空色の冒険
「見てみろよ、すごいぜ」
隣のリーズに声をかけ、教室のきしる窓を開けた。
黒い雲から、白い雪がきりもなく舞い落ちてくる。
「つもるかな?」
「今朝のラジオだと、そう言ってたぜ」
「そっか、うれしいね」
俺たちは顔を見合わせて、ニヤリと笑った。
おれたちはマリアベルと、
「雪がつもったらスノーモービルで遊ぼう」
という約束を交わしているのだ。
今年はいつもの年より初雪が遅れただけあって、なかなかチャンスはなかったけど、どうやら今日は大丈夫みたいだ。
俺とリーズはにやにやしながら、窓を閉めた。
こんなに長く感じられた授業は初めてだった。
終業式の鐘と同時に、教科書をまとめて準備する。
そんな俺たちの机の横に、頬を赤くしたビオレッタがやってきた。
「ね、今日、あたしのうちでチェッカーしない?
雪のせいで、お外で遊べないし…
こないだの、リボンのことも謝りたいし」
彼女はリーズから微妙に視線をずらし、緩くカーブした金色の髪の先を弄りながら、言った。
…ちょっと良心がうずくよな。
だがリーズは、のんびりとした口調で返事をする。
「うれしいけど、今日は先約があるんだ。ゴメンね」
「……ふーん、そうなんだ…」
ビオレッタは女王様のプライドを傷つけられて、自分の席へと帰った。
取り巻きたちに当たっている彼女を見て、俺は心の中で肩をすくめる。
「なあリーズ。
お前、もうちょっと優しくしてやれよ」
「え? 何のこと?」
雪自体が珍しいんだろう、新雪に足跡をつける行為に夢中のリーズは、イノセントな笑顔で振り向いた。
「いや、わかんないならいいんだけどさ」
気を抜かれて、俺は再び空を仰いだ。
……これくらい雲が厚ければ、マリアベルのお肌も少々の厚着で大丈夫かな。
……ん?
何かが心に引っかかった。
足を止め、辺りを見回す。
「どうしたの、ジャック?」
「いや、なんか……誰かの視線を感じてさ」
「誰かの視線?
でもおじさんは今日、家でかご作るっていってたよ」
「そうか…こんな日に山に来るなんて奴、
カナブン以外にはいないもんなぁ……」
ま、俺の気のせいだろう。
「待っておったぞ」
城の扉を開き、いつもたむろってる図書館の続き部屋に行くと、珍しくズボンをはいたマリアベルが迎えてくれた。
「まずはあったかいものでも飲むか?」
俺たちは目を見交わし、そろって返事した。
「もちろん、早く滑りに行くのさ!」
「よぉぉし。そう来ると思ったぞ。
では、いざゆかん、雪の大海じゃ!!」
「俺の運動神経を、見せてやるぜ!!」
「フフフ。わらわの経験に勝てるかな?」
「僕だって負けないからね!」
口々に言いながら、軽い足取りでガレージに向かう。
「ん?」
唐突にマリアベルは黙り込んだ。
「うっ……!!」
彼女の視線を追った俺たちは、思わず声を立てた。
ガレージの前にいる、震える影……
それは、……唇を紫にしたビオレッタだったんだ!
何度も転んだのだろう、自慢のブロンドは雪まみれだし、服は土混じりの雪に汚れて濡れている。
爛々と輝く碧い瞳と相まって、それは凄まじい迫力を生み出していた。
「見たこともないモンスターに襲われた時も、
リーズの家でちらっと会った時も、
おかしいと思ってたのよ……」
凍りつく俺たちに、彼女はギリッと歯をきしらせ、
「リーズたちを離しなさい!この化け物!!」
「ビオレッタ!」
彼女を制するリーズの声も聞こえないかのように、ビオレッタはマリアベルに近づいた。
「すごい歯……それに、息が白くない……
やっぱり、人間じゃないのね。
ふたりをたぶらかして、どうしようっていうの?」
ビオレッタは、何も言わないマリアベルの肩を両手で掴もうとする。
マリアベルは音もなく、その動きを躱した。
「そう、わらわはお前たちとは違う」
だから、と言う彼女の瞳が、赤さを増していく。
長い金の髪が、重力に反してふわりと浮かび上がる。
マリアベルを止めろと、頭のどこかがなりたてている。
だが俺の足は、少しも動かない。
「だから……」
マリアベルの白い手が、ビオレッタの額に向けて差し伸べられた。
目を見開き、硬直するビオレッタに、マリアベルは短い異類の言葉を発した。
閃光とともに、ビオレッタの体が地面に崩れ落ちた。
マリアベルは彼女の体を抱き上げ、色のない表情で俺たちに向き直る。
ガチガチと歯が鳴ってるのが、他人のものみたいに聞こえる。
喉の奥で、高い音が鳴った。
ああ、昔おばあちゃんが、卵産まなくなった鶏をつぶした時、鶏はこんな声を出していた。
頭のどこかが冷静なのは分かるが、俺は魅入られたように、彼女から目を離すことができない。
突っ立っている俺たちへと、マリアベルはビオレッタを抱えたまま、音もなく近寄ってくる。
俺とリーズは、無意識に一歩、後ずさった。
それを認めた彼女の顔が、くしゃっと歪んだ。
「もう、帰れ…二度とここに来るな……ッ」
「マリアベル、ゴメン、違うんだ!!!」
だが、マリアベルはくるりと背を向け城へと入る。
アカとアオが、俺らに困ったような視線を向け、そして彼女の後を追った。
「マリアベル……ッ!」
叫ぶ俺とリーズの鼻先で、ノーブルレッド城の扉は轟音をたてて閉じられた。
みぞれの音が、屋根にうるさい夕暮れだ。
「書けた?」
伸びた襟足を触りながら、水色のエプロンをつけたリーズが覗き込んでくる。
「……わあ、よせよ!」
俺はがばっとテーブルに伏せて、リーズの視線から手紙をかばう。
「見えなかったよ。
それにしても君の飛行機、
手紙くくりつけてもちゃんと城壁飛び越えられるの?」
「ひどいぜ。
プレインの専門家たるジャック様を、もっと信頼してくれよな」
「信頼っていってもさ……。
シンプルに城門の柵の隙間から、メッセージつき紙飛行機飛ばしたら?」
「……そういう手も、あったか」
考え込んでると、リンゴとバターとシナモンが焦げる、いい匂いが漂ってきた。
「ザラメ糖、たっぷりかけてくれた?」
「それはジャックの好みじゃん」
リーズは冷たく言うと、生クリームを泡立て始めた。
「生クリーム乗せかあ。うまいよな」
よだれ垂らして言う俺を、リーズは呆れた顔で見る。
「ねえ、マリアベルに誠意を見せるんだろ?」
そう。
あれから会ってくれなくなったマリアベルに謝るために、俺たちは知恵を絞り、リーズはアップルパイを焼いて懐柔、俺はプレインに反省文を綴って飛ばす、という作戦を立てたんだ。
「自分がされて嬉しいことを、他人にしなさい」って先生の言葉をヒントにしたんだけど、
……マリアベルがどう思ってくれるかは、正直、予想つかない。
でもそんな風に思うのも、俺とアンタは違うモノ、って言ってるみたいでいやなんだよね。
「それにしてもさ、お前んちって居心地いいよな」
俺は方眼紙に、長距離飛行可能な紙飛行機の設計計算をはじめながら言った。
「そう?」
「いい匂いする。雪の寒さも伝わってこないし」
「そうだね。濡れたヒノキの匂い、僕も好きだよ」
オーブンを覗き込んでたリーズが笑う。
その時、扉にものすごい音が響いた。
「な、ななな、なんだ?」
驚いて見守る俺らの前で扉が開く。
そこには、頭を押さえた小屋の主、カナブンが立っていた。
「イタタ……みぞれに足、取られちまった」
水を滴らせる毛皮の外套を玄関口で払い、カナブンは猛獣みたいにうめく。
「転んだの? 大丈夫、おじさん?」
タオルを持って駆け寄るリーズの頭を叩き、カナブンは豪快に笑った。
「大丈夫だ。戸の方は割れたかもしれんがな」
「ところでリーズ。なんだかイイ匂いがするな?」
カナブンは鼻をヒクヒクさせ、ニヤッと笑った。
「駄目だよ。あれは、人に持ってくものなんだから」
「ブブカんちのお嬢ちゃんに、か?」
カナブンの言葉に、俺たちは困って目を伏せた。
あれから俺たちとビオレッタは、かなりの冷戦状態になっちまったんだ。
ノーブルレッド城の記憶は消されてたみたいだけど、でも、確かに俺たち、彼女に嫌われてもしょうがないだけのことはしたよな。
「どうした、そんな顔して。違うのか?」
「……うん。おじさんの知らない人。
それよりおじさん、今日は早かったね?」
「ああ。
今朝のみぞれで、夕べ降り積もった雪が溶け出して、
大雪崩が起きるかもしれないからな。
巻き込まれないうちに帰ってきたんだ」
「マジですか? …この家は大丈夫?」
「ハハハ、ジャックは心配性だなあ。
雪崩ってのは、もっともっと山奥で起きるもんなんだ。
ここなら周りの森が雪を食い止めてくれるさ」
俺とリーズは顔を見合わせた。
「ねえ、大雪崩が起きたらさ、
すっごく大きいお城なんかでも危ないかな」
「そうさなぁ。雪崩の力はすごいからなぁ。
さしわたし300トールの幅の雪魂が、
2ケイトールに渡って滑落した事あるらしいからな。
…そういうデカブツが落ちてきたら、
まあどんな建物でも危ないわな」
カナブンは棚からシェリーを取り出しながら言う。
「えっ、じゃあ……」
「あんだけ凄い技術があるから、とは思うけど……」
「もし、もしも……」
俺たちは意を決し、カナブンの小屋を飛び出した。
「おいお前ら!! なんなんだーっ!!」
酒瓶片手に窓から顔を出すカナブンに、リーズはエプロンを翻して答えた。
「ごめん、おじさん! すぐ帰ってくるから!!」
みぞれで濡れた山道を駆け、滑りそうになりながら転送装置から城にたどり着く。
幸運にも鍵が開いていた扉から、俺たちは城内に侵入した。
「マリアベル〜!!」「どこーっ!?」
俺とリーズの声が、石造りの壁に不気味に響く。
「……わあっ!!」
「ジャック!? リーズ!?」
そこには、おでこを押さえたマリアベルが、目をぱちくりさせて尻もちをついていた。
はしごを持ったアカとアオが、彼女の横でホバリングしている。
「……こんな危険な日に、何で来たのじゃ!!」
長い髪を逆立てて怒るマリアベルに、
「…大雪崩が来るかも、てカナブンが言ってたから」
「もしかして、知らなかったら、って思って…」
「何千年と生きるノーブルレッドにとって、
雪崩を止めるバリアなぞは、当然の装備じゃ!」
「そ、そうだよな…
悪かったよ、マリアベル…」
「大きなお世話だったよね、ごめんね…」
小さくなる俺たちを、彼女は怒りに赤く染まった顔で睨む。
「わらわが怒りたいのはじゃな……
おぬしらが、雪崩に巻き込まれるかもしれんのに、
こんなかところにまで来たことじゃ!!」
烈火のごとく光る彼女の瞳に見据えられ、俺たちはさらにさらに小さくなった。
「だって…心配だったんだ…」
「うん…
もし、マリアベルがいなくなっちゃったら、
って思ったら怖くて……」
「…バカちん……ッ」
マリアベルは小さな声で言った。
「おぬしらは、バカちんじゃッ!!
おまけにオタンコナスじゃ!!
そんでもって、まったく、
救いようがない、あんぽんたんじゃッ!」
セリフとは裏腹に、マリアベルは顔を赤くしてそっぽを向いた。
そのまま、小さな声で続ける。
「じゃから……わらわが導いてやらんと、
どうしようもないんじゃな……ッ!!」
「マリアベル!」
俺とリーズは顔を見合わせ、同時に彼女に抱きついていった。
隣のリーズに声をかけ、教室のきしる窓を開けた。
黒い雲から、白い雪がきりもなく舞い落ちてくる。
「つもるかな?」
「今朝のラジオだと、そう言ってたぜ」
「そっか、うれしいね」
俺たちは顔を見合わせて、ニヤリと笑った。
おれたちはマリアベルと、
「雪がつもったらスノーモービルで遊ぼう」
という約束を交わしているのだ。
今年はいつもの年より初雪が遅れただけあって、なかなかチャンスはなかったけど、どうやら今日は大丈夫みたいだ。
俺とリーズはにやにやしながら、窓を閉めた。
こんなに長く感じられた授業は初めてだった。
終業式の鐘と同時に、教科書をまとめて準備する。
そんな俺たちの机の横に、頬を赤くしたビオレッタがやってきた。
「ね、今日、あたしのうちでチェッカーしない?
雪のせいで、お外で遊べないし…
こないだの、リボンのことも謝りたいし」
彼女はリーズから微妙に視線をずらし、緩くカーブした金色の髪の先を弄りながら、言った。
…ちょっと良心がうずくよな。
だがリーズは、のんびりとした口調で返事をする。
「うれしいけど、今日は先約があるんだ。ゴメンね」
「……ふーん、そうなんだ…」
ビオレッタは女王様のプライドを傷つけられて、自分の席へと帰った。
取り巻きたちに当たっている彼女を見て、俺は心の中で肩をすくめる。
「なあリーズ。
お前、もうちょっと優しくしてやれよ」
「え? 何のこと?」
雪自体が珍しいんだろう、新雪に足跡をつける行為に夢中のリーズは、イノセントな笑顔で振り向いた。
「いや、わかんないならいいんだけどさ」
気を抜かれて、俺は再び空を仰いだ。
……これくらい雲が厚ければ、マリアベルのお肌も少々の厚着で大丈夫かな。
……ん?
何かが心に引っかかった。
足を止め、辺りを見回す。
「どうしたの、ジャック?」
「いや、なんか……誰かの視線を感じてさ」
「誰かの視線?
でもおじさんは今日、家でかご作るっていってたよ」
「そうか…こんな日に山に来るなんて奴、
カナブン以外にはいないもんなぁ……」
ま、俺の気のせいだろう。
「待っておったぞ」
城の扉を開き、いつもたむろってる図書館の続き部屋に行くと、珍しくズボンをはいたマリアベルが迎えてくれた。
「まずはあったかいものでも飲むか?」
俺たちは目を見交わし、そろって返事した。
「もちろん、早く滑りに行くのさ!」
「よぉぉし。そう来ると思ったぞ。
では、いざゆかん、雪の大海じゃ!!」
「俺の運動神経を、見せてやるぜ!!」
「フフフ。わらわの経験に勝てるかな?」
「僕だって負けないからね!」
口々に言いながら、軽い足取りでガレージに向かう。
「ん?」
唐突にマリアベルは黙り込んだ。
「うっ……!!」
彼女の視線を追った俺たちは、思わず声を立てた。
ガレージの前にいる、震える影……
それは、……唇を紫にしたビオレッタだったんだ!
何度も転んだのだろう、自慢のブロンドは雪まみれだし、服は土混じりの雪に汚れて濡れている。
爛々と輝く碧い瞳と相まって、それは凄まじい迫力を生み出していた。
「見たこともないモンスターに襲われた時も、
リーズの家でちらっと会った時も、
おかしいと思ってたのよ……」
凍りつく俺たちに、彼女はギリッと歯をきしらせ、
「リーズたちを離しなさい!この化け物!!」
「ビオレッタ!」
彼女を制するリーズの声も聞こえないかのように、ビオレッタはマリアベルに近づいた。
「すごい歯……それに、息が白くない……
やっぱり、人間じゃないのね。
ふたりをたぶらかして、どうしようっていうの?」
ビオレッタは、何も言わないマリアベルの肩を両手で掴もうとする。
マリアベルは音もなく、その動きを躱した。
「そう、わらわはお前たちとは違う」
だから、と言う彼女の瞳が、赤さを増していく。
長い金の髪が、重力に反してふわりと浮かび上がる。
マリアベルを止めろと、頭のどこかがなりたてている。
だが俺の足は、少しも動かない。
「だから……」
マリアベルの白い手が、ビオレッタの額に向けて差し伸べられた。
目を見開き、硬直するビオレッタに、マリアベルは短い異類の言葉を発した。
閃光とともに、ビオレッタの体が地面に崩れ落ちた。
マリアベルは彼女の体を抱き上げ、色のない表情で俺たちに向き直る。
ガチガチと歯が鳴ってるのが、他人のものみたいに聞こえる。
喉の奥で、高い音が鳴った。
ああ、昔おばあちゃんが、卵産まなくなった鶏をつぶした時、鶏はこんな声を出していた。
頭のどこかが冷静なのは分かるが、俺は魅入られたように、彼女から目を離すことができない。
突っ立っている俺たちへと、マリアベルはビオレッタを抱えたまま、音もなく近寄ってくる。
俺とリーズは、無意識に一歩、後ずさった。
それを認めた彼女の顔が、くしゃっと歪んだ。
「もう、帰れ…二度とここに来るな……ッ」
「マリアベル、ゴメン、違うんだ!!!」
だが、マリアベルはくるりと背を向け城へと入る。
アカとアオが、俺らに困ったような視線を向け、そして彼女の後を追った。
「マリアベル……ッ!」
叫ぶ俺とリーズの鼻先で、ノーブルレッド城の扉は轟音をたてて閉じられた。
みぞれの音が、屋根にうるさい夕暮れだ。
「書けた?」
伸びた襟足を触りながら、水色のエプロンをつけたリーズが覗き込んでくる。
「……わあ、よせよ!」
俺はがばっとテーブルに伏せて、リーズの視線から手紙をかばう。
「見えなかったよ。
それにしても君の飛行機、
手紙くくりつけてもちゃんと城壁飛び越えられるの?」
「ひどいぜ。
プレインの専門家たるジャック様を、もっと信頼してくれよな」
「信頼っていってもさ……。
シンプルに城門の柵の隙間から、メッセージつき紙飛行機飛ばしたら?」
「……そういう手も、あったか」
考え込んでると、リンゴとバターとシナモンが焦げる、いい匂いが漂ってきた。
「ザラメ糖、たっぷりかけてくれた?」
「それはジャックの好みじゃん」
リーズは冷たく言うと、生クリームを泡立て始めた。
「生クリーム乗せかあ。うまいよな」
よだれ垂らして言う俺を、リーズは呆れた顔で見る。
「ねえ、マリアベルに誠意を見せるんだろ?」
そう。
あれから会ってくれなくなったマリアベルに謝るために、俺たちは知恵を絞り、リーズはアップルパイを焼いて懐柔、俺はプレインに反省文を綴って飛ばす、という作戦を立てたんだ。
「自分がされて嬉しいことを、他人にしなさい」って先生の言葉をヒントにしたんだけど、
……マリアベルがどう思ってくれるかは、正直、予想つかない。
でもそんな風に思うのも、俺とアンタは違うモノ、って言ってるみたいでいやなんだよね。
「それにしてもさ、お前んちって居心地いいよな」
俺は方眼紙に、長距離飛行可能な紙飛行機の設計計算をはじめながら言った。
「そう?」
「いい匂いする。雪の寒さも伝わってこないし」
「そうだね。濡れたヒノキの匂い、僕も好きだよ」
オーブンを覗き込んでたリーズが笑う。
その時、扉にものすごい音が響いた。
「な、ななな、なんだ?」
驚いて見守る俺らの前で扉が開く。
そこには、頭を押さえた小屋の主、カナブンが立っていた。
「イタタ……みぞれに足、取られちまった」
水を滴らせる毛皮の外套を玄関口で払い、カナブンは猛獣みたいにうめく。
「転んだの? 大丈夫、おじさん?」
タオルを持って駆け寄るリーズの頭を叩き、カナブンは豪快に笑った。
「大丈夫だ。戸の方は割れたかもしれんがな」
「ところでリーズ。なんだかイイ匂いがするな?」
カナブンは鼻をヒクヒクさせ、ニヤッと笑った。
「駄目だよ。あれは、人に持ってくものなんだから」
「ブブカんちのお嬢ちゃんに、か?」
カナブンの言葉に、俺たちは困って目を伏せた。
あれから俺たちとビオレッタは、かなりの冷戦状態になっちまったんだ。
ノーブルレッド城の記憶は消されてたみたいだけど、でも、確かに俺たち、彼女に嫌われてもしょうがないだけのことはしたよな。
「どうした、そんな顔して。違うのか?」
「……うん。おじさんの知らない人。
それよりおじさん、今日は早かったね?」
「ああ。
今朝のみぞれで、夕べ降り積もった雪が溶け出して、
大雪崩が起きるかもしれないからな。
巻き込まれないうちに帰ってきたんだ」
「マジですか? …この家は大丈夫?」
「ハハハ、ジャックは心配性だなあ。
雪崩ってのは、もっともっと山奥で起きるもんなんだ。
ここなら周りの森が雪を食い止めてくれるさ」
俺とリーズは顔を見合わせた。
「ねえ、大雪崩が起きたらさ、
すっごく大きいお城なんかでも危ないかな」
「そうさなぁ。雪崩の力はすごいからなぁ。
さしわたし300トールの幅の雪魂が、
2ケイトールに渡って滑落した事あるらしいからな。
…そういうデカブツが落ちてきたら、
まあどんな建物でも危ないわな」
カナブンは棚からシェリーを取り出しながら言う。
「えっ、じゃあ……」
「あんだけ凄い技術があるから、とは思うけど……」
「もし、もしも……」
俺たちは意を決し、カナブンの小屋を飛び出した。
「おいお前ら!! なんなんだーっ!!」
酒瓶片手に窓から顔を出すカナブンに、リーズはエプロンを翻して答えた。
「ごめん、おじさん! すぐ帰ってくるから!!」
みぞれで濡れた山道を駆け、滑りそうになりながら転送装置から城にたどり着く。
幸運にも鍵が開いていた扉から、俺たちは城内に侵入した。
「マリアベル〜!!」「どこーっ!?」
俺とリーズの声が、石造りの壁に不気味に響く。
「……わあっ!!」
「ジャック!? リーズ!?」
そこには、おでこを押さえたマリアベルが、目をぱちくりさせて尻もちをついていた。
はしごを持ったアカとアオが、彼女の横でホバリングしている。
「……こんな危険な日に、何で来たのじゃ!!」
長い髪を逆立てて怒るマリアベルに、
「…大雪崩が来るかも、てカナブンが言ってたから」
「もしかして、知らなかったら、って思って…」
「何千年と生きるノーブルレッドにとって、
雪崩を止めるバリアなぞは、当然の装備じゃ!」
「そ、そうだよな…
悪かったよ、マリアベル…」
「大きなお世話だったよね、ごめんね…」
小さくなる俺たちを、彼女は怒りに赤く染まった顔で睨む。
「わらわが怒りたいのはじゃな……
おぬしらが、雪崩に巻き込まれるかもしれんのに、
こんなかところにまで来たことじゃ!!」
烈火のごとく光る彼女の瞳に見据えられ、俺たちはさらにさらに小さくなった。
「だって…心配だったんだ…」
「うん…
もし、マリアベルがいなくなっちゃったら、
って思ったら怖くて……」
「…バカちん……ッ」
マリアベルは小さな声で言った。
「おぬしらは、バカちんじゃッ!!
おまけにオタンコナスじゃ!!
そんでもって、まったく、
救いようがない、あんぽんたんじゃッ!」
セリフとは裏腹に、マリアベルは顔を赤くしてそっぽを向いた。
そのまま、小さな声で続ける。
「じゃから……わらわが導いてやらんと、
どうしようもないんじゃな……ッ!!」
「マリアベル!」
俺とリーズは顔を見合わせ、同時に彼女に抱きついていった。