1, Side Cool

部屋に行くと、あいつの姿はなかった。
「…いない?嘘?」
結蓮が、そんなはずはないとでも言いたげに一緒に部屋を覗いて、中に入って探して…青ざめた。
「…どっか行っちゃったのかな…。どうしよう…。」
「……探すよ。もう遅いから。」

時間は夕方6時。
俺に関する記憶をなくした恋人の捜索が始まった。


経緯は簡単だった。
奴は"飲むと相手の記憶を忘れる薬"を飲まされて、俺のことを忘れた。
あれを飲まなきゃそこを出られない状況に陥れられたからだ。
…忘却の薬なんてそんなもの存在するのかもわからないのに。
本当はそんなもの飲むかと一蹴しているはずだった。

法もないこの街で、裏の面でもそこそこ名高い、薬の収集や開発をしてる業者が、最近人を捕まえて実験させているとか…そんな噂があったのを、手遅れになってから思い出した…。
そして中には、目覚ましい効果があるが副作用で精神的に不安定になるとか、そういう話もある。
…要は、開発段階の薬のテストに俺達が利用されたというわけだった。

病室のような研究室のような…部屋の中に入れられて、丁寧にドア外に見張りまでつけて。
その部屋の机にある薬十錠と水…この薬を消費するまで、ドアが開けられることはないらしかった。多少乱暴にしたところで、頑丈なドアが壊れることもなかった…。

そこで、ふと頭を巡らせてみた。
もし本当に相手のことを忘れる薬なんだとしたら…おそらく俺が飲んだら危険だ。
出会う前に近い状態に戻るということなら…それは今もし俺が飲んだら、下手すれば目の前にいる恋人を殺すのも、躊躇がなくなるかもしれない。

副作用の噂が本当なら…仮に忘れるかどうか定かではなかったとしても、尚更、俺が飲むのは危険な気がした。

「…俺は飲まないから。」
「……?」
自分の方に差し出されて不思議そうな顔してたけど。
「…飲むの…?」
「…俺が飲んだらたぶん苦労するよ。」
そこまで言ったら、ようやくわかったようで。それでもやっぱりまだすぐは飲まなかった。
「……忘れちゃうよ?」
「……大丈夫。忘れても俺は覚えてるから……。」
そうやってまた差し出したら、しばらくしてやっと、悲しそうに、最初の一錠を飲んだ…。

記憶が飛ぶまでには時間がかかるんだろうが、そこからはただ何も言わずに次々飲んで、飲み始めてから二分くらいでその薬は無くなった。
もう何が起こるかわからない。この先ここの扉が開くのかどうかも。
…そこで、奴が俺の手を頭に乗せた。
「…?」
「…忘れないように。」
それが、きっと、その時最後に俺を覚えていた瞬間だったんだろう…。

それから数十分、どこから監視をしてたのか、鍵が開けられる音がする。
ただそこで、普段こっちに近寄ってくるはずの恋人がその場に固まって動かないことに、少なからず違和感があった…。
ドアを開けてこっちに来る研究員たちは、ここに来た時と同じく、一人が少し遠めに距離をとって俺達に銃を向け、もう一人が立つように指示を出す。
横の恋人は、俺よりあとに、一人で恐る恐る立ち上がっていた。
いつもなら、自分を見たらもう少し違う顔をしてるはずで。
これは俺のことを忘れたなと…。

反抗して逃げることも考えた。
でもこんな状態じゃ反抗しても逃げられるのはきっと俺だけで、俺のことを忘れた恋人が俺についてくるのかどうかも、正直わからない。
仕方無しに、大人しくついていった。
1/2ページ
スキ