空色の冒険
「りんどうが咲きはじめるとさ、秋も深くなったって感じがするよね」
落ち葉を蹴りながら歩いていた俺は、リーズの声に振り返った。
「ああ。もうすぐ、雪が振りはじめるんだぜ」
「うんうん。11月ってさ、雪待ち月ともいうもんね」
「そうなのか〜。物知りだよな、お前」
「そんなことないよ。
僕、雪見たことないからさ。楽しみにしてるんだ。
で、
【雪待ち月】っていい言葉だなあって思ったから、
覚えてたってわけ」
「…俺は、雪降るとばあちゃんに、
屋根の雪かきさせられるからなあ。
楽しみってことはないけど」
「そっか。
雪国で暮らすって、そういう面倒もあるんだね」
リーズは笑って、肩をすくめた。
「……!!」
その瞬間、彼の笑みが凍りつく。
「ん? どうしたんだ?」
唇を慄かせるリーズの視線を追う。
「……!」
目をこらした俺は、息を呑んだ。
リーズの視線の先には、駅売りの新聞スタンドがあった。
その見出しには、
『美人有名ピアニスト カリナ・F、
スレイハイム交響楽団バイオリニストと熱愛発覚?』
なる単語が踊っていたんだ!
『アンタのお母さん、
ピアニストのカリナ・ファーリンにそっくりよね』
いつだったかの、ビオレッタの言葉が頭をよぎる。
まさか……
俺は遠慮しながら、リーズの顔を覗き見る。
うっ。
デッカイ目が潤んでるじゃねーか。
俺はいたたまれなくなって、口を開いた。
「駅の車両基地にさあ、除雪車見に行かねーか?」
……ミッション失敗。
同情っぽく聞こえないようにしようとしたら、やったらめったらぶっきらぼうな感じになっちまった。
横を向いて舌打ちする俺に、リーズは目を擦り、小さく笑う。
「除雪車……見たことないな」
「そっか、じゃあちょうどよかったな。
本当は動いてる時のがびっくりすると思うんだけどさ。
先っぽが尖ってて、雪をばぁあってかいていくんだ。
カッケーんだぜ」
なんかオーバーアクション気味になりつつ、
(不器用な男なのです)俺はリーズに説明した。
「…そうなんだ?
雪降るの、やっぱ楽しみ……って、あれ?」
笑顔が戻ったリーズは、再び足を止めた。
「ね、ジャック。あれさ、マリアベルじゃない?」
リーズはポケットに突っ込んでいた手を出し、駅のホームに立つ人影を指差した。
「へえっ? こんなとこに来るか?」
「だって、ほら」
「…本当だ」
あの怪しい着ぐるみは、見間違えようもない。
「どうしたの、マリアベル」
「おお、おぬしらか。
うむ、わらわの無線友達が、
この町の近所に別荘を持っておってな。
紅葉を見るついでに会おうと約束したのだ」
「ふぅん、女の子?」
何気なく聞くリーズに、マリアベルは平然と答えた。
「うむ、わらわと同じく女の子じゃ」
「お、『同じく』女の子…?」
「なんじゃ、文句あるのかジャック」
「い、いや…」
ないけど、と続けた声は、汽笛にかき消された。
ばらばらと降りてきた乗客の一人に、マリアベルは大きく手を振る。
「おーい、おぬし!! アナスタシアじゃな?」
アナスタシアと呼ばれた女性は、ゆっくり振り向いた。
さらさらの黒髪がふわりと揺れ、いい匂いが広がる。
(うわぁ……)
三つくらい年上の、キレイなお姉さんだ。
泣きボクロが、こう、胸をドキドキさせるぜ。
俺は高鳴る鼓動を必死で押さえた。
「ええ。あなたがマリアベル?」
本当に着ぐるみとは思わなかった、と続ける彼女に、マリアベルは苦笑する。
「うむ…そうそう、こ奴らはわらわの子分でな。
ジャックとリーズという」
…子分?とリーズは小声で言い、鼻に皺をよせた。
そんなリーズに構わず、マリアベルは続ける。
「今日はおぬしを是非とも案内したいと言っておる。
存分に使うがいい」
……随分ひどい言われようじゃございませんか?
でも…
薄手の白いコートをモードに着こなすステキな彼女に、初めまして、なんて微笑まれると……
マリアベルのぞんざいな言葉なんかは、脳からきれいさっぱり消えてしまった。
「あ…よ……よろしくお願いします」
「いやねえ、そんなに固くなられると、
お姉さん困っちゃうな」
アナスタシアさんは軽やかに笑った。
「こちらこそ、よろしくね」
「は、はい」
俺とリーズはコクコクとうなずき、お互いの頬が赤くなっているのに気がついて、決まりの悪い思いをした。
「どういう計画たててくれるかは、お任せするわ」
アナスタシアさんは面白そうに俺らを見下ろし、マリアベルと意味ありげに視線を交わした。
むむっ。なんか引っかかるけど……許してしまおう。
そういうわけで、俺とリーズは話し合い、
「この村自慢の架け橋を、
美しい渓流から見上げてピクニック、
ってのはいかがでしょう?」
っていう計画を立てた。
アナスタシアさんはにっこり笑い、俺たちの肩をぽんぽん、と叩く。
「うん、ステキな計画ね。行きましょ」
俺たちは駅を背にして、歩き出した。
「寒くないですか?」
天気がいいといえ、もう晩秋だ。
寒さに慣れてない都会の人には厳しいかもしれない。
「お姉さんのことならだいじょーぶだいじょーぶ。
お日さまがあっためてくれるもの」
敷き物の上に並べられたスコーンやサンドイッチ、アップルパイが香ばしい匂いを放つ。
「あら、おいしそう!!」
アナスタシアさんは本当にうれしそうに笑った。
「いっただきまーす!」
俺たちは声を合わせ、ごちそうに襲いかかった。
「それにしても……よく食べますねぇ」
「はっへ、ほひひんだもん」
アナスタシアさんは、卵のサンドイッチをほうばりながら答える。
「そう言っていただくと、うれしいです。
僕とおじさんが育ててる鶏の卵なんですよ、その中身」
「へえ〜、リーズくんちの産地直送なのね。
うん、ホントおいしいよ」
ちょこんと正座しているリーズに、アナスタシアさんはにこにこと笑いかけた。
つられて、リーズもうれしそうな笑顔を浮かべる。
リーズ、普段はもっと人見知りするタイプなのになぁ。
アナスタシアさん、なかなかの手だれのようだ。
「って、あれ?」
橋の横の道からバスケット持って、降りてくるのはブブカんちの姉妹じゃないか。
黄色い声を上げながら坂道を下っていたビオレッタは、楽しげに話しているリーズとアナスタシアさんを認め、青い瞳を見開いて黙りこむ。
(あーあ、見つかっちまったか……)
…嫌な予感がするぜ。
「どうしたの、ジャックくん?」
「ううん、何でもないです」
俺は焦って、かちんこちんにこわばった、変な笑顔を浮かべた。
「はぁ、美味しかった」
アナスタシアさんはお腹をさすりながら、マリアベルが持ってきたお菓子をかじる。
「よく入るのう……」
「フフッ、よく言うじゃない、甘いものは別腹って」
それにね……と彼女は続け、リーズの手を取った。
「ふたりとも、ご飯はたくさん食べなきゃ駄目よ。
特にリーズくん、こんなに細い手しちゃって」
「あっ……」
リーズは顔を赤くして、写真のように静止する。
それに構わず、アナスタシアさんはリーズの細い指をなぞる。
「あら、リーズくん、バイオリンやってる?」
「え、ええ」
リーズは緊張した様子で、コクコクとうなずいた。
「だと思った〜。
お姉さんもさ、花嫁修業でやってるんだ。
ほら見て、同じとこにタコができてる」
その時ふっと、日差しが翳った。
見上げた目の前に、青いリボンが揺れている。
「……はじめまして、ご機嫌いかが?」
ビオレッタは微笑みながら…目だけが笑ってないのが、ものすごく怖い…言った。
「とてもいいわ。ステキなところよね、この町」
アナスタシアさんは何も気がついていないのか、のほほんとした口調のまま返す。
「観光客? リーズ達の親戚じゃないみたいだけど」
「そうだけど……
ビオレッタ、そんな言いかたって失礼だよ」
リーズの声に、ビオレッタはまなじりをつり上げた。
「何よ。クラスメイトのあたしより、
流れの観光客の方が大事ってワケ?」
「そういうことを言ってるんじゃないよ、ビオレッタ。
わかってるんでしょ?」
(あああ、リーズのバカ、火に油注いじゃって…)
俺とマリアベルは、不安で目配せした。
ビオレッタは腰に手を当て、リーズを追いつめる。
「そういうことを言ってるの。
だってあなた、あんなにいやらしく手触られて、
何にも感じないの?」
「い、いやらしく触られた?」
リーズは彼の世界になさげな言葉を投げかけられ、目を白黒させる。
「そうよ。しつこく撫で回されてたじゃない」
ビオレッタはあごをつんと上げた挑戦的な視線で、アナスタシアさんを睨んだ。
が、アナスタシアさんはどこまでも一枚上手な人だった。
彼女はビオレッタの強い視線を受け止めてニコニコ笑い、
「そう、お姉さんはいんやらしいわよ〜」
こともなげに言ったのだ。
そして、固まった彼女に何事かを耳打ちする。
「……」
一瞬にして毒を抜かれた様子のビオレッタを置いて、アナスタシアさんはコートを持ち、立ち上がる。
「そろそろ帰りの汽車の時間だわ。
今日は本当にありがとう。とっても楽しかった」
「駅まで送りますよ」
慌てて立ち上がる俺たちに、彼女はくすりと笑い、
「それじゃ、ありがたく」
頭を下げた。
山に向かう汽車の明かりが段々小さくなり、残照の中に消える。
振っていた手を降ろした俺は、マリアベルに向き直って耳打ちした。
「さっきアナスタシアさん、
ビオレッタになんて言ったんだろう?」
「なんじゃ。
わらわの聴力なら、聞こえるだろうと思ったのか?」
マリアベルは呆れ顔で俺を見る。
俺はこの日何度目かの赤面をしつつも、うなずいた。
マリアベルは肩をすくめ、着ぐるみの頭を取る。
くしゃくしゃになった金髪を払いながら、
「ま、おぬしにならいいじゃろ。奴が言ったのは…」
「言ったのは?」
「『スキならもっと、素直になるのよ』じゃ」
「なるほどねぇ……」
深くうなずく俺に、マリアベルはため息をついて
「おぬしにも、そう言ってやって欲しかったがな」
謎の言葉を吐いた。
落ち葉を蹴りながら歩いていた俺は、リーズの声に振り返った。
「ああ。もうすぐ、雪が振りはじめるんだぜ」
「うんうん。11月ってさ、雪待ち月ともいうもんね」
「そうなのか〜。物知りだよな、お前」
「そんなことないよ。
僕、雪見たことないからさ。楽しみにしてるんだ。
で、
【雪待ち月】っていい言葉だなあって思ったから、
覚えてたってわけ」
「…俺は、雪降るとばあちゃんに、
屋根の雪かきさせられるからなあ。
楽しみってことはないけど」
「そっか。
雪国で暮らすって、そういう面倒もあるんだね」
リーズは笑って、肩をすくめた。
「……!!」
その瞬間、彼の笑みが凍りつく。
「ん? どうしたんだ?」
唇を慄かせるリーズの視線を追う。
「……!」
目をこらした俺は、息を呑んだ。
リーズの視線の先には、駅売りの新聞スタンドがあった。
その見出しには、
『美人有名ピアニスト カリナ・F、
スレイハイム交響楽団バイオリニストと熱愛発覚?』
なる単語が踊っていたんだ!
『アンタのお母さん、
ピアニストのカリナ・ファーリンにそっくりよね』
いつだったかの、ビオレッタの言葉が頭をよぎる。
まさか……
俺は遠慮しながら、リーズの顔を覗き見る。
うっ。
デッカイ目が潤んでるじゃねーか。
俺はいたたまれなくなって、口を開いた。
「駅の車両基地にさあ、除雪車見に行かねーか?」
……ミッション失敗。
同情っぽく聞こえないようにしようとしたら、やったらめったらぶっきらぼうな感じになっちまった。
横を向いて舌打ちする俺に、リーズは目を擦り、小さく笑う。
「除雪車……見たことないな」
「そっか、じゃあちょうどよかったな。
本当は動いてる時のがびっくりすると思うんだけどさ。
先っぽが尖ってて、雪をばぁあってかいていくんだ。
カッケーんだぜ」
なんかオーバーアクション気味になりつつ、
(不器用な男なのです)俺はリーズに説明した。
「…そうなんだ?
雪降るの、やっぱ楽しみ……って、あれ?」
笑顔が戻ったリーズは、再び足を止めた。
「ね、ジャック。あれさ、マリアベルじゃない?」
リーズはポケットに突っ込んでいた手を出し、駅のホームに立つ人影を指差した。
「へえっ? こんなとこに来るか?」
「だって、ほら」
「…本当だ」
あの怪しい着ぐるみは、見間違えようもない。
「どうしたの、マリアベル」
「おお、おぬしらか。
うむ、わらわの無線友達が、
この町の近所に別荘を持っておってな。
紅葉を見るついでに会おうと約束したのだ」
「ふぅん、女の子?」
何気なく聞くリーズに、マリアベルは平然と答えた。
「うむ、わらわと同じく女の子じゃ」
「お、『同じく』女の子…?」
「なんじゃ、文句あるのかジャック」
「い、いや…」
ないけど、と続けた声は、汽笛にかき消された。
ばらばらと降りてきた乗客の一人に、マリアベルは大きく手を振る。
「おーい、おぬし!! アナスタシアじゃな?」
アナスタシアと呼ばれた女性は、ゆっくり振り向いた。
さらさらの黒髪がふわりと揺れ、いい匂いが広がる。
(うわぁ……)
三つくらい年上の、キレイなお姉さんだ。
泣きボクロが、こう、胸をドキドキさせるぜ。
俺は高鳴る鼓動を必死で押さえた。
「ええ。あなたがマリアベル?」
本当に着ぐるみとは思わなかった、と続ける彼女に、マリアベルは苦笑する。
「うむ…そうそう、こ奴らはわらわの子分でな。
ジャックとリーズという」
…子分?とリーズは小声で言い、鼻に皺をよせた。
そんなリーズに構わず、マリアベルは続ける。
「今日はおぬしを是非とも案内したいと言っておる。
存分に使うがいい」
……随分ひどい言われようじゃございませんか?
でも…
薄手の白いコートをモードに着こなすステキな彼女に、初めまして、なんて微笑まれると……
マリアベルのぞんざいな言葉なんかは、脳からきれいさっぱり消えてしまった。
「あ…よ……よろしくお願いします」
「いやねえ、そんなに固くなられると、
お姉さん困っちゃうな」
アナスタシアさんは軽やかに笑った。
「こちらこそ、よろしくね」
「は、はい」
俺とリーズはコクコクとうなずき、お互いの頬が赤くなっているのに気がついて、決まりの悪い思いをした。
「どういう計画たててくれるかは、お任せするわ」
アナスタシアさんは面白そうに俺らを見下ろし、マリアベルと意味ありげに視線を交わした。
むむっ。なんか引っかかるけど……許してしまおう。
そういうわけで、俺とリーズは話し合い、
「この村自慢の架け橋を、
美しい渓流から見上げてピクニック、
ってのはいかがでしょう?」
っていう計画を立てた。
アナスタシアさんはにっこり笑い、俺たちの肩をぽんぽん、と叩く。
「うん、ステキな計画ね。行きましょ」
俺たちは駅を背にして、歩き出した。
「寒くないですか?」
天気がいいといえ、もう晩秋だ。
寒さに慣れてない都会の人には厳しいかもしれない。
「お姉さんのことならだいじょーぶだいじょーぶ。
お日さまがあっためてくれるもの」
敷き物の上に並べられたスコーンやサンドイッチ、アップルパイが香ばしい匂いを放つ。
「あら、おいしそう!!」
アナスタシアさんは本当にうれしそうに笑った。
「いっただきまーす!」
俺たちは声を合わせ、ごちそうに襲いかかった。
「それにしても……よく食べますねぇ」
「はっへ、ほひひんだもん」
アナスタシアさんは、卵のサンドイッチをほうばりながら答える。
「そう言っていただくと、うれしいです。
僕とおじさんが育ててる鶏の卵なんですよ、その中身」
「へえ〜、リーズくんちの産地直送なのね。
うん、ホントおいしいよ」
ちょこんと正座しているリーズに、アナスタシアさんはにこにこと笑いかけた。
つられて、リーズもうれしそうな笑顔を浮かべる。
リーズ、普段はもっと人見知りするタイプなのになぁ。
アナスタシアさん、なかなかの手だれのようだ。
「って、あれ?」
橋の横の道からバスケット持って、降りてくるのはブブカんちの姉妹じゃないか。
黄色い声を上げながら坂道を下っていたビオレッタは、楽しげに話しているリーズとアナスタシアさんを認め、青い瞳を見開いて黙りこむ。
(あーあ、見つかっちまったか……)
…嫌な予感がするぜ。
「どうしたの、ジャックくん?」
「ううん、何でもないです」
俺は焦って、かちんこちんにこわばった、変な笑顔を浮かべた。
「はぁ、美味しかった」
アナスタシアさんはお腹をさすりながら、マリアベルが持ってきたお菓子をかじる。
「よく入るのう……」
「フフッ、よく言うじゃない、甘いものは別腹って」
それにね……と彼女は続け、リーズの手を取った。
「ふたりとも、ご飯はたくさん食べなきゃ駄目よ。
特にリーズくん、こんなに細い手しちゃって」
「あっ……」
リーズは顔を赤くして、写真のように静止する。
それに構わず、アナスタシアさんはリーズの細い指をなぞる。
「あら、リーズくん、バイオリンやってる?」
「え、ええ」
リーズは緊張した様子で、コクコクとうなずいた。
「だと思った〜。
お姉さんもさ、花嫁修業でやってるんだ。
ほら見て、同じとこにタコができてる」
その時ふっと、日差しが翳った。
見上げた目の前に、青いリボンが揺れている。
「……はじめまして、ご機嫌いかが?」
ビオレッタは微笑みながら…目だけが笑ってないのが、ものすごく怖い…言った。
「とてもいいわ。ステキなところよね、この町」
アナスタシアさんは何も気がついていないのか、のほほんとした口調のまま返す。
「観光客? リーズ達の親戚じゃないみたいだけど」
「そうだけど……
ビオレッタ、そんな言いかたって失礼だよ」
リーズの声に、ビオレッタはまなじりをつり上げた。
「何よ。クラスメイトのあたしより、
流れの観光客の方が大事ってワケ?」
「そういうことを言ってるんじゃないよ、ビオレッタ。
わかってるんでしょ?」
(あああ、リーズのバカ、火に油注いじゃって…)
俺とマリアベルは、不安で目配せした。
ビオレッタは腰に手を当て、リーズを追いつめる。
「そういうことを言ってるの。
だってあなた、あんなにいやらしく手触られて、
何にも感じないの?」
「い、いやらしく触られた?」
リーズは彼の世界になさげな言葉を投げかけられ、目を白黒させる。
「そうよ。しつこく撫で回されてたじゃない」
ビオレッタはあごをつんと上げた挑戦的な視線で、アナスタシアさんを睨んだ。
が、アナスタシアさんはどこまでも一枚上手な人だった。
彼女はビオレッタの強い視線を受け止めてニコニコ笑い、
「そう、お姉さんはいんやらしいわよ〜」
こともなげに言ったのだ。
そして、固まった彼女に何事かを耳打ちする。
「……」
一瞬にして毒を抜かれた様子のビオレッタを置いて、アナスタシアさんはコートを持ち、立ち上がる。
「そろそろ帰りの汽車の時間だわ。
今日は本当にありがとう。とっても楽しかった」
「駅まで送りますよ」
慌てて立ち上がる俺たちに、彼女はくすりと笑い、
「それじゃ、ありがたく」
頭を下げた。
山に向かう汽車の明かりが段々小さくなり、残照の中に消える。
振っていた手を降ろした俺は、マリアベルに向き直って耳打ちした。
「さっきアナスタシアさん、
ビオレッタになんて言ったんだろう?」
「なんじゃ。
わらわの聴力なら、聞こえるだろうと思ったのか?」
マリアベルは呆れ顔で俺を見る。
俺はこの日何度目かの赤面をしつつも、うなずいた。
マリアベルは肩をすくめ、着ぐるみの頭を取る。
くしゃくしゃになった金髪を払いながら、
「ま、おぬしにならいいじゃろ。奴が言ったのは…」
「言ったのは?」
「『スキならもっと、素直になるのよ』じゃ」
「なるほどねぇ……」
深くうなずく俺に、マリアベルはため息をついて
「おぬしにも、そう言ってやって欲しかったがな」
謎の言葉を吐いた。