2, Side Mimidori

おそらく私が立ち止まって気づいたことがきっかけで、そのついてきてた男の人が近づいてくる。
すぐ、これはやばい方のやつだ…って思ったけど、そんな一瞬じゃ、走って逃げるのもできなくて。
そこから、右腕を掴まれた…。
踏ん張ろうかとも思ったけど、こんな自分より背が高い人に掴まれてる状態で、とても踏ん張れる気がしなかったし、抵抗するのが怖くて、引っ張られた先の路地に入ってく。

もし今ここから逃げられたとしても、またどうせ一人で帰らなきゃいけないし、逃げた時に道に迷ったら、もう終わりだ…。
誰だかもわかんないのに探してた人は、姿を見ることもできなくて。もしかしたら見てたのかもしれないけど、思い出せないまま、ただ意味もなく勝手にいなくなっただけになってしまった…。
思い出すために来たのに、最後まで何も思い出せなかった。
結局、もしも今から帰れたとしても、怒られるだけなんだな…って思ったら、すごく悲しくなってくる。

そのまま片腕で口を押さえられ、片腕で体ごと寄せられ、路地の入口の辺りに沢山あるドラム缶が、どんどん遠ざかってく。
焦り三割、諦めが七割。
……どっちを取ったとしても、この状況を変えられる力は自分にはない。

そう思ったとき。
後ろからすごい音がして、その直後に男の人が私を離して走り出した。音を聞いてから、さっき見たドラム缶が倒れた音?って理解してる間の、一瞬の出来事だったから、そこで何が起こってるのかがよくわからなかった…。
離されたときに突き放されたのと、掴まれてた力が急になくなったことで、そのままよろけて転んだ。

助かった…んだと思う…。
あの男の人はいなくなっちゃった。もう近くにいるとは思えない。すごい速さで逃げてったから…。
今の状況が怖くて仕方なかったけど、さっきのドラム缶の音が気になった。

誰かいる。
たぶんこの人が助けてくれたんだと思って、倒れたドラム缶のところから歩いてくる人を見た時に、あれ?って。

「…あんたの家族が探してたよ。」
「………。」

歩きながらそう言うその人は、数日前に、私を送ってくれたのと同じ人だった。
じゃあ、なんであの時…?なんで今…?
頭の奥が痛くなってきた。
でもそういえば、記憶の中で隣にいたのもこの人だった!ってことを思い出したら、そのあとはもう、全部…。


そうだった。
思い出せなかった人を、今、思い出した。
やっ…と。でも、その人を見たら思い出すのかも…って思ってたのも、ちゃんと予想通りだった。なんでこんな大事なことを忘れてたんだろう…。


「……思い出した。」
…言い出そうか迷ったけど。
あと、ちょっと泣きそうだった。なんか、色々と限界で…。
「……ホントに?」
近くまで来て、ゆっくり屈んで、そう聞き返された。
たぶん、忘れてた私のこと見て、離れてたんだろうな。
それでも、私がいなくなったから探しに来てくれたんだね…。
…私は忘れてたのに。

泣き出したところで、そーっと腕の中に入れられた。
「……ごめんね……。」
…泣きながらでもいいからこれだけは言いたかったのだ。
忘れてたことも、探しに来てもらっていたことも。どっちもの意味で…。
「……別に、謝ることじゃないよ。」
伝わったかどうかはわかんないけど、そう言ってくれた。
背中を叩かれながら「帰ろう。」って。もう思い出してるけど、その声がちょっと懐かしくも聞こえた。


そのあとは、二人でちゃんと結蓮たちのところに帰って。私は、いなくなったことを色々聞かれるかなと思ってたけど、帰ったらあんまり深くは聞かれなかった…。
ちゃんと帰ってきたからいいでしょ、ってことらしい。
大変なことしちゃったなって思ったけど、泣きながら帰ってきたし、色々あったんだと思われたのかもしれない。
クールが説明してくれて、なんとか…。


クールのこと忘れちゃった理由も、あのあとに思い出した。
薬を飲んだ。というか、飲まされた。
その薬を全部飲まないと出られない実験室に、入れられた。

恋人とか大事な人の記憶がしばらくの間無くなる薬って、飲む時聞かされたっけ…。
まだ開発段階だったから、効果が弱いとか、特に脳への悪影響がそこまでなかったってだけで、開発が進めばもっと怖いものになってたかもしれない物だって、だいぶ後になってから知った。

用途も、証拠隠滅とか、記憶操作とか、そういう疑いで。飲まされた人、つまり二人一緒に実験室に入れられた人の殆どは、隣りにいる人のことを忘れるけど、たまにそうじゃない場合もあったらしい。
飲む時に意識してた人とか出来事の記憶が、特に無くなりやすいみたい。
あと、精神とか体を壊して、あの私も入ったことある軍が管理してる病院に運ばれる人も、ごく稀にだけど、いたんだって…。
…その実験をしてた集団は、今はバラバラになって、逃亡中。散々そういう実験してたからか、そういうやばいことしてるのを調べてる人たちの耳に入って、それがまずかったんだろうね…。
怖いことに巻き込まれたのも事実だけど、
何にせよ、今はもう元通りだから、無事ならそれでいいのかなって思う。あの人たちはもうバラバラになってるってことだし。
…思い出せて本当に良かった。あとやっぱり、クールのこと大好きだなぁと思った。
薬を飲む時に忘れたくないなぁと思ってたから、仕方ないことだけど、忘れるって、悲しいことしちゃったんだなと思うよ…。

もう忘れませんように
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