(小説)魂成鬼伝の章

【6章】


『おっお兄ちゃんの事……男の人として好きなのッ!』

初めて寧々がオイラに想いを告げてくれた日の言葉

人と目を合わせる事が苦手な寧々が
大きな目を潤ませ、茹で上がっちまうんじゃねえかって位真っ赤な顔をしながら必死にオイラの目を見ながら想いを告げてくれた

初めは驚きで目を見開くオイラだったけれども
次の瞬間には、今まで認識してなかった事が不思議な位堪えきれない程の愛情が心の奥深くに存在するのを感じて、目の前の寧々がなによりも愛おしくて心の中が温かな想いですげぇいっぱいになったのを覚えてる
自分の中にこんなにも綺麗な愛情がある事を知れたのも嬉しくて
寧々の事を生涯大切にしたい
他には何も望まない
自分自身の手でこの子を誰よりも幸せにしたいとそう願えたあの日は夢のように幸せすぎて





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あれからどれくらい時間が経ったのだろう
寧々から少しでも離れたくて屋敷を飛び出し、
必死に山の中を走り続け
気付けばオイラは今まで一度も足を踏み込んだ事もない山の奥深くまで来ていた

頭の中でずっと声が語りかけてくる
視界もはっきりとせず、どこまでも深い闇に逃さないと掴まれているように身体は重く、意識も朦朧とし
自分自身に限界がきている事をこれでもかと悟る


『ぐ……ぅ…ぅ』

この意識を手放せば…きっともう戻る事は出来ない
もう時間がない
なら今この瞬間にオイラの全てをかけるしかない


ゆっくりとまぶたを閉じ息を吐く

何よりも大事で
何よりも守りたい
大切な大切な誰よりも愛おしい存在

胸の中に宿る想いはこんなにも温かいのに
目の前の幸せを貪欲に喰らおうとし続けるオイラはあまりにも欲深いから
これはきっと天がオイラに与えた罰なんだろう

この身体に発する痛みも苦しみも
すべて罰なんだ


『ぐ……ぁ………ッ』


分かっている
オイラがどれだけ罪深いのかなんて
オイラが一番よく分かってる


…でも
寧々は何も関係ない…ッ…
関係ないんだ…ッ


意識が朦朧とする中、袖から小刀を取り出し鞘を抜き両手で強くふりあげる

これでいい
罪深いオイラの罰に寧々を巻き込む訳にはいかない
どんな理由があろうと”寧々の人生を奪っていい”理由になんかならない…ッッ

朦朧とする意識の中 蘇るのは寧々との朝のやりとり
オイラが居なくなるのが怖いと、そう涙を流しながら告げた寧々を思い出すとより胸が締め付けられた
涙がとめどなく頬を流れる

本当はオイラも側にいたい
そう願う心に激しく首をふる
もう望めぬ願いだ
望んじゃいけない願いなんだ

弱くてごめん
醜くくてごめん
こんな道しか選べなくてごめん

お前と……、同じ綺麗な想いを返せなくてごめん

『………ぅ………ぁ……』


それでも…、本当に愛してたんだ
心の底から愛してた…ッ


小刀の切っ先が鋭く光る

心はどこまでも願い続ける事を止められない
もしもこの命の行き着く先
再び君に巡り会いたいと願ってしまう事も果たして罪となってしまうのだろうか

『……………ッ』

どこまでも欲深い自分に苦笑し
そのままオイラは振り上げた刃を自分の喉元へと力強く振り下ろした



『ッ!!?』

瞬間、振り上げた刃は確かにオイラの喉元へと力強く振り下ろされた
持てる力の全てをここにかけたはず
しかし……、なぜかその刃はオイラの喉を貫かず喉元寸前で止まってしまった

『ッ!?』

理解が追いつかない
なぜだ
なぜ
身体が言う事を効かない

ぐっと腕に力を込めるもまるで別の存在の腕かのようにまったく腕が言う事を効かない
何度も何度も自身の喉元へと向かい再度力を込めるもそれを抑えるように力が勝手に働いてしまう

なぜだ
まさか…こんな状態になってまで……オイラは生きようとしてるのか?



『(ふざけんなッッ!!!!!!!)』


ふざけんな
ふざけんな
このままここで生き延びれば寧々の命を奪う事になるんだぞ
ふざけんな

自分自身への怒りで脳裏が埋め尽くされる
それでも自身の腕に力を込めるも全く動こうとしない腕に余計に怒りが湧いて出る

冗談じゃない
誰がこの場を生き延びるもんか
生き残るだなんて許さない
寧々に手出しは絶対させない


オイラはここで─
確実にオイラを殺すッッ


そう思うやいなやオイラは自身の舌を噛みちぎろうと動きだす

『!!?』

しかし、噛みちぎる1歩手前という所でまたもや身体が言う事を効かなくなってしまう


なんで
なんで


”お前自身が望んだ事だろ?”

『!!?!?』

頭の中で低い声が鳴り響いた瞬間
視界すべてが暗闇に飲み込まれた

あたり一面どこまでも深い漆黒の闇が続く

足元からは黒い手が無数に伸び、オイラの身体をがっしりと掴んで離さない
まるでここからけして逃さないと言わんばかりに

この光景には…、見覚えがあった
オイラはここを知っている
先程まで何度も何度も意識を失いかけてはここに閉じ込められた
必死にもがき足掻いた末、なんとか現実世界に何度も意識を取り戻せたんだ

ここに居たらだめだ
そう脳が危険信号を発する

時間がない
早くここから出て
オイラは……オイラをッ

『!!?!?』

そう決意し力強く上へと手を伸ばした瞬間それを邪魔するように下へとものすごい力で引っ張られた
そのあまりの強さにそちらを向けばオイラを掴む手の中でもひときわ大きな黒い手が足元から伸び、オイラの身体を掴んで這い上がってくるのが見えた

その瞬間ゾクッと背筋に寒気が走り、必死にその手から逃げようと上へと必死に手を伸ばす

しかし、少しずつ少しずつ這い上がってきた手が遂には目前にまで伸びてきて
その手は─オイラの左頬をそっと包み込むように触れてきた

瞬間隣に人の気配がし、
まるで導かれるようにそちらへと目線を向けると
そこにはオイラを憐れむように見つめるどこまでも赤黒い瞳が存在していた

「なぁ、お前の目の前で今まで何人死んでいった?
…誰かに奪われる位なら、そう望んだのはお前自身だろ?」

『…ッ!?』

そう言葉が告げられると共に
身体を無数に掴んでいた手に一気に力が込められ
どこまでも底のない底なし沼のような深淵の奥深くまで
その手はオイラを引きずり込もうとした

必死に足掻こうとしても意味などなく
身体はどんどん足元の闇へと引きずり込まれる

藁をもすがるように隣に居た存在へと手を伸ばすも
その手はその存在に触れる事はなく
ただただ宙を舞い続ける

足掻く足掻く
それをまるで滑稽だと言わんばかりに見つめる赤黒い瞳

その瞳に怒りが湧くも為すすべなどなくオイラの身体はどんどん闇へと飲み込まれていく

脳裏に浮かぶのは最愛の人
どうか
どうか
寧々だけは…

願いが雫となり頬から零れ落ちる
そんなオイラを深き深淵は容赦なく飲み込んでいった


赤黒い瞳が細められ揺らめく

「俺は、誰であろうと邪魔をする者は容赦しない
それが例え…”俺自身”でもだ

もう這い上がって来ないでくれよ ”薙翔”」



意識が覚醒する
先ほどと変わらない山の奥深く
降りしきる冷たい雨の雫は変わらず容赦なく”俺”へと降り注いでいた

しかし、その雫は俺には”祝福の雨”にしか見えず口元に狐を描き頬が緩むのを感じる

『………身体は糞だりぃけど…気分は最高だな』

瞳を閉じまぶたの裏に最愛の人を思い浮かべ
─また瞳を開く

その顔は恍惚としており、どこまでも喜びに満ち溢れていた

やっと
やっと手に入れる事が出来る
その存在を彩る全てを
誰にも渡さない
俺の
俺だけの愛おしい存在

『はは………はははッ』

その頬を流れる雫は果たして雨か涙か

まるでこれから起きる事を予兆するように
風が容赦なく吹きすさぶ中
男の狂った笑い声がどこまでもその場にこだまする

天は涙を流す
そこにはもう少女の愛した心優しき男の姿はもうどこにも存在しないのであった




↓以下薙翔がなぜここまで自分を責めるのかその原因である過去設定と理由の話(見逃し防止用)


薙翔が自分の寧々への想いを責める一番の理由

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