空色の冒険
ラジオからながれるピアノソナタの音色に紛れ、勝手口から外に出る。
裏庭を横切りながら、小窓からそうっと居間を覗くと、ランプな黄色い光の中、おばあちゃんは編み物を続けていた。
「よしっ!」
柵の掛け金を外し、自作のゴム動力式エアクラフトを片手に、ダッシュで脱出する。
目的地へと一路、山道を走る。
月の光で青白くそめられたコスモスが、足音にあわせて微かにゆれた。
「……ふう」
町から大分離れただだっ広い河原に来た俺は、一つ小さな息をついて流れの側へと歩いた。
冷えた空気がじわり、昼間着ていた半袖のシャツの、襟ぐりから忍び込む。
「うう、寒ッ!」
世界を水底みたいに染める満月を見上げて、白い息を吐く。
すでに紅葉が始まってるんだ。
でも、こういう日……
すなわち昼と夜の気温差が激しい時こそチャンス。
俺はエアクラフトをかかげ、上昇気流を待った。
……頃やよし。
「行っけぇっ!」
俺の手から、愛するマスィーン【SK-13】は飛び立ち、うまいこと上昇気流に乗る。
SK-13は高度を下げることなく、そのまま気流に乗ってフラフラ流されはじめた。
「お、おいッ!」
いったい、どこまで飛んでいくんだッ!?
俺はおろおろしつつ、クラフトを追って走り出した。
「げえっ!」
クラフトの落ちた先を認めた俺は、真っ青になった。
逆光の中聳えたつ、くろぐろとしたシルエットは…
『血をすする恐ろしい夜の魔物の棲み家』って言われてる、旧い城跡じゃないか!!
でも、……
初めて成功したクラフトを、捨てるわけにはいかないよな…
俺は震える足を引きずるようにして、城に向かって歩き出した。
「やっぱ…怖ェ……」
悪魔の飾り彫りが一面に施された門を見上げ、ぶるりと体を震わせる。
カッコ悪い?
確かにそうかもしれないが、俺はまだ11才の少年だ。
無理のない反応であろう。
「……くそッ、行くしかないぜ、ジャック!」
覚悟を決めて自分を励まし、俺は城門を開く。
崩れかけた階段を登ったテラスから、眼前の廃墟を見下ろす。
ひび割れた女神の石像が、うつろな瞳で俺を見上げていた。
……昔はさぞ、きれいなお城だったんだろうな。
盛者必衰。栄枯盛衰。切ないねえ。
なーんてね。
感傷にふけるためにここに来たんじゃなかったな。
「このあたりかな、っと…うげっ」
柵がこわれているところから身を乗り出した俺は、見事にバラバラになったSK-13の残骸を見つけ、長い長いため息を吐いた。
「ったく、ついてないよなあ……」
一人ごち、柵を背にしてその場にへなへな座り込む。
と、その時。
何者かの気配が、背後でざわめいた。
慌ててテラスから身を起こす俺に、闇の中から何かが飛びかかってきた!!!
う、噂の魔物かーーーーッ!?!?
「うわあああああっ!!!!」
その一撃を間一髪、転がってかわした俺は、魔物の正体を認めて真っ青になった。
そこには……目をらんらんと紅く輝かせた、はがね色の毛並みの狼がいやがったんだッ!!!
「ひゃああッッ!!!」
俺は情けない悲鳴を上げて、その牙を避けつづける。
しかし、ひらりひらりと身をかわしているだけじゃ、武器もナイ力もナイないないづくしのこの俺が、狼に勝てるワケがない?
だんだんと、息が上がってくる。
足が縺れてくる。
後ろを見せて、全力で逃げるわけにもいかない。
狼は、そんな俺を薄く笑ったように見えた。
ああ、夢に殉じて死すジャック、享年11才……
……なんて嫌だ、まだ死ねないッ!!!!
俺は目を見開き、ヤツを見据えた。
睨み合ったまま、テラスの柵の割れ目の方へ、じりじりと移動する。
そして、狙った位置に立ち、ふっと目をそらす。
「グルル……ウウウウッ……!!!」
奴は驚くほどのジャンプ力で飛び掛かってきた!
狙い通りだ!!!
俺はそのまま、狼の方に向かって跳躍前転した!
頼む、そのままテラスから落ちてくれッ!!!
しかし、祈りは天に届かなかった。
奴は俺の頭上を飛び越え…テラスの割れ目に気づき、体をひねって柵の部分にぶつかったのだ。
カラカラと石くずが落ちていく音が響く。
狼はひとつ、不機嫌そうな鼻息を漏らすと、見事な動きで地面を蹴った!
……もう駄目だ、神様ッ!!!
しかし、いつまで待っても、覚悟してた痛みはなかった。
こわごわ目をあけてみる。
……俺は見た。月の光の中から、小さな影があらわれたのを!
その指から、一条の赤い光がほとばしったのを!!
息を呑む俺の目の前で、狼はそのまま倒れ伏す。
長いマントがふわりと舞った。
軽やかな着地音と共に、影は俺の前に降り立った。
「なっ……」
俺は絶句した。
なぜって、その影は、かわいい女の子だったんだ!!
俺があっけに取られていると、彼女はパチンと指を鳴らし、空に浮く小さな乗り物を呼び寄せた。
なるほど、さっき聞こえたモーター音はこれか。
逃避ぎみにそんなことを思っていると、
「怪我はないか?」
いくふん高めの声で話し掛けられた。
コクコクとうなずくと、彼女はふっと微笑んだ。
「ならばよし。
ところでおぬし、何用でここに来たのじゃ?」
先がカールした長い金髪を手で漉きながら、少女は口を開いた。
それは、とてもキレイなんだけど……
少女と目が合った俺は、冷や汗をたらり、と流した。
…瞳が赤い!?
もしかして、ウワサの血を吸う魔物っ!?!?
俺は思わず、心のままに叫んだ。
「おいしくないよ!!お、俺!!」
ぺたんと座りこんだまま後ずさりしようとする俺に、彼女は不思議に寂しそうな顔で微笑んだ。
吊り上げられた赤い唇の内側に、白く長い犬歯が光る。
小さな喉を鳴らし、身体を強張せる俺に、彼女は静かに近づいてきた。
「…小僧の血なぞ吸う気にもならんわ。
ところでおぬし、質問されたらちゃんと答えんか。
何用でここに来たのじゃ?」
目の前に来た縦長の虹彩が、きろんと俺を睨む。
俺はまさに、蛇に睨まれたカエルってやつだ。
「あわわわわ……エ、エアクラフト飛ばしに……」
「エアクラフト??」
少女は細い首を傾げた。
「ええ、こ、これなんですけど……」
言葉と共に、模型飛行機を両手で差し出す。
「……そう固くなるな。
なれない言葉を使うこともないぞ」
少女は苦笑しながら、クラフトを手に取った。
そんなこといわれてもなあ。
緊張するな、って方が無理だよ。
「ふ〜〜〜む」
そんな俺の様子をどこ吹く風と、彼女は真剣な目で、翼のそり・ゴム製の動力部分等を確かめていく。
なんだか、目の前で先生にテストを採点されてるような、ヘンな感じだ。
「うむ。よく出来ておる。
十年程度しか生きておらぬ若造にしては、だが」
クラフトを俺に返し、彼女は唇を釣り上げて笑った。
「……ありがとう、って言うべきですか」
ふてくされた俺の言葉に、少女は再び破顔した。
「うむ、誉めたつもりだったのじゃが、すまんの。
ノーブルレッドであるわらわには、
そのあたりの機微は分からぬのじゃ」
「…へえっ? ノーブル、レッドぉ?」
ものすごく間抜けな声が出てしまった。
慣れない丁寧語も吹っ飛んでる。
いやでも、ノーブルレッドって……よくマンガにも
『まさか…あの伝説の……ノーブルレッド!!!』
ってネタにされてる、人の血を求めて夜を徨う、
永遠の命を持つ美貌の一族、ってヤツだよな。
目の前にいるこの子は、そのノーブルレッドだって言うのか?
「うむ。そうじゃ」
でも、偉そうにうなずく彼女の姿は…
伝説に聞くノーブルレッドの特徴、そのものだ。
「で、このクラフトでどうしようというのじゃ」
「…………」
さすがに、何もかもぶちまける気にはなれなかった。
でも、せっかく助けてくれたのに、さっきの態度は失礼なことこの上なかったよな…
「…俺、それでいろいろ実験して、
いつか俺が乗れるような飛行機を作りたい、
って思ってるんだ。
………じゃない、思ってるんです」
「ほほう。それはそれは、面白いのう」
子供をあやひさような口調だ。
(なんだそれ。俺は俺なりに、
一生懸命にやってんだぜ…!)
かなりカチンと来た俺の、口が勝手に喋り出す。
「…人の夢を勝手に聞いといて、んでもって勝手に、笑うことはないじゃんか」
誰にも言ったことないこと話したのにさ。
「ああ、おぬしの夢を笑ったわけではないのじゃ」
「じゃあ、何がおかしかったんだよ!!!」
問い詰める俺に構わず、
「まあそうカリカリしなさんな。
わらわはおぬしの夢を、
手伝うことができるかもしれんぞ?」
彼女はそれだけ言うと、腕に巻いた機械仕掛けのバンドのスイッチを押した。
「うわぁあああーっ!!」
今度も俺は情けなく、腰を抜かしてしまったかもしれない。
でも大人だって、こんな目にあったら、阿鼻叫喚の大ビックリとなるはずだ。
……だって、今までは廃墟だったトコロが、いきなり立派なお城になっちまったんだぜ!!
「ひええぇ……」
少女は呆然としている俺に手を差し伸べ、城の中へと導いた。
城の中には、見たこともない機械がそこここに配置されている。
俺は目を白黒させつつ、おとなしく後をついていった。
いくつかの部屋を通り過ぎた後、彼女は両開きの豪華な扉を開いた。
「うっ…わぁ……」
そこには学校の図書館の何十、いや何百倍もの本が並んでいたんだッ!!
「これは、すげーぜ……」
俺は前から欲しかった、『初歩から学ぶ風力』とか、『失われた飛空機械』とかの背表紙を見つけ、思わず感嘆のため息を漏らす。
「どうじゃ、気に入ったか?」
振り向くと、彼女が腕を組んで笑っていた。
「ここには研究に役立つだろう、様々な本がある。
好きな時に、好きなものを読みにくるといい。
ここまで来やすいよう、城と町を結ぶ、【転送装置】を設けておくでな」
「…それはありがたいけど……
アンタ、何でこんなに優しくしてくれるんだ?」
もう、少女に対する警戒心は消えていた。
不思議なことだが、どうも彼女と俺が、共通して持っている何かが、俺の心を解いたみたいだ。
「うーむ。それは……」
少女は首を傾げ、言葉を探す。
「それは?」
「……そうじゃな。
おぬしが飛行機造りに成功し、わらわを乗せて空を飛べたら教えてやろう」
「なんじゃそりゃ」
「フフフ。約束じゃからな」
彼女は本棚にもたれ、俺に向けて笑った。
礼の言葉を言おうとして、俺ははたと気がついた。
「な、アンタのこと、なんて呼べばいい?」
「……おぬし。
礼儀作法を初歩から勉強する必要があるな」
彼女は本棚にもたれた姿勢のまま、いたずらっぽい笑みを浮かべた。
「人に名を聞く時は、自分から名乗るのが礼儀だ、と聞いたことはないか?」
「た、確かにそうだ……」
俺は首筋をかいて、姿勢を正した。
「俺はジャック・ベックソン。
南のくあとりーで、ばあちゃんと住んでる11才だ」
鷹揚にうなずいた彼女は、俺を見つめて言った。
「わらわの名はマリアベル・アーミティッジ。
このノーブルレッド城の主じゃ」
「よろしくな、マリアベル」
差し出した手を、マリアベルはにっと笑って握り締めた。
俺とマリアベルは、こんなふうにして出会ったんだ。
裏庭を横切りながら、小窓からそうっと居間を覗くと、ランプな黄色い光の中、おばあちゃんは編み物を続けていた。
「よしっ!」
柵の掛け金を外し、自作のゴム動力式エアクラフトを片手に、ダッシュで脱出する。
目的地へと一路、山道を走る。
月の光で青白くそめられたコスモスが、足音にあわせて微かにゆれた。
「……ふう」
町から大分離れただだっ広い河原に来た俺は、一つ小さな息をついて流れの側へと歩いた。
冷えた空気がじわり、昼間着ていた半袖のシャツの、襟ぐりから忍び込む。
「うう、寒ッ!」
世界を水底みたいに染める満月を見上げて、白い息を吐く。
すでに紅葉が始まってるんだ。
でも、こういう日……
すなわち昼と夜の気温差が激しい時こそチャンス。
俺はエアクラフトをかかげ、上昇気流を待った。
……頃やよし。
「行っけぇっ!」
俺の手から、愛するマスィーン【SK-13】は飛び立ち、うまいこと上昇気流に乗る。
SK-13は高度を下げることなく、そのまま気流に乗ってフラフラ流されはじめた。
「お、おいッ!」
いったい、どこまで飛んでいくんだッ!?
俺はおろおろしつつ、クラフトを追って走り出した。
「げえっ!」
クラフトの落ちた先を認めた俺は、真っ青になった。
逆光の中聳えたつ、くろぐろとしたシルエットは…
『血をすする恐ろしい夜の魔物の棲み家』って言われてる、旧い城跡じゃないか!!
でも、……
初めて成功したクラフトを、捨てるわけにはいかないよな…
俺は震える足を引きずるようにして、城に向かって歩き出した。
「やっぱ…怖ェ……」
悪魔の飾り彫りが一面に施された門を見上げ、ぶるりと体を震わせる。
カッコ悪い?
確かにそうかもしれないが、俺はまだ11才の少年だ。
無理のない反応であろう。
「……くそッ、行くしかないぜ、ジャック!」
覚悟を決めて自分を励まし、俺は城門を開く。
崩れかけた階段を登ったテラスから、眼前の廃墟を見下ろす。
ひび割れた女神の石像が、うつろな瞳で俺を見上げていた。
……昔はさぞ、きれいなお城だったんだろうな。
盛者必衰。栄枯盛衰。切ないねえ。
なーんてね。
感傷にふけるためにここに来たんじゃなかったな。
「このあたりかな、っと…うげっ」
柵がこわれているところから身を乗り出した俺は、見事にバラバラになったSK-13の残骸を見つけ、長い長いため息を吐いた。
「ったく、ついてないよなあ……」
一人ごち、柵を背にしてその場にへなへな座り込む。
と、その時。
何者かの気配が、背後でざわめいた。
慌ててテラスから身を起こす俺に、闇の中から何かが飛びかかってきた!!!
う、噂の魔物かーーーーッ!?!?
「うわあああああっ!!!!」
その一撃を間一髪、転がってかわした俺は、魔物の正体を認めて真っ青になった。
そこには……目をらんらんと紅く輝かせた、はがね色の毛並みの狼がいやがったんだッ!!!
「ひゃああッッ!!!」
俺は情けない悲鳴を上げて、その牙を避けつづける。
しかし、ひらりひらりと身をかわしているだけじゃ、武器もナイ力もナイないないづくしのこの俺が、狼に勝てるワケがない?
だんだんと、息が上がってくる。
足が縺れてくる。
後ろを見せて、全力で逃げるわけにもいかない。
狼は、そんな俺を薄く笑ったように見えた。
ああ、夢に殉じて死すジャック、享年11才……
……なんて嫌だ、まだ死ねないッ!!!!
俺は目を見開き、ヤツを見据えた。
睨み合ったまま、テラスの柵の割れ目の方へ、じりじりと移動する。
そして、狙った位置に立ち、ふっと目をそらす。
「グルル……ウウウウッ……!!!」
奴は驚くほどのジャンプ力で飛び掛かってきた!
狙い通りだ!!!
俺はそのまま、狼の方に向かって跳躍前転した!
頼む、そのままテラスから落ちてくれッ!!!
しかし、祈りは天に届かなかった。
奴は俺の頭上を飛び越え…テラスの割れ目に気づき、体をひねって柵の部分にぶつかったのだ。
カラカラと石くずが落ちていく音が響く。
狼はひとつ、不機嫌そうな鼻息を漏らすと、見事な動きで地面を蹴った!
……もう駄目だ、神様ッ!!!
しかし、いつまで待っても、覚悟してた痛みはなかった。
こわごわ目をあけてみる。
……俺は見た。月の光の中から、小さな影があらわれたのを!
その指から、一条の赤い光がほとばしったのを!!
息を呑む俺の目の前で、狼はそのまま倒れ伏す。
長いマントがふわりと舞った。
軽やかな着地音と共に、影は俺の前に降り立った。
「なっ……」
俺は絶句した。
なぜって、その影は、かわいい女の子だったんだ!!
俺があっけに取られていると、彼女はパチンと指を鳴らし、空に浮く小さな乗り物を呼び寄せた。
なるほど、さっき聞こえたモーター音はこれか。
逃避ぎみにそんなことを思っていると、
「怪我はないか?」
いくふん高めの声で話し掛けられた。
コクコクとうなずくと、彼女はふっと微笑んだ。
「ならばよし。
ところでおぬし、何用でここに来たのじゃ?」
先がカールした長い金髪を手で漉きながら、少女は口を開いた。
それは、とてもキレイなんだけど……
少女と目が合った俺は、冷や汗をたらり、と流した。
…瞳が赤い!?
もしかして、ウワサの血を吸う魔物っ!?!?
俺は思わず、心のままに叫んだ。
「おいしくないよ!!お、俺!!」
ぺたんと座りこんだまま後ずさりしようとする俺に、彼女は不思議に寂しそうな顔で微笑んだ。
吊り上げられた赤い唇の内側に、白く長い犬歯が光る。
小さな喉を鳴らし、身体を強張せる俺に、彼女は静かに近づいてきた。
「…小僧の血なぞ吸う気にもならんわ。
ところでおぬし、質問されたらちゃんと答えんか。
何用でここに来たのじゃ?」
目の前に来た縦長の虹彩が、きろんと俺を睨む。
俺はまさに、蛇に睨まれたカエルってやつだ。
「あわわわわ……エ、エアクラフト飛ばしに……」
「エアクラフト??」
少女は細い首を傾げた。
「ええ、こ、これなんですけど……」
言葉と共に、模型飛行機を両手で差し出す。
「……そう固くなるな。
なれない言葉を使うこともないぞ」
少女は苦笑しながら、クラフトを手に取った。
そんなこといわれてもなあ。
緊張するな、って方が無理だよ。
「ふ〜〜〜む」
そんな俺の様子をどこ吹く風と、彼女は真剣な目で、翼のそり・ゴム製の動力部分等を確かめていく。
なんだか、目の前で先生にテストを採点されてるような、ヘンな感じだ。
「うむ。よく出来ておる。
十年程度しか生きておらぬ若造にしては、だが」
クラフトを俺に返し、彼女は唇を釣り上げて笑った。
「……ありがとう、って言うべきですか」
ふてくされた俺の言葉に、少女は再び破顔した。
「うむ、誉めたつもりだったのじゃが、すまんの。
ノーブルレッドであるわらわには、
そのあたりの機微は分からぬのじゃ」
「…へえっ? ノーブル、レッドぉ?」
ものすごく間抜けな声が出てしまった。
慣れない丁寧語も吹っ飛んでる。
いやでも、ノーブルレッドって……よくマンガにも
『まさか…あの伝説の……ノーブルレッド!!!』
ってネタにされてる、人の血を求めて夜を徨う、
永遠の命を持つ美貌の一族、ってヤツだよな。
目の前にいるこの子は、そのノーブルレッドだって言うのか?
「うむ。そうじゃ」
でも、偉そうにうなずく彼女の姿は…
伝説に聞くノーブルレッドの特徴、そのものだ。
「で、このクラフトでどうしようというのじゃ」
「…………」
さすがに、何もかもぶちまける気にはなれなかった。
でも、せっかく助けてくれたのに、さっきの態度は失礼なことこの上なかったよな…
「…俺、それでいろいろ実験して、
いつか俺が乗れるような飛行機を作りたい、
って思ってるんだ。
………じゃない、思ってるんです」
「ほほう。それはそれは、面白いのう」
子供をあやひさような口調だ。
(なんだそれ。俺は俺なりに、
一生懸命にやってんだぜ…!)
かなりカチンと来た俺の、口が勝手に喋り出す。
「…人の夢を勝手に聞いといて、んでもって勝手に、笑うことはないじゃんか」
誰にも言ったことないこと話したのにさ。
「ああ、おぬしの夢を笑ったわけではないのじゃ」
「じゃあ、何がおかしかったんだよ!!!」
問い詰める俺に構わず、
「まあそうカリカリしなさんな。
わらわはおぬしの夢を、
手伝うことができるかもしれんぞ?」
彼女はそれだけ言うと、腕に巻いた機械仕掛けのバンドのスイッチを押した。
「うわぁあああーっ!!」
今度も俺は情けなく、腰を抜かしてしまったかもしれない。
でも大人だって、こんな目にあったら、阿鼻叫喚の大ビックリとなるはずだ。
……だって、今までは廃墟だったトコロが、いきなり立派なお城になっちまったんだぜ!!
「ひええぇ……」
少女は呆然としている俺に手を差し伸べ、城の中へと導いた。
城の中には、見たこともない機械がそこここに配置されている。
俺は目を白黒させつつ、おとなしく後をついていった。
いくつかの部屋を通り過ぎた後、彼女は両開きの豪華な扉を開いた。
「うっ…わぁ……」
そこには学校の図書館の何十、いや何百倍もの本が並んでいたんだッ!!
「これは、すげーぜ……」
俺は前から欲しかった、『初歩から学ぶ風力』とか、『失われた飛空機械』とかの背表紙を見つけ、思わず感嘆のため息を漏らす。
「どうじゃ、気に入ったか?」
振り向くと、彼女が腕を組んで笑っていた。
「ここには研究に役立つだろう、様々な本がある。
好きな時に、好きなものを読みにくるといい。
ここまで来やすいよう、城と町を結ぶ、【転送装置】を設けておくでな」
「…それはありがたいけど……
アンタ、何でこんなに優しくしてくれるんだ?」
もう、少女に対する警戒心は消えていた。
不思議なことだが、どうも彼女と俺が、共通して持っている何かが、俺の心を解いたみたいだ。
「うーむ。それは……」
少女は首を傾げ、言葉を探す。
「それは?」
「……そうじゃな。
おぬしが飛行機造りに成功し、わらわを乗せて空を飛べたら教えてやろう」
「なんじゃそりゃ」
「フフフ。約束じゃからな」
彼女は本棚にもたれ、俺に向けて笑った。
礼の言葉を言おうとして、俺ははたと気がついた。
「な、アンタのこと、なんて呼べばいい?」
「……おぬし。
礼儀作法を初歩から勉強する必要があるな」
彼女は本棚にもたれた姿勢のまま、いたずらっぽい笑みを浮かべた。
「人に名を聞く時は、自分から名乗るのが礼儀だ、と聞いたことはないか?」
「た、確かにそうだ……」
俺は首筋をかいて、姿勢を正した。
「俺はジャック・ベックソン。
南のくあとりーで、ばあちゃんと住んでる11才だ」
鷹揚にうなずいた彼女は、俺を見つめて言った。
「わらわの名はマリアベル・アーミティッジ。
このノーブルレッド城の主じゃ」
「よろしくな、マリアベル」
差し出した手を、マリアベルはにっと笑って握り締めた。
俺とマリアベルは、こんなふうにして出会ったんだ。