空色の冒険
黄色く赤く色づいた葉っぱが、木の実の匂いのする風と共に流れて行く。
「いやぁ、秋はいいね」
森番のカナブンおやじみたいに呟いて、俺は香ばしい朝の空気を深呼吸した。
お、あそこに見えるは…
「よっす! おはよう!」
革のケースを持ったリーズはにっこり笑った。
「おはよう。今日は気持ちいい朝だよね」
「そだな。それ、バイオリンのケースか?」
「うん、そうだけど?」
「楽器弾けるのって、すごいよな。
学芸会じゃ俺いつも、大だいことかシンバルだもん」
ふう、とため息を吐く俺を、ひとしきりおかしそうに笑った後、彼はバイオリンを腕に抱えた。
「帰りに音楽室で、練習しようと思ってさ。
家だとおじさんに迷惑だろうから」
「おじさん……って、誰だ?」
そういえば、コイツの家の噂は聞いたことがない。
クアトリーは小さな町だ。
(小学校、全学年合わせても17人しかいないんだぜ!)
だから新しい住民がくれば、そいつが好もうが好むまいが、しばらくは話の種になるのがサダメなんだ。
でも、その情報網からはリーズの事が伝わってこない。
ってことは……???
アタマの中を埋めてた疑問符が、表情に出てたんだろう。
リーズは苦笑を浮かべ、言った。
「森番やってる、カナブンさんだよ」
「え? カナブン……?」
リーズの細く白い顔を、まじまじと眺めてしまう。
「あの熊オヤジと親戚なのか、お前……」
全然似てないよな……。遺伝子って不思議だぜ。
「うん」
「そうか。まあ、あんな町外れに住んでるんだったら、確かにみんなの口には上りにくいかもな」
「うん……。ああ、ジャックくん」
「ジャックでいいよ」
くん付けで呼ばれるのは、先生だけで結構だ。
「じゃあ、ジャック。 今日、家に遊びに来ない?」
「今日かあ……。マリアベルと約束あるんだ」
「それなら、マリアベルも呼べばいいじゃない。
僕、その間お菓子作ってるからさ」
「お菓子?」
俺はちょっと驚いて、リーズの顔を見た。
「うん。
僕の母さん普通の料理は上手いんだけど、
甘いもの苦手だったからさ。
食べたきゃ自分で作れって感じだったんだ。
だから腕には自信があるよ」
「ふうん〜。なんかそういうのって、いいな」
…俺はばあちゃんの味しか知らんからなあ。
と言おうとしたけど、カッチョ悪いので止めておく。
「じゃあさ、アップルパイ作ってくれよ。
砂糖じゃりじゃりに入れた奴」
「えっ……? あの、めちゃくちゃ甘いやつ?」
リーズは一瞬、いやそうに顔をしかめたが、
「わかったよ、君がそう言うなら」
再び、にこっと笑った。
「あーあ」
休み時間。
ビオレッタが手編み細工の白いリボンを持ち、他の女子に見せびらかしてるのを、俺はあくびをかみ殺しながら見ていた。
羨ましがられるのって、そんなにいいもんかねえ。
ばあちゃんは、娘時代はそういうもんだ、って言ってたけど、俺は娘じゃないからなあ。
「可愛いよね、ビオレッタ」
寝不足の目を擦ってると、隣の席からリーズが囁く。
「はぁ? どこが?」
「なんか無邪気でいいじゃない」
…無邪気ねえ。あれがか?
「お前、好かれてるからそう思うだけじゃねえの?」
頬杖ついた姿勢から適当に言うと、リーズは笑った。
「ううん。僕、女の子に好かれるのに慣れてるもん」
「……お前って時々、すごいこと言うよな」
アゴが外れるかと思ったぜ。
でも、確かにきれいなリボンだよな。
はしゃぎ続ける女子連中をぼーっと眺め、思う。
「ジャック、先生来たよ」
「あ、ああ。サンキュー」
俺は慌てて、机の中から教科書と石版を取り出した。
秋の夕日が沈む頃、俺とマリアベルとリーズは、森番小屋で仲良くお茶を楽しんでいた。
「そういえばお前、
学校今まで行ったことないとか言ってたけどさ、
その割に成績いいよな〜」
「母さんの仕事仲間が、基礎教えてくれたんだ。」
「仕事仲間? お母さん、先生だったっけ?」
俺は顎に手を当てた。
「……違うよ。国中を巡ってる、楽団さ」
「ほう、道理でしっかりしてると思ったぞ。
美味いアップルパイも作れるしのう」
生クリームがついた唇で、マリアベルは笑った。
「美味しい?
よかった、初めて作ったから自信なかったんだけど」
リーズは顔色を明るくする。
「うむ。
りんごの酸っぱさと、
ザラメの甘さがよく調和しておる」
マリアベルはおかわりを頼みながら言った。
「ありがとう、うれしいよ」
リーズが新しいパイを切り分けようとした時、扉が乱暴な音と共に開いた。
月に照らされて立っていたのは、ビオレッタだった。
「ビオレッタ…こんな夜にどうしたの!?」
狼狽するリーズに、ビオレッタは言った。
「あたしのリボンが、盗まれたの。
それで、今まで町で見たことない人が、
リーズのうちに居るって聞いて」
「なんだって! 僕の客が犯人だって言うのかい?」
「だって…町の人は信頼できるけど……」
「ビオレッタ、いくらなんでも失礼過ぎだよ!!」
激する彼を制し、マリアベルは音なく立ち上がった。
「わらわは、そんなものを欲しがりはせぬ…。
もう持っているものより下のものを、
望みはせぬよ」
そして、カバンから一つのリボンを出す。
「こ、これは……」
ビオレッタは額に汗を浮かべ、名人芸の域に達した細かいレースを凝視した。
「母様から頂いたものじゃ」
マリアベルは唇を吊り上げて笑った。
「成金でも、この値打ちは分かるかのう?」
ああ、……マリアベル、残酷だぜ。
紙みたいに白い顔をしたビオレッタは、夢の中にいる人みたいな動作で、森番小屋の扉を閉めた。
よろよろと、足音が遠ざかっていく。
なんとも言えない後味の悪さに、俺たちは互いからそれとなく視線を外した。
「いやぁ、秋はいいね」
森番のカナブンおやじみたいに呟いて、俺は香ばしい朝の空気を深呼吸した。
お、あそこに見えるは…
「よっす! おはよう!」
革のケースを持ったリーズはにっこり笑った。
「おはよう。今日は気持ちいい朝だよね」
「そだな。それ、バイオリンのケースか?」
「うん、そうだけど?」
「楽器弾けるのって、すごいよな。
学芸会じゃ俺いつも、大だいことかシンバルだもん」
ふう、とため息を吐く俺を、ひとしきりおかしそうに笑った後、彼はバイオリンを腕に抱えた。
「帰りに音楽室で、練習しようと思ってさ。
家だとおじさんに迷惑だろうから」
「おじさん……って、誰だ?」
そういえば、コイツの家の噂は聞いたことがない。
クアトリーは小さな町だ。
(小学校、全学年合わせても17人しかいないんだぜ!)
だから新しい住民がくれば、そいつが好もうが好むまいが、しばらくは話の種になるのがサダメなんだ。
でも、その情報網からはリーズの事が伝わってこない。
ってことは……???
アタマの中を埋めてた疑問符が、表情に出てたんだろう。
リーズは苦笑を浮かべ、言った。
「森番やってる、カナブンさんだよ」
「え? カナブン……?」
リーズの細く白い顔を、まじまじと眺めてしまう。
「あの熊オヤジと親戚なのか、お前……」
全然似てないよな……。遺伝子って不思議だぜ。
「うん」
「そうか。まあ、あんな町外れに住んでるんだったら、確かにみんなの口には上りにくいかもな」
「うん……。ああ、ジャックくん」
「ジャックでいいよ」
くん付けで呼ばれるのは、先生だけで結構だ。
「じゃあ、ジャック。 今日、家に遊びに来ない?」
「今日かあ……。マリアベルと約束あるんだ」
「それなら、マリアベルも呼べばいいじゃない。
僕、その間お菓子作ってるからさ」
「お菓子?」
俺はちょっと驚いて、リーズの顔を見た。
「うん。
僕の母さん普通の料理は上手いんだけど、
甘いもの苦手だったからさ。
食べたきゃ自分で作れって感じだったんだ。
だから腕には自信があるよ」
「ふうん〜。なんかそういうのって、いいな」
…俺はばあちゃんの味しか知らんからなあ。
と言おうとしたけど、カッチョ悪いので止めておく。
「じゃあさ、アップルパイ作ってくれよ。
砂糖じゃりじゃりに入れた奴」
「えっ……? あの、めちゃくちゃ甘いやつ?」
リーズは一瞬、いやそうに顔をしかめたが、
「わかったよ、君がそう言うなら」
再び、にこっと笑った。
「あーあ」
休み時間。
ビオレッタが手編み細工の白いリボンを持ち、他の女子に見せびらかしてるのを、俺はあくびをかみ殺しながら見ていた。
羨ましがられるのって、そんなにいいもんかねえ。
ばあちゃんは、娘時代はそういうもんだ、って言ってたけど、俺は娘じゃないからなあ。
「可愛いよね、ビオレッタ」
寝不足の目を擦ってると、隣の席からリーズが囁く。
「はぁ? どこが?」
「なんか無邪気でいいじゃない」
…無邪気ねえ。あれがか?
「お前、好かれてるからそう思うだけじゃねえの?」
頬杖ついた姿勢から適当に言うと、リーズは笑った。
「ううん。僕、女の子に好かれるのに慣れてるもん」
「……お前って時々、すごいこと言うよな」
アゴが外れるかと思ったぜ。
でも、確かにきれいなリボンだよな。
はしゃぎ続ける女子連中をぼーっと眺め、思う。
「ジャック、先生来たよ」
「あ、ああ。サンキュー」
俺は慌てて、机の中から教科書と石版を取り出した。
秋の夕日が沈む頃、俺とマリアベルとリーズは、森番小屋で仲良くお茶を楽しんでいた。
「そういえばお前、
学校今まで行ったことないとか言ってたけどさ、
その割に成績いいよな〜」
「母さんの仕事仲間が、基礎教えてくれたんだ。」
「仕事仲間? お母さん、先生だったっけ?」
俺は顎に手を当てた。
「……違うよ。国中を巡ってる、楽団さ」
「ほう、道理でしっかりしてると思ったぞ。
美味いアップルパイも作れるしのう」
生クリームがついた唇で、マリアベルは笑った。
「美味しい?
よかった、初めて作ったから自信なかったんだけど」
リーズは顔色を明るくする。
「うむ。
りんごの酸っぱさと、
ザラメの甘さがよく調和しておる」
マリアベルはおかわりを頼みながら言った。
「ありがとう、うれしいよ」
リーズが新しいパイを切り分けようとした時、扉が乱暴な音と共に開いた。
月に照らされて立っていたのは、ビオレッタだった。
「ビオレッタ…こんな夜にどうしたの!?」
狼狽するリーズに、ビオレッタは言った。
「あたしのリボンが、盗まれたの。
それで、今まで町で見たことない人が、
リーズのうちに居るって聞いて」
「なんだって! 僕の客が犯人だって言うのかい?」
「だって…町の人は信頼できるけど……」
「ビオレッタ、いくらなんでも失礼過ぎだよ!!」
激する彼を制し、マリアベルは音なく立ち上がった。
「わらわは、そんなものを欲しがりはせぬ…。
もう持っているものより下のものを、
望みはせぬよ」
そして、カバンから一つのリボンを出す。
「こ、これは……」
ビオレッタは額に汗を浮かべ、名人芸の域に達した細かいレースを凝視した。
「母様から頂いたものじゃ」
マリアベルは唇を吊り上げて笑った。
「成金でも、この値打ちは分かるかのう?」
ああ、……マリアベル、残酷だぜ。
紙みたいに白い顔をしたビオレッタは、夢の中にいる人みたいな動作で、森番小屋の扉を閉めた。
よろよろと、足音が遠ざかっていく。
なんとも言えない後味の悪さに、俺たちは互いからそれとなく視線を外した。