ただその姿を見たくなった

ここがどこだかもわからない、晴れた空と日差しが見える、ぼんやりした景色。そして、それを背景にでもするかのように、手前側に立つ女の姿。背中の中央くらいまで伸びた黒髪が、少し風に持ち上げられていた。
見えるのは全てぼんやりした見た目の感覚だけだったが、何故かそいつが見慣れた人間の姿であると、俺は勝手に認証している。
――― …どうかした?
…そんなようなことを言いながら、若干首を傾げるそいつに向かって、俺は手を伸ばした。

返ってきた感覚で、我に返る。
薄めの布団が二枚。同じ布団の中に、隣で起きることなく眠っているミミドリがいた。
今まで見ていた景色…もとい幻想は、偶に見るやけに現実味を帯びた、頭でも区別が曖昧になるほどの夢だったと理解する。
俺の腕はこいつの上にあって、俺のより小さい腕に伸ばした手がかかっていた。こいつが着ている部屋着の厚い布のざらつきと出ている腕の感触が、中途半端に伝わって俺を起こした…。
悪夢じゃないだけまだマシ…というよりも、むしろ、あの光景がただの幻想だったことを残念に思う俺がいた。

——————

ちょっと外に出よう。
…なんてのは、表向きの誘い文句だった。本当は俺が、似たような景色を探して満足したいだけの…。

廃ビルの屋上の扉を開けた途端、階段に風が入ってきた。普段こんな目立つ場所に来るのは情報収集や気晴らしの時くらいで、それ以外では来ない。先客がいる可能性も警戒していたが、どうやらその必要もなさそうだ。
「…ジオラマみたい。」
「そんなに高くもないだろ。」
「そうかな?」
そんな喩えはお前くらい呑気な奴からしか出ないもんだよ…なんて言ってやりたくなったのを堪えつつ、景色を眺めているそいつを見ている。事実、俺は今までそんなことを思ったことがこれまであったかどうか分からない。

幸いにも今日は、しばらく雨も降りそうにない晴れた空をしている。それがどうしても不思議だった。
そんな、遠くを眺めているこいつの視線の先に、晴れた空の高い位置を旅客機が横切るのが見える。
俺みたいな人間が持つくらいの難しいことを何もわかっていないクセに。俺が持ってないものと、余計なものを、頭と心臓に沢山抱えて。今もきっとあれを見て、絶対に何か考えてるに違いなかった。口に出したところでどうせ下らないとも思っているからこそ何も言わないんだ、というところまで、なんとなく想像がつく。

景色や空を何も言わずに眺めているこいつの肩に手をかけて、髪を纏めていたゴムを外してみる。
「…?…変だった?」
「いや…別に。」

晴れた空。日差し。それをバックに手前に立つ女。風で毛先が持ち上がる、背中の中央くらいまである、絡まり縮れながらうねった黒髪。
一度見たはっきりしない幻想の景色とどこか重なるそれは、それでも、あの夢で見たのよりはっきりしていた。
これは夢じゃなく現実、その区別は頭にあるはずで…なら、今度は…。

「…どうかした?」
こっちの真意を推測できないって顔で、あの夢と同じようにとぼけたことを聞いてくるところが、どうしようもなく何かを抉ってくる。
首を傾げているそいつに向かって、俺は手を伸ばした。


引き寄せてキスすると、返ってきたのは、いつも通りの、いつまで経っても慣れない顔だった。
1/2ページ
スキ