(小説)魂成鬼伝の章


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『この浄玻璃鏡とわしの右手に掲げし人頭杖のもと下した判決を言い渡す
野々田秋雄 第六階層焦熱地獄行き千年を命ずる!』

『そっそんなぁ…ッ!まってくださいッ!!』

『口答えするでないッ!!!!
嘘ばかり並べ立ておって…
浄玻璃鏡を前にわしを騙せると思ったら大間違い!
しかと地獄にてその罪を償うがよいッ
獄使共何をしておるッ!!
さっさっと罪人を地獄門へと連れて行かぬかッ!!!!』



ガンガンと
杖を地面へと叩きつける音が響き渡る
ここは現世とあの世の狭間の冥府
死者が行き着き生前の行いの審判が行われる審理の門
待ち構えるは閻魔城の当主閻魔大王
冥府の王にして死者の行き先を審理する場
地獄へ行くか
はたまた人が極楽浄土と呼ぶ黄泉の世界へと行くか
すべてはここで閻魔大王の審理のもと決められる

閻魔様は今日も死者を相手に正しき道を審判する
すべてを平等に
世界の摂理を重んじ正しき判決を下す為
死者を正しき道へと導く為



『次の死者をこち───』
『待て』

重圧のある声が獄使の声を遮り
そうしてその目は自身の端に居る存在へと向けられる

鉄の壁すら射通しそうな程の視線を向けられるも、視線を向けられた当人はただ黙って瞳を閉じ沈黙を続けており
その様子に心底呆れ果てるような声が出る


『一体お前はいつまでそこに座り込んだままでいるつもりなのだ‥?』
『……』


問いかけには答えず、無言を貫くその姿に閻魔は日に日に苛立ちを募らせていく


『お前が居ると女の死者共がいちいち色めき立ちおって無駄な時間が増えるのだッ
お前の判決は既にもう出ているのだぞ…
さっさと黄泉の国へと行かんか…!』

『………ここを動くつもりはない』


黄泉の国という言葉に眉間を動かし、閉じていた瞼を開き向けられる鋭い視線に怯むことなくその瞳は真っ直ぐに閻魔大王を見つめ返した


『何度も言ったはずだ…願いを聞き入れてもらえるまでオイラはここを動かん…ッ!』

『しつこいぞ薙翔ッ!!』







審理の門
鬼と化した寧々に強制的にあの世へと送られたオイラの魂が行き着いた場所
ここでオイラも審理を受ける為、死者の魂の行列へと並ばされた

現世とあの世の狭間にあるとされるこの冥府は、
実に不思議な場所だった

自分が並んでいるこの死者行列のある道が1本
その先には閻魔大王の居る巨大な閻魔城があり
この道と閻魔城の左右にはどこまでも果てしない何も存在する事のない無の世界が広がっている
しかし自分たちの居るこの道には地面は存在していて、上を見上げればまるで血のように赤い夕焼けのような空?が広がっていた
雲のような物も存在し
風もどこからか吹いており、死んだというよりはまるで異世界へと迷い込んでしまったようだ

そんな不思議な世界の細く長い長い道の中
周りに居る死者達は、自分の審理が来るのを緊張した面持ちで今か今かと待ち構えていた

それもそうだろう
ここで決まるのは己の魂の行き着く先
地獄行きを恐れ
そうならないよう必死に祈り続けている者
怯える者
願う者
無を貫き通し精神を落ち着かせ待ち構える者
皆、ただひたすらに自分の審理を待ち続けている


でもオイラは違う
自分の行き着く先などとうに分かっているから
おぞましい陰の気に支配され、
醜い欲をもったオイラが行き着く先なんて地獄以外にありえるはずがないのだから

嫌という程に理解している
そんな事よりオイラは──



『次の死者をこちらへ』

そんな風に考えていると
いつのまにか自分の番がきたようだ


重たい大きな扉がゆっくりとした動作で開いていき
中から漏れる光に思わず目を細める
いよいよ自分の番が来たのだと分かり
心がざわめきだつのを
どうにか気持ちを落ち着ける為ごくりと喉を鳴らした
1歩
また1歩と
歩みを進め審理の門の中へと入ると
そこには巨大な赤ら顔の巨大な大男が待ち受けていた
左手には尺を持ち
右手には人の頭部の付いた杖をもち
大きな玉座へと座り、恐ろしい形相をこちらへと向けてくるその姿に思わず肩が竦み歩みを止めてしまう


閻魔大王
あの世の裁判官であり冥府の王
噂には聞いていたが、いざ目の前にするとやはりその恐ろしい姿につい息を飲み固まってしまう
審理の門の中は張り詰めた空気に満ち溢れ、今にもその重圧に押しつぶされそうだ

しかし、恐れ慄いている場合ではない
オイラはこの恐ろしい出で立ちの冥府の王にこれから聞かねばならぬ事があるのだから


『薙翔と言ったか、では早速そなたの審理を───』
『待ってくれ!』


自身の審理を開始される前に慌てて言葉を遮る
かかげた人頭杖を再び地へと下ろし
こちらへと視線をうつしながら恐ろしい形相を不服そうに歪め閻魔は口を開いた


『なんだ?今更言い訳などしても無駄な事だぞ』

『違う、そうじゃないッ
オイラが地獄行きなんて事はもうとっくに分かっているんだ!
そんな事より寧々の審理の結果を教えてほしいんだッ!!』


そう
オイラが聞きたかった事は寧々の魂の行き着く先の事だった
オイラのせいで鬼と化し、オイラを喰らう事になってしまった大切な寧々の審理について


『……寧々とは、お前を喰らった鬼と化した娘の事か
あの者の審理など聞いてどうするのだ。
お前は既に死んだ身、
未だ生者である娘の審理など今のお前が聞いたところで意味などなかろう』

『それでも教えてくれッ!
どうしても知りたいんだ!
寧々の魂はどうなっちまうのか…ッ
寧々は……、寧々は地獄に落ちたりなんかしねえよな!?
寧々はちゃんと黄泉の国に行けるよな…ッ!!?』


必死にすがるように聞くオイラを見据え
少しばかり閻魔は黙ると瞼を閉じ、さも面倒臭そうに息を吐いた
そうしてまた再び瞼を開きその瞳はオイラを真っ直ぐ見据え告げる


『………”地獄”と言ったら?』

『……………………え?』

『”地獄”に決まっておろう
あの娘は大罪を犯したのだからな』


”地獄”
そう─告げれた言葉に目の前が真っ暗になる
寧々が………地獄に落ちる?
告げられた言葉が現実だとは思えず混乱する
そんな事ありえない
そんな事あっていいはずがない…ッ


『…待っ…てくれ……、寧々が地獄なんて
そんなの何かの間違いだ…
アイツに罪なんて…ッ!
そんなのある訳ないッ!!
寧々が鬼になっちまったのもオイラを喰らったのも全部、全部オイラのせいなんだよ…ッ!!
罪があるとしたらオイラなんだ!
なのに…なんで…ッ
地獄に落ちるのはオイラだけのはずだ…ッ!!!』

『お前がなんと言おうと娘の罪は変わらぬ
鬼となった経緯などこちらは既に把握しておるのだ。
それを考慮したとしても、あの”魂成鬼伝”を持ち出し鬼と化した罪は免れぬ

……そもそも、お前は根本から既に間違っておるぞ
お前は地獄ではなく、黄泉の国へと行くのだからな』

『……………ッ……よみ…のく…に?
オイラが……?』


更に告げられる言葉に思考が益々混乱した
意味が分からない理解が追いつかない

『いや…、それはおかしいだろ…
なんでオイラが黄泉の国なんだ……?
オイラはあれだけの陰の気に侵されてたんだぞ…
醜い欲だってあって…ッ
そんなオイラが黄泉の国で…寧々が地獄なんて…』

『確かに陰の気に侵されてはおったが
既に自我を取り戻しておるではないか
それにお前は無駄な殺生も行ってはおらん
自分をどう思おうと勝手だが…、お前は地獄に行く者ではない』

『……!?
それなら…寧々だって…ッ!!
……寧々は……ッ!……オイラを…喰っちまったかもしれねぇ…、けど
…でもそれは…オイラのせいで…ッ!!』

『事の経緯は把握しておると言ったであろう
同じ事を何度も言わせるな
あの娘の場合、そなたを喰らった事より魂成鬼伝を用い鬼と化した事が何よりも罪深いのだ
お前が何と言おうと審理の判決は変わらぬ』

『…そんな………ッ』


目の前で告げられる残酷な現実に血の気が引き
告げられた事実をどこまでも理解する事が出来ない
オイラのせいで寧々は地獄へと行かねばならないと
その事が心に重く深くのしかかる

脳裏にふと…鬼と化した寧々の姿がよぎる
瞳から光を無くし涙を流しながらただひたすらにオイラを咀嚼し続けていた寧々
この先現世ですら一人残酷に生きなければならないのに
その行き着く先が地獄だなんて

だめだ
そんな事‥
そんな事あっていいはずがない
受け入れられない
間違っている

寧々は黄泉の国へ行くべきで
寧々をあんな姿にしたオイラが地獄へ行くべきだ

─そう、この審理は間違っている…ッ




『もう分かったであろう
獄使よ…この者を黄泉の国へと案内しろ』

『…………………だッ』

『ん?』

『………いやだ…ッ
オイラは黄泉の国なんかには行かない!
寧々に罪なんかない…ッ!!
アイツが背負う罪はすべてオイラが背負うべき罪なんだッ!!!
地獄へはオイラが行く…ッ
だから寧々の魂を黄泉の国へ連れて行ってくれッ!!!』

『バカな事を抜かすなッ!
お前達の判決を入れ替えろというのか!?
貴様…自分が何を申しているのか分かっておるのか!
言語道断ッそんな事はけして許されぬ事だぞ!
黙って判決に従わぬか!!』

冥府の王と呼ばれる男に瞳を見開きながら怒りの形相で怒号を向けられ肩が竦むも
それでもオイラは目をそらす事なく負け時と怒号を返した


『許されようと許されなかろうとどっちだっていいッ!!
オイラの願いが叶うまでオイラはここを絶対に動かんッッ!!!!』







こうしてオイラは宣言通りあの日から審理の門を一歩も動かずに居座り続けていた

あの恐ろしい形相を向けられても
怒号を浴びせられようとも
ただの一歩も動かずこの場にひたすら居座り続けていたのだ

幸いだったのは、オイラの審理の結果が”黄泉の国”だった事だ
自分としてはまったくもって不可思議でならないが、善人と判決が下されているオイラには手荒な真似が出来ないらしく
そのおかげでオイラは無理やり追い出されたりはせず
ここに居座り続けていられたのだった


『いい加減にせぬかッ!
お前がどれだけそこに居座ろうと判決は変わらぬと言っておるであろう!
あの娘の罪はけして消える事はないのだぞ!』

『寧々に罪なんかねえッ!!
罪があるのはオイラだって言ってるだろ…ッ
なんで分かってくれねえんだよッ!!』

怒号を向けられては怒号を返すこの繰り返し
同じようなやりとりに閻魔は怒りを通り越してもはや呆れすら感じはじめる


『まったく…、地獄から黄泉の国へ行く事を願いせがむ者は多く見てきたが
地獄へ行かせろとこれほどまでに訴え続けたのはお前が初めてだぞ』

『そんなのどうだっていい…、早くオイラを地獄へ送ってくれ!!』

『………愚か者め
お前は地獄がどれほど恐ろしいものか分かっておらぬからそのような綺麗事を並べ立て続けられるのだ…ッ』

心底呆れ果てた声が耳へと届き
その言葉に拳を深く握りしめる


『…………………
………分かってるよ』

『………なんだと?』

『地獄が…………どんな場所かなんて、ばあちゃんに見せられたからちゃんと分かってる』

『ばあちゃん…?
…………竜神の事か』


過去、オイラは修行の一環として寧々と共に一度地獄をばあちゃんに見せられた事があった
見せられたのはほんの数十秒足らず
しかし、あの時見た光景は今も脳裏に焼き付いて忘れたくても忘れる事が出来ない
四方八方から聞こえるおぞましい断末魔
あちらこちらで口にするのも恐ろしい程の苦痛を与えられ呻き苦しむ亡者達
あれこそまさしく…この世の終わりそのもの
”地獄”そのものだった


『その目で見たというのなら余計に理解に苦しむな
…お前の目には、まさかあの場所は恐ろしくは映らなかったとでも言うのか?』

『そんな訳ねぇだろ…、
………恐ろしかったよ
…とんでもねえ場所だった…ッ
現に今だって…自分があそこへ行くと考える度に身体が震えそうになるのを必死に抑えてるんだ……ッ』


震えそうになる拳を必死に抑え手に何度も深く力を込める
身体が震えそうになるのだってなんとか歯を食いしばり耐えている状態だ


『それほど恐ろしいと思うのならなぜ地獄へ行くと言い続けるのだ
愛の為…、娘の為…、まさかそのような綺麗事の為か?』

『……そうじゃねぇ…そんなんじゃねえよ…
寧々の為だなんて…そんな綺麗事なんかじゃない
地獄に行くのは怖え……ッ
出来る事なら…あんな場所には行きたくなんかない…ッ…

ただ…それ以上に…、
寧々があんな恐ろしい場所に行く事がオイラには耐えられないだけなんだ……ッ
誰の為でもない…
オイラが耐えられないだけだ…ッ』


オイラが寧々を守るなんて…
そんな綺麗事なんか言うつもりはない
醜いオイラがそんな事言えるはずがないのだから
どこまでもオイラは欲深くて
結局全部自分の為なんだ

どこまでも自分の事ばかりで
どこまでも自分の為に生きて
どこまでも自分の幸せばかり願う
どこまでも自分本意な

そんなオイラの罪を何も悪くない
寧々が被る事が耐えられない………ッ
寧々があの恐ろしい地獄で苦しむだなんて耐えられない…ッ…


『…………お前の想いは分かった
だがな、それでも判決の結果を変える事はできん!』

『……………ッ…』

『一人の想いで変えられる程この審理の門で決まった事は甘くはないのだッ
何度も言うが、ここにどれだけ居ようと決定が覆る事はけしてない!
ここは世界の秩序を重んじる場
例外など認められない
ここに居続けるのはお前にとっては無駄でしかないのだ
分かったらさっさっとお前は黄泉の国へと迎えッ』

『………ッッ
こんなの間違ってるッ!!!!!』


オイラの悲痛な叫びが冥府の世界にこだまする


『何が世界の秩序を重んじる場だ!!!!
世界の秩序ってなんだよ…ッ…
こんな審理が世界の秩序を守ってるだなんて冗談じゃない!!
どう考えたっておかしいだろッ!!!
罪のない魂が地獄に落ちるなんて…‥罪深い者が地獄に落ちないなんて…ッ
おかしい‥‥
なにもかも間違ってる…ッ!!
でたらめじゃねえかッ!!!!
こんな審理オイラは絶対認めな───』
『図に乗るのもいい加減にせぬか小僧ッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!』


オイラの叫びをかき消すかのように凄まじい怒号がその場へと響き渡った


『善人じゃからと甘い顔をすればどこまでも調子にのりおって………ッ…
獣風情がこの地獄の閻魔大王の下す審理に物申すとはなんたる侮辱ッ!!!
道理もなにも分からぬ獣が世界の秩序を口にするなど笑止千万…ッッ
笑わせるな…ッッ!!!!!!!!』


恐ろしい怒号と共に激しい地響きが世界を揺らす
そのあまりの凄まじさに声を出す事も出来ずただ立ち尽くす事しか出来ない


『閻魔様!!落ち着いてください…ッ!!!!』

怒号と共にオイラへと歩みを進めてくる閻魔大王を
獄使達が必死に止めるもその身体は四方八方へと弾き飛ばされていく


『これが落ち着いてなどいられるか!!!
馬鹿にしおって…ッ…
口で言って分からぬのならその身に直接教えこんでやる…ッッ!!!!』

『いけませんッ!!善人に手を出してはまた閻魔様の罰がッッ』

『ええいッッ構わぬどけええええッ!!!!
もう我慢ならんッ!!
自分が一体どれほどの無礼を口にしてるのかとくと分からせねばッ!!!!!』

『がはッッ!!!!!!』


そう叫ぶやいなや弾丸のごとく伸ばされた巨大な手に頭を鷲掴まれそのまま地面へと勢いよく強く叩きつけられた
抵抗しようにも痛みや閻魔の放つ怒りの覇気の恐ろしさから身体を少しも動かすことが出来ない


『とくとその罪を味わうがよい…ッ
お前の魂に刻み込まれた数多の傷の記憶をすべて思い出せッッ
”滅魂離剥破”ッッッ!!!!!!!!!!!!!!』
『ぐっぅうぁあ゛ァ゛あア゛ア゛ッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!』


閻魔の手から何かが頭へと入り込んだ瞬間
身体中を無数の痛みが激しく襲いかかった
いや、痛みともはや呼んでよいのかすら分からない
身体はもうないはずなのに全身を掛け巡るありとあらゆる痛みに思考すらも静止する
いなずまに撃たれたような痛みから体をじりじりと焼かれる痛みまで
脳裏を走馬灯のように今まで受けた苦しみの記憶が駆け巡りオイラはただひたすらに叫びながらミミズのようにのたうち回る
覚えのない痛みも記憶に新しいあの見世物小屋であたえ続けられた拷問の痛みも
永遠とも感じる地獄の苦しみがどこまでもオイラの身体をもてあそぶ


…どれくらい時間が経ったのだろう
いつのまにか地響きもやみ
冥府に響き渡り続けていたオイラの断末魔もやみ
オイラはただゴミのようにその場へと転がっていた
身体に響く激痛から小指一本すら動かせず



『………痛々しいのう
魂があちらこちらとひび割れておるではないか
これ程の痛みが魂に刻まれてるとはどれほど残酷な人生を歩んできたのか‥』

地面に転がるオイラに大きな影が落とされ、視線だけをそちらに向けると
先程までの怒号がまるで嘘かのようになぜかひどく悲しげにこちらを見つめる閻魔の顔がそこにはあった
まるで目の前のオイラを心の底から案じているように

なんで…そんなにも悲しそうな顔をするんだ…



『言っておくが
地獄はもっと苦しいぞ
今感じた痛みをずっと受け続けねばならぬのだからな
……今まで数多の罪人が地獄へ行く事を恐れ慄き許しを請うてきた
しかし、誰一人地獄を免れた者はおらん
でもお前はそんな事をせずとも元から行かずともよい運命なのだ
娘の事は残念だが、これも運命
お前はこのまま大人しく黄泉の国へと向かいなさい』


語りかけられる声色には温かな‥包み込むような優しさだけがどこまでも満ち溢れていた
そのあまりの優しく語りかけられる声に
いつのまにか虚ろな瞳からは涙が零れ落ちていく



『………た……………の…む……
………ね……………ね…を……たす…………て……れ』

『!?……まだ分から──』
『や………さ……しい…………子な……んだ……』
『…!』

『…あ…………な……おそ…ろ……し……と…ころ………に…
お………ち…て……い…い……よ……ッ…うな…子じゃ……な……いんだ…
やさ………し……い………子…な……ん……だ………よッ
お…ねが……い………しま………ッ』


涙がとめどなく溢れて止まる事なく流れ続ける
こんな痛みを与え続けられる恐ろしい場所に寧々が行かなくてはいけないなんて
オイラには耐えられない
どうしても足掻く事を止められない…ッ


『…………はぁ』


涙を流し尚も懇願し続けるオイラの頭へまた閻魔の手が伸びてくる
その動きにまたあの痛みを与えられるのかと恐怖から目を瞑り必死に歯を食いしばるも何故か痛みはいくらまってもやってこなかった


『……お前の言いたい事が分からなくもないのだ』


痛みが落とされると思っていたその大きな手からは、
先程の痛みとは真逆の温かな光が振り落とされ
それにより少しずつオイラの魂のひび割れは修復されていった
温かな労るような眼差しが落とされ
完全にひび割れが治ると閻魔は口を開き再び語りだす


『確かにお前の言うとおり、寧々という娘はとても清らかな魂の持ち主だ
本来なら地獄とは遥かに縁遠い娘
普通に生きていればその魂は黄泉の国へと穏やかに向かっていたであろう
…だがな、
どれだけ清らかな娘であろうとどれだけ善人であろうと魂成鬼伝の書により鬼となった罪を免れる事は出来んのだ
鬼となった経緯やお主を喰った事にどれだけ情状酌量の余地があろうと…
その罪を帳消しにしてやる事は出来ん』

『…………ッ…』

『…善人であるお前が地獄へ行くのはともかく…、
罪人である娘が罪を免れ黄泉の国へ向かうのだけは───』
『‥‥‥‥‥‥ッ
待ってくれ!………今、なんて言った?』


語り続ける閻魔の言葉を急いでオイラは静止する


『…だから、娘が罪を免れ地獄を行かぬという決定は変えられぬと…』

『そうじゃない…ッその前だ!!
善人が地獄へ行くのはともかくって言ったよな!?
それってオイラは地獄へ行けるってことか?
そういう事だよな!?
ならオイラも寧々と一緒に地獄へ行かせてくれッ!』

『なに…ッ?』

『寧々の地獄行きがどんなに願ってもどうしても変えられないっていうなら、それならオイラが一緒に地獄に行く!!
全部オイラが悪いんだ!
寧々が背負わされる罪をオイラも地獄で一緒に償わさせてくれ…ッ
それならいいだろ!!?』


新たな打開案を見つけ尚も必死にすがり付いてくるオイラを前に少しの沈黙が流れる
そうして閻魔は再びまぶたを閉じ
…何かを諦めるようにゆっくりと息を吐き呟いた


『……………100年』

『え?』


突如告げられる言葉に疑問が浮かぶ


『娘が現世を生きる残りの寿命はおよそ100年
魂成鬼伝によって寿命は減らされてはおるが、
何千年と生き続ける妖である娘は他の鬼となった人間達とは違い寿命も他のやつらよりも幾分も長い
お前は…その寿命が訪れるおよそ100年の間
娘を待つ事はできるのか?』

『…ッ!』

『待ち続けた先にあるものは地獄だぞ
それでもお前は100年もの間、地獄の門の前で娘を待ち続けるというのか?』

『……………ッ!……待つ…
待つよ…ッ!
どれだけ長くても…その先に地獄があったとしてもどれだけでも待つ…ッ
だからオイラを地獄門へ連れてってくれ!!』


瞼を開き真っ直ぐに見つめられるその瞳を逸らすことなく強く見つめ返す
この誓いに迷いなんかない
どれだけの地獄が待っていたとしても
そこに寧々が居るなら迷いなんてすべて捨てされる


『…………
…篁(たかむら)よ
この小僧を地獄門へと連れてってやれ』


少しの静寂の後
そう閻魔が告げると奥から他の獄使とは違う
一人の人の姿形をした男がやってきた
篁と呼ばれたその男はこちらへやってくると閻魔へ一礼しこちらに顔を向けた


『御衣、
薙翔といったか、付いて参れ』

『………ッ!』

『どうした、地獄門へと行きたいのであろう
座り込んでないで早く起き上がらぬか』

『あっ…ああッ!』


篁の声に慌てて立ち上がり
既に歩き出してしまっている篁の後ろを慌てて追いかけた
しかし、途中でハッとし急いで後ろへと振り返るとそのまま頭を地へと勢いよく下げる


『…閻魔様、…………ありがとう…ッ
有難うございます…ッ!!!!!』


お礼を言い再び篁の後にオイラは続いて歩き出す
後に残された閻魔は
去っていく二人の影を遠い目をしながら見つめ続けていた


『……宜しかったのですか?
善人を地獄へ送るだなんて…』


二人を見つめ続ける閻魔に獄使が心配げに尋ねる


『……心配せずとも、
小僧が地獄門をくぐる事はない』

その言葉になぜか切なげに眉を寄せ悲しげに閻魔は口を開いたのだった













✱✱✱


地獄門へと向かう道を篁という人に続き
ひたすらに歩みをすすめていく

先程とは打って変わり空のような場所には満点の星空のような夜空が広がっていた
本当に不思議な場所だ
今歩いているこの場所はまるで現世のようで…



『……なぜ、
お前はそうも簡単に自分を差し出すのだ』


そんな事を考えながら歩いているとふと、目の前を歩いていた篁がこちらに背を向けたまま尋ねてきた
その口調はとても落ち着いており、
どのような真意で質問してきてるのかは読めない


『恋い慕う娘の為とはいえ、
地獄へ変わりに連れて行けだの共に行くだの
なぜそうも……、自分を犠牲に出来るのだ』


そのどこまでも変わらぬ声色で尋ねられる質問にオイラは黙り込み
共に前へと歩む足音だけが辺りに響きわたっていた



『…………………世界は…、残酷だから』

『…なに?』


ぽつりとオイラの呟いた言葉に篁の足取りが止まり
オイラもそれに続くように歩みをとめた
辺りに静寂が訪れる


『………何かを得たければ何かを捨てなければならない
失ってこそ…、初めて手に入れられる
世界は…、いつだってそうだ
何も差し出す事なく、何も失う事なく欲する物を得られる程
この世界は甘くはない
少なくとも、
……オイラの居た世界はそうだった』


遠い記憶が蘇る
オイラが一人生きた100年の年月
世界はどこまでも貪欲でどこまでも無情だった
皆欲しいものを得るために大切な物を捨て去り生きていた
そうしなければ…生き残れなかったから


『……………そうか』


そう言うと再び篁は前へと向き歩みを進めた
それに続きオイラも再び歩き出す


そう
世界は残酷だから
大切な物を得るためにオイラはただ差し出しただけ
オイラに差し出せる物なんて…これしかないのだから

それでも、すべてを差し出しても
結局の所中途半端にしか得られなかった
寧々の地獄行きを…止める事は出来なかったのだから

今頃…、
寧々はどうしているのか
ふと、最後に見た寧々の姿が脳裏をよぎった

寧々の事だ
きっと山の奥深くにこもり何も居ない所で残りの余生を過ごす事だろう
鬼には元来破壊衝動がある
それは魂成鬼伝を使い鬼となった者も同じだとばあちゃんは言っていた
一緒に聞いていた寧々もこの事は分かってるはずだ
寧々は……、優しい子だから誰かを傷付ける位ならきっと一人で生きる道を選ぶだろう


『(本当に…オイラは何やってんだろうな……)』


あれだけ寧々が少しでも苦しまないようにと色々考えていたにも関わらず
寧々が鬼となる道を選ぶ事を予見する事が出来なかった
オイラがもっとちゃんと考えていればこんな事には…
寧々が地獄へと行く事などなかったというのに
後悔ばかりが溢れて止まらない


『………ッ』


やはり…、自分は寧々のそばにいるべきではなかった
欲を捨てられなかった結果がこれだ
オイラがそばに居なければ寧々がこんな苦しみを味わう事などもなかった
きっとあの商店街で、優しいみんなに囲まれてのんびりと穏やかに過ごせて居ただろうに…
全部……全部オイラのせいで……ッッ






”………………………よ”

『………?』


ふとどこからか何かが聞こえてきたような気がした


『何を立ち止まっている?』

『いや…、何かが聞こえた気がしたんだが…』


”………………………………んでくるなんて思わなかったから、
びっくりしちゃった”

『……ッ!?
…………ね……ね…?』


耳に聞こえて来たのはまぎれもない寧々の声だった
誰よりも愛おしいその声をオイラが聞き間違えるはずがない


”うふふ、見てみて!
今日はね、お花だってあるんだよ。
たまにはお兄ちゃんだってお花みたいかなと思って。
勿忘草…綺麗だよね”

『寧々!?』


どこからか聞こえる愛しい声にその名を叫ぶ
しかし返事が返って来る訳でもない
その事に困惑していると前を歩いていた篁が振り向き口を開いた


『…生者の声が聞こえているというのならここには居ないぞ。
お前が聞こえている声は、現世からの声だ』

『現世からの声…?』


確かに周りをどこを見渡しても寧々の姿はどこにもない
でも…なぜ寧々の声が…


『ここは現世とあの世の狭間の冥府
特に今居るこの場所は、もっとも現世に近い場所だからな。
生者の死者への想いが強ければ強い程
この場所では時々生者の言葉が死者に届くのだそうだ』

『生者の…死者への想い…』


”摘んだら可哀想だから土ごと持ってきてもらったんだよ。
これならお兄ちゃんも長い間お花を見てられるね”


寧々の声が再び耳に届く
………想像していたよりも…
ずっと……ずっと穏やかで落ち着いたその声に目頭が熱くなった
お前は…心穏やかに過ごせているのか……?


……それでもきっと周りには誰も居ないのだろう
一人山の奥深くで過ごす寧々の姿を想い浮かべ胸がとても苦しくなる


ごめん…、
オイラ、お前の地獄行きを止められなかったよ


”ねえ、お兄ちゃん”


何よりも大切なのに
全てを差し出しても結局お前の運命を変える事が出来なかった…
やっぱりオイラは…お前のそばにいるべきじゃなか─

”…本当はあの時、
自我を取り戻していたんでしょ?”


『……ッ!!?』


耳に届いた言葉に
想像すらしてなかったその言葉に
息を…飲んだ
どうして…


”寧々が後悔しないように
…演技してくれてたんでしょ?”


身体はないはずなのに心臓がまるで鼓動をうち早鐘のように鳴り響くのを魂の奥で感じる
一体…
なぜ…どうして………ッ


”お兄ちゃんの想い
全部ちゃんと、寧々に届いているんだよ
見逃さないよ…だって、大好きなお兄ちゃんの想いだもの”


『…………ッ!……』


”だから寧々、後悔なんてしないよ
お兄ちゃんが必死に守ろうとしてくれたんだもの
後悔なんて絶対しない…

ありがとう…っ
ありがとう…お兄ちゃん…ッ”


1雫の涙が頬を伝い流れ落ちた
1度溢れだした涙は止まることなくほろりほろりと追うように何度も頬を伝う

オイラの大好きな
寧々の笑顔が脳裏をよぎる

オイラは……、
ちゃんとお前を守れてたの‥か…?

寧々から伝わる想いにオイラの心が温かく優しく包み込まれていくのを感じ言葉にならない想いが胸に溢れて止まらない


ああ…そうだ
いつだってそうなんだ
寧々はいつも……いつだってオイラの心をこんなにも温かく照らしちまうんだ…
産まれて初めてその姿を目にした時から
この温かさに…強さに何度も救われた
オイラの目の前にどれほどの残酷な世界が広がろうとも
生きる事を願い続けさせてくれた…
何度も…何度も…
そんな寧々だから…オイラは…ッ


”お兄ちゃん、
お願いがあるの”

『…………?…』


”寧々、きっと…地獄に落ちると思うんだ
どんな理由があろうと鬼になってしまったし、
それにお兄ちゃんの事…食べちゃったから
でも、大丈夫
覚悟は出来てるから”


その言葉には力強い意思を感じた
寧々も地獄を見た事があるというのに…
その上でもう覚悟が決まっているのだろう


”……覚悟は出来てる”


お前の地獄を行きを…オイラは結局
止める事は出来なかった…
ごめん…ごめんな…
でも…、
一人でなんて絶対に行かせない……ッ


”だから……、
だからね
寧々頑張るから
一生懸命頑張るから…
だから…また生まれ変わってもう一度巡り会えたら、
今度こそお兄ちゃんのお嫁さんにしてほしいの…ッ”


『………ッ!…』


あの山の奥深くで小刀を自身の喉に振り落とす際
再び巡り会える事を願った事を思い出す
あの時はそれを願う事さえ罪だと感じたけれども

お前が共に望んでくれるというのなら…


”約束だよ……お兄ちゃん…”

『…………ああ、
………必ず……ッ‥』


涙を流し
この想いがどうか愛しい彼女の元へと届くようにと空を見上げる
星空の中でふと、一つの光が輝いた
同時に脳裏に寧々へと作ったアングレカムの簪が思い浮かんだ

…きっと、寧々の元へと届いたのだろう



『そろそろ良いか?』

『……ああ』


空を見上げるオイラに篁が尋ねる
その言葉に返事を返し、寧々への愛しさを胸におさめながらオイラは再び地獄門へと歩みを進めはじめた
















それから
幾度となく月日が過ぎていった

季節すらもないこの場所で気の遠くなるような年月を地獄門の元で過ごし

目まぐるしい月日が移ろいゆく時と共にどんどん過ぎ去っていく

変わらない日々を過ごし続ける事
およそ100年

とうとうその時はやって来た





遠い遠いその場所で
寧々の命の灯火が少しずつ小さくなっていくのを感じる


”あ…………い…して…………る……”

ふと
1陣の風が吹くのと同時に耳元で寧々の声が聞こえてきた気がした

それと同時にその灯火が完全に消えるのを感じ
涙が頬を伝う
幾度も頬を零れ落ちる
拳を深く握りしめ漏れそうになる声をどうにか押し殺した

しかし、オイラはどうにか心を落ち着かせその涙を急いで拭った
泣いてなど…いられない

魂成鬼伝によって鬼となった寧々は、既に地獄行きが決まっており審理の門を通らずにここへとすぐにやってくると聞いていた
オイラが不安な顔や悲しい顔をしていては、寧々を余計に不安にさせてしまう
慌てて気持ちを落ち着かせ表情を作り、座っていた腰をあげ前を見据える

…地獄門の前に居るオイラを見たら寧々は怒るだろうか
いや…、悲しむかもしれない
寧々はオイラが共に地獄へ行く事を望まないだろうから

でも、だからといって寧々を一人でなんて行かせられない
どこまでも自分の願いを優先するオイラを
どうか許してほしい…


そう考えていると
ふと視線の先に人影が移りだす
血のように赤染まった髪に額から生えた二本の角はまさしく鬼の象徴
しかし、遠目からでも分かる
誰よりも愛おしいその姿をオイラが見間違えるはずがない

愛しさから1歩
また1歩と
その人影へと歩みをすすめる

すると向こうもこちらの存在に気付き顔をあげた
視線が重なり合い
その目は大きく見開かれる

伝えたい想いが
……たくさんある
話したい事も
たくさんある
でも今は何よりも
今すぐお前をこの腕で……ッ





”時よ────戻れ”


そう思いまた1歩歩みを進めたその瞬間
慣れ親しんだ声で耳に響いた言葉

その言葉が聞こえたその瞬間
目の前の世界が突如色を無くし崩壊を始めた
すべてがまるで元からそこに存在していなかったかのように
この地獄門へと続く道も
現世と似た空も
この眼に映る寧々の姿も
すべて遥かなる悠久の時の中へと無に帰していった
移ろいゆく世の幻かのように
















***

『時が戻ったか』

審理の門の外で今か今かと自分の審理の番を待ち騒ぐ死者の声を耳にしながら閻魔がぽつりと呟く


『……まったく、あやつ(竜神)という奴は…
同じ審理を行わなくてはならぬワシの苦労など少しも考えんでッ』


ぶつくさと文句を言い
呆れ混じりの怒りからか目の前にある閻魔帳を乱暴に音を立てて開いていると部屋の奥から篁が姿を現した


『薙翔が現世へと戻ったようです』

『そのようじゃのう』


篁の言葉を耳にしながら閻魔帳へこれまでの死者の罪を記していく
静かな部屋の中カツカツと乱暴なペンの音だけが部屋へと響きわたる中篁が再び口を開いた


『薙翔を………、地獄門へと送ったのはこれを見越した上だったのですか?』


その問いにカツカツと鳴っていたペンの音が止まる


『まさか…、
”竜神様”が何か関係しているのでしょうか』



『…………お前は相変わらず鋭いのう
ふふ…っ
珍しいではないか、お前が死者の事に口を出すとは…』
『お答え下さい…ッ』


のんびりと穏やかな口調で返す閻魔とは違い、
真剣な面持ちで篁は問いただす
その問いに静かに閻魔は再び口を開いた


『……………
時が近いのだ、
”本物”の生命の竜の神が目覚める時が──』

『…!』

『お前も知っておろう
今の現世の神である竜神は”本物”の生命の竜の神ではない。
あやつは…、
現存する神の中でもっとも神としての気質は高いかもしれぬが…世界の秩序を重んじるならば、
やはり、中にいる”本物”の生命の竜の神が現世を治めるのが道理だ』

『それと薙翔とどういう関係が…』

『あやつ(竜神)の中に居るもう一人の”女”が
薙翔をえらく気に入っておる…』

『………ッ…まさか…』

『そう…、

奴が目覚めようとしておるのだ
奴の目覚めはすなわち、世界の崩壊を意味する
阻むためには…
”本物”の竜の神が立ち向かわねばならぬが…
あやつには…………………ッ…

……ちと荷が重すぎるであろう
現に今の現状がこれだ
奴の失態が今の竜神を生み出してしまった
あの娘も奴の中に未だおる
しかし、それもまだ不幸中の幸いの事
次の機会に待つのは……‥
…現世の崩壊かもしれぬ

………だがあの小僧なら、
きっと‥』


”お願い致します…ッ
どうか……ッ
どうか…ヂィエウェイ様を………ッ!”



『………………
きっと……”ヂィエウェイ”の支えとなってくれよう…』


遠い目をし遥か彼方に存在する
現世に想いを馳せる



これからきっと…お前達(薙翔達)には
想像を絶する苦しみが待ち受けているだろう
あやつ(竜神)はけして、お前達の互いへと向けた尊い想いを諦める事はない
お前達もけして…、それをあやつには渡しはしないだろう
立ち向かえば立ち向かうほど苦しみが増え続けていく
お前達にとっては地獄へと落ちるよりも酷な道かもしれん

…それを分かりながら
清い魂を持つそなた達を差し出し
世界の秩序を選んでしまったわしを
どうか許してくれ‥





『…どうか御心を
これ以上痛めないでください』


悲しげに前を見据える閻魔に篁が切なげに口を開く


『私のような者が口を挟み申し訳ありません…っ
しかし、このままでは閻魔様の御心痛は増すばかり…ッ…
この審理の門で、日々死者に判決を下し
自身も死者を裁く罰を受けながら、
常に御心を痛められていらっしゃるというのに
現世の事にまでどうか…御心を痛めないでください‥』

『…それ以上言うな篁よ
罪人を裁くと決めたのはわしなのだ
わし自身が決めた事
その代償を払うのは当然』

『しかし…っ
それは黄泉の国の者が心穏やかに過ごせるようにと…ッ!』

『それ以上言うなと言っておろうッ!

………………いつも、
気苦労ばかりかけてしまい本当にすまない
だがわしなら大丈夫だ‥』

『閻魔様…』

『少し話過ぎてしまったようだ‥
外にはまだ多くの死者がおる
早く審判を再開せねば
獄使よ、審理の門を開くがよい!』










ここは現世とあの世の狭間の冥府
死者が行き着き生前の行いの審判が行われる審理の門
待ち構えるは閻魔城の当主閻魔大王

閻魔は今日も死者を相手に正しき道を審理する
すべてを平等に
世界の摂理を秩序を重んじ正しき判決を下す為
死者を正しき道へと導く為

その心の奥底に菩薩の想いを宿らせながら──




あの世の薙翔〈完〉↓↓

↓【今回の小説解説】
小説内の本編では語られていない細かい部分の話や龍神様や閻魔様の様々な行動についての解説や薙翔や寧々の想い、を細かく下記リンク先に載せてあります。
これを読むことで初めて行動理由がわかる物や作中内の謎な点についての解説も多いので良かったらお時間がある時にでも読んでみてください。
【魂成鬼伝の章】の解説
あの世の薙翔解説

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