに、ちょっとだけ苦笑する。
肩をすくめ、奴を追おうとした拍子に、マリアベルの視線に気がつく。
「なんだよ、マリアベル?」
「いつもはおぬしよりリーズの方が大人びておるのに、さっきはそれが、逆転しておったな」
成長期の人間はこれだから楽しい、と彼女は続けた。
着ぐるみ越しの表情が予想できた俺は、なんとも答えようのない気分になり、足を早めた。
手続きを終え、着替えたリーズとマリアベルに、控室の席を取っておいた俺は立ち上がって合図する。
…あれ? あそこにいるのは…
「ビオレッタ!」
青いシフォンに包まれた肩が振り返った。
「リーズ!? コンクールに来たの?
あなた風情が優勝できるレベルじゃないわよ?」
「…ねえ、やっぱり怒ってるよね、ゴメン」
「心にもないこと、言わないでッ!!
あなたもあたしのこと、バカにしてるんでしょッ!?」
「そ、そんなことないよ」
「嘘!
…リボンのこととか、よく覚えてないけど、初雪の日のこととか…」
「それは…ちがうよ」
口ごもるリーズを、彼女は耳まで赤くして睨みつけた。
「もう、いいわよ! あんたなんて、大嫌いッ!」
ため息が形になって浮かんでるような雰囲気の中、マリアベルが口を開いた。
「…そろそろ、出番じゃな」
「うん…あれ?」
バイオリンを手に立ち上がったリーズは、眉をひそめた。
「どうしたんじゃ?」
「課題曲の封筒が、なくなってるんだ」
リーズは顔色を変え、マリアベルを見上げた。
「ちゃんと探したか?」
「…確かにバイオリンの横に置いておいたんだ」
…俺たちは、顔を見合わせた。
「ビオレッタだ! アイツ、リーズの楽譜をッ!」
「そうかッ!!
わらわがついておりながら、何という不覚ッ…
リーズ、わらわとジャックは楽譜を取り戻してくる。
おぬしはここに居るのじゃッ」
リーズは泣きそうな顔で、うなずいた。
「ちくしょう! あいつ、どこにいるんだ」
ビオレッタは会場のどこにも見当たらない。
「次の演奏者は、リーズ・ファーリンくん……」
アナウンスに、唇をかむ。時間がナイッ!
「くっ…どうする、ジャック!」
「俺だって聞きたいよッ!!」
その時、後ろから場違いなのんきな声がかけられた。
「ジャックじゃない! 久しぶりねぇ〜」
「アナスタシアさん!?」
海の泡みたいな白レースのドレスの彼女が、バイオリンと楽譜片手に立っている。
それを見た瞬間、俺の頭に電流が走ったッ!!
「……! そうだ、これでいこう!!
マリアベル、アナスタシアさん、協力してくれッ」
話を聞いたマリアベルは顔をしかめる。
「…派手なパフォーマンス過ぎやせんか」
「マリアベル好みじゃない? それで行きましょ」
アナスタシアさんは指を立て、笑った。
「しょうがない、時間もないことじゃしな」
「じゃあ、行くぜ!」
ダッシュで控え室を出て、客席最後列に向かう。
辿り着いた場所で、適当なスペースを確保し、楽譜を取り出す。
設計図を思い出し、必死で紙を折る。
「ライトがついたぞジャック!」
リーズが屠られる子羊のような顔で出てくるのが、目のはしで見えた。
「マリアベルッ、アナスタシアさん、飛ばして!」
「任せておけッ!!」「了解ッ!」
ふたりは楽譜の紙飛行機を舞台に次々と投げていく!
白い紙飛行機は、はらはら舞い上がり、急降下する。
リーズははっとしたように、それを拾い、広げる。
観客は予想もしていなかった光景に、声も出ない。
水を打ったように静かになった会場で、楽譜をすべて広げ終わり、しわを伸ばすと、リーズはバイオリンを構えた。
ホールに緊張が走る。
一拍おいて、端正な音色が弦からあふれ出た。
…俺はほっと、近くの座席に倒れ込んだ。
「ごめんな、俺のせいで優勝できなかったのかも」
車輪を鳴らす馬車の中、俺は謝った。
「ううん。賞なんかより、みんなが僕のために、
一生懸命やってくれたことがうれしかった。
ホント、感謝してるよ」
特別賞のトロフィーをなでていたリーズは、傍らで寝息をたてるマリアベルを見やって微笑む。
「でもさ…」
「いいってば。
帰ったらアップルパイ焼いて、紅茶入れてお祝いしよう」
「そうだな。アナスタシアさんにもパイ、送ろうぜ」
パイの味を思い出して鼻の下を伸ばした俺に、リーズはにっこり笑ってうなずいた。
「なんじゃと? あの娘が、誘拐されたとなッ!」
マリアベルの大声が、静かな城内にキンッと響いた。
「しかも知らなかったとはいえ、
犯人をブブカの家に連れてったのは、
僕たちだったんだ…」
「この町で誘拐なんて起きると思わなかったんだよ…」
いつもの部屋で俺とリーズはため息を吐く。
「…責任重大だよな」
「それに、クラスメイトだし。
なんとか助けてあげたいんだ」
俺たちの顔を、マリアベルは面白そうに見回した。
「…コンクールの件は、もういいのか?」
「そんなのは、関係ないよ!」
気色ばんだリーズは、すぐに顔を赤く染める。
「そんなこと、いちいち根に持ちたくないんだ」
「でさ、マリアベル。
曲者はビオレッタの姉ちゃんに、身代金持たせようとしてるんだ」
「それは、デンジャラスな匂いがするのう…」
「だろ!? だから、何とかしたいんだ」
「ふむ…」
右手を頬にあててたマリアベルは、顔をあげた。
悪戯っぽい光が、両目に宿っている。
「のう。わらわがビオレッタの姉のふりをして、
約束の場所に行くというのはどうじゃ。
そこでアカとアオを使って、
犯人をとっつかまえるという寸法じゃ」
「そんな危険なこと、アンタにさせられねーぜ!」
「僕もそう思う…マリアベル、考え直してよ」
「大丈夫じゃって。わらわの力を信じろ」
「マリアベルのパワーは、そりゃあ知ってるけど。
でも、万が一ってこともあるだろ?」
「あーもう、おぬしらしつこいぞッ!!」
マリアベルは、大きな音を立ててテーブルを叩いた。
「わらわがいいと言ったらいいのだ!」
無言で家路につく俺たちの影を、月が長く伸ばす。
「ねえ」「なあ」
同時に言う、バッチリ気の合う俺たちであった。
「…やっぱり、お前もそう思うか?」
「あったり前だよ。
マリアベルの計画じゃ、僕たちカッコ悪すぎだ」
「やっぱ、そうだよな!?…よぉ〜し!」
そばの切り株にどっかと腰を下ろす。
「っと、相手はこっちをコドモと見くびるだろうから…」
半月が見おろす中、俺とリーズの会議は続いた。
「ええと…身代金を、持ってきました」
作戦通り、ビオレッタの姉と入れ替わった俺たちは、裏声を出してならず者に近寄る。
マリアベルに教えた時間は、ずらしてある。
…それにしても、スカートって動き難い。
こっそり持ち出したカナブンの山刀を、中に隠してるってのもあるけどさ。
「よし。金を渡しな」
「待って!! 妹を解放するのが先よ!」
リーズが震えた声で叫ぶ。なかなかの演技だ。
「いいだろう、ほら」
突き飛ばされ駆けてきたビオレッタは、俺たちを見て、驚いたように立ち止まった。
「だいじょうぶ? ビオレッタ!?」
小走りで近づくと、彼女はさらに目を大きくした。
「え、ええ…でも…」
(いいからだまって、後ろに隠れろ!)
ったく、気のきかないヤツだぜ…
女の子だし、しょうがないのか?
なんて思ってる隙に、曲者は拍車のついたブーツを鳴らして近寄ってきた。
「よし、金を頂くとしようか」
「は、はい」
リーズが現金の入った鞄を差し出した。
俺は密かに、底を切ったポケットから山刀をなぞる。
「ところでお嬢ちゃん方、
ブブカの娘にしては、かわいい顔をしているな?」
予想通りの展開だ。リーズの目を見て、軽く頷く。
「みんな、高く売れそうだ」
…今だ!
俺は愉しげにリーズの顎を持ち上げるヤツの背中に、思いっきり体当たりをかました!
同時にナイフを取り出し、無様に地面に転がった彼に突きつける。
「な…ガキ、何するんだ!!」
「それ以上近づいたら、…ただじゃおかない!」
「今のうちに逃げるんだ、ビオレッタ!!!」
リーズは口に手を当てる彼女の前に立ち、叫んだ。
「分かった!! パパを呼んでくるッ!!」
真っ青になってたビオレッタは、気丈に己を取り戻し、町へ駆け出す。
「おめーら…俺の計画を、
よくもぶっ潰してくれたじゃねえか!!
…許さねえ!!」
奴は切れた唇を拭うと、ナイフを抜いて立ち上がった。
そのまま、俺たちに突進してくる!
…だめだ、俺にはまだ、人を殺すかもしれない行為への決意ができてないッ!
その思いはリーズも同じだったらしく、俺たちは抜き身の刃を持ったまま、凍りついたように動くことが出来ない。
コマ送りで、脂ぎった顔が近づいてくる。
ものすごい衝撃と共に、俺たちは頭から地面に突き倒された。
「舐めたマネしてくれたじやまねえか、ガキッ!」
ぐるぐる回る世界の中、ヤツがナイフをかざす。
くそおっっ…!!
目を閉じた俺たちの耳に、聞きなれた声が響いた。
「キュベレイ!!」
同時に、ヤツの立っている地面が盛り上がる。
地面から突き出た巨大な金属柱が、ゆるりと瞳を開く。
「ひぇぇ…!」
そいつの全身から衝撃波が迸り、曲者をぶっとばすのを、俺は信じられない思いで見つめた。
尻を押さえた犯人が、よろよろ逃げていくのを呆然と見ていると、
「…間に合ったようじゃの」
金属柱の影から作業着姿のマリアベルが、ちょっと割れたゴーグルを外してあらわれた。
「マリアベル、これは…」
「アカとアオの機能をさらに巨大化・強力化した、
ゴーレム【キュベレイ(試作)】じゃ」
マリアベルはそれだけ言うと、短い命令を放った。
轟音と共に、キュベレイは再び地面に潜る。
「…ころにこりたら、
以後わらわを置いてきぼりにしないことじゃ」
「は、はい…」
俺たちはしょんぼり頭を下げた。
「でも、カッコよかったがな」
マリアベルはウィンクし、にっと笑う。
「ホントか?」
「…ホントだとも。
最後に犯人を取り逃さなければ、もっとな」
「…マリアベル、気がついてたのか」
「いや、わらわもウッカリしたーッ、と思ったところでな…」
そこに、何人かの足音が響く。
ビオレッタとブブカが、保安官を連れてきたのだ。
犯人を取り逃がしたことを告げると、ブブカと保安官は残念そうな表情を浮かべたが、
「危険を顧みず、娘を助けてくれたそうだな」
ブブカは俺たちの手を取り、ありがとう、と繰り返す。
汗ばんだ手に心配の度合いが見え、俺は苦笑しながら後ろを振り向いた。
ビオレッタがマリアベルの前に立っていた。
「ごめんなさい、その…いろんなこと」
「構わぬ。わらわも大人げなかったからの」
マリアベルはやわらかな笑みを浮かべた。
「今度は我が城に、3人で遊びに来い」
待っておるでな、と告げ、彼女はすばやく姿を消した。