その2

さっきまで男がいたところには、とうとう何もなくなって、クールの姿が見える。だが、彼女が彼の顔を見ることができず、何を言われるか、何を言うべきか、そう頭の空回しを彼女がし始めてから、一秒も経たないうちに、もう彼は目の前にいた…。
「…!?」
驚いて頭を上げようとした彼女の視界が、また塞がれる。今度は彼に抱きしめられる形で…。
「……もういいよ。」
昼間のことで、彼女が無駄に頭を回しているであろうと…そう推し測っていた彼は、彼女を抱きしめながら小声でそう言った。
「……俺が悪かったから。」
それまで心細さでいっぱいだった彼女は、極めて短い時間に二つのほっとする瞬間を噛みしめたと同時に、人混みの中で抱きしめ合っていることをたった今思い直し、急激な羞恥に襲われた…。
少しして、抱いていたのを放そうとした彼が、放した彼女が下を向いて笑っているのに気がつく。
「…また…慣れてなさすぎるよ、あんたは…。」


遠くで…ミミドリの背中を叩きながら歩くのを徐々に促しているクール、という二人を、建物の陰から見ている、数人の男達がいた。
「…良かった。」
「どれ、もう俺らの出る幕はないってことで…。」
「俺たちも飲むかぁ。」
「は?」
「はぁ…酔ってスコアタなんてできんのかね。」
「まぁいいでしょ、あの二人が元に戻ったんだから、記念ってことでぇ。」
「まぁ~…そうなんだけどさぁ…。」


―――――深夜

帰ってきてから早いうちに寝てしまった、クールとミミドリの様子を、仕事を終えて少し経ってから寝るために階段を上がってきた結蓮が、確認する。
そっと扉を開けると、机の小さなライトの薄明りの中に、すっかりいつもと変わらない、毛布にくるまれた二人の姿があった。
口角を緩ませながら扉を静かに閉めていると、遅れて上がってきた結蘭がそれを見ていた。
「…ホントにもう戻ったんだ?」
「…そうみたいよ。」
寝ている二人を起こさないように、小さな声で会話する。
「…まったく…なんなの。下らなくない?」
「…そうだけどねぇ…。」
…結蘭は少しだけ不機嫌そうにしているが、結蓮にはなんとなく、あの時のクールの心情がわかるような気がしていた。
「…頭はいいけど、気持ちの面が不器用なのよね。あの人って…。まぁ、不器用、はあの子もそうか。」
自分の部屋の扉をゆっくり開けながら、
「…いいでしょ。ちゃんと戻ってきたんだし。」
そう言って、結蓮は部屋に入って行った。
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