気づけば、異性という概念自体、自分自身が忘れていた。自分で娘を作り上げ異性の必要性など、ないと思っていたのだ。

「マユリ〜！」

　技術開発局でいつも通り研究に没頭していると朗らかな声が聞こえる。
　扉の方にのみ目線を向けると嬉しそうにニコニコと笑って駆け寄ってくる名無しさんの姿が見えた。

「仕事中？」
「仕事の時間なのだから仕事に決まっているだろう」

　肩に手を置かれて画面を覗き込んでくる。他の奴なら怒るが、どうもこの名無しさんには怒れない自分がいる。
　そう、忘れていた異性という意識を最近この人物に持ち始めている。これは恐らく、好意なのだろう。

「何の用だね」
「えー。何の用事って、用事なきゃ来ちゃいけないのー？」

　名無しさんは口を尖らせると離れてソファに座る。画面への打ち込む手は止めずに声だけ名無しさんに投げかける。

「お前がここにくる時は、部下に怒られている時か何かに逃げている時かつまらない話がある時だろう」