6月
6月半ば。だんだんと気温や湿度が上昇し、雨も多くなる季節。楽園とも呼ばれるこの街、EDENでは、時にそんな雨さえも、争いや、一般的な社会では考えられない予期せぬ事態を招くことになってしまう。
その日も、それまで薄曇りだった空から雨粒がポツポツと零れ始め、それが強まるにつれ分厚い雲が流れていく、この季節特有の、急な短時間の大降りに見舞われた区域があった。
まだ弱いがだんだんと大雨の兆しを見せていく状況の中、ある二人の男女が、走って屋根のある狭い路地へと駆け込む。
駆け込んですぐに走るのをやめ、一息ついたような二人だったが、その後たった数分のうちに雨は強くなり、音も増した。
「危なかったね。」
彼女の方…ミミドリがそう言った直後、少し遠くで雷の音が響き渡る。
「…めんどくせぇ。」
いつ止むかも到底予想がつかない雨に時間を取られることに、横の青年…クールはため息交じりにただそう言った…。
二人は特に話すこともなく、雨が止まないかと待っているだけだったのだが、数分が経った頃、その暗い路地の反対側から変化がもたらされることとなる。
クールはしばし、ただその反対側を横目に、黙ってミミドリの方に腕をやった。
彼の様子を見て、ミミドリも何か異変があると気付いたのか、何も口には出さなかったが気を張っている様子で、彼の腕の中に入り、そのまま下を向いていた。彼女が内心祈っていたように何もなければ良かったのだが…彼が見ていた方向から擦り気味の足音が聞こえると、彼はゆっくりと場を離れ、足音の方向へ…。
…少し歳のいった、それでいてあまり正常ではなさそうな、話し声とも笑い声とも言えるような声が、向こうから聞こえてくる。しかし、これが、この街の薄暗い場所における平常なのである。
彼女にはその姿はわからなかったが、一瞬のうちに向こうが足早にこちらへ向かい、また次の数秒のうちにクールも動き出した。
そして、心配から彼女が少し顔を上げる頃には、人の倒れる音と…何か金属が落ちるような音が聞こえてくる。落ちたものがやや大きめのナイフだったことを知った彼女がぞっとしている間にも、クールは…転がって必死に起き上がろうとする相手を見つめながら、相手が落とした凶器を拾い上げていた。
彼女の視界に映るのは、暗い路地にぼんやりと浮かび上がる、少し背の低く長い丈の服を身に纏った人間。凶器からしてこちらを害しようとしたことは明らかだが、ものの数十秒の間に決着がついてしまった。彼女は恐怖しながら思う。きっと彼くらい対処に慣れている人間でなければ、この結果はなかっただろう…と。
凶器を奪われたことで負けを悟ったのか、なんとか立ち上がった相手は元居た方向へ逃げ出し、路地の奥の暗闇へと消えていく。クールは路地奥と辺りに目をやって、大きなため息と共に肩を落としながら凶器を放り投げ、彼女のもとに戻ってきた。
「……あれは…なんで…?」
「…知らねぇ。俺らを殺してどうにかするつもりだったんだよ。」
彼はもうこの街のこういう実態にもとうの昔に慣れ切っているが、彼女の方は全くそうではない。それ故に…呆然というべきか、戦慄というべきか、彼女はそんな張り詰めた状態を抜け出せずにいる。
「…この雨の中逃げるわけいかねぇからな。」
心配そうに見つめていた彼女の心境を悟ってか、彼は笑ってただそう言った。
ここは、EDENと呼ばれる無法の街。他人から命や重要なものを奪い、金や自分のものとして生きる人間も、当然、多く存在している。
だが…戦慄の走る時間を乗り切ったからか、彼女の方は、弱まっていく雨の中で放心していた。雨がピタリと止み音が静かになった途端、今度は腹の音がゴロゴロと、小さな音であるにも関わらずその場に響き渡り、二人は笑う。
「…ごめん。」
「…ハイハイ。わかりましたよ。食い物だろ。」
その二人の会話と足取りには、もうあの戦慄は無かった…。
その日も、それまで薄曇りだった空から雨粒がポツポツと零れ始め、それが強まるにつれ分厚い雲が流れていく、この季節特有の、急な短時間の大降りに見舞われた区域があった。
まだ弱いがだんだんと大雨の兆しを見せていく状況の中、ある二人の男女が、走って屋根のある狭い路地へと駆け込む。
駆け込んですぐに走るのをやめ、一息ついたような二人だったが、その後たった数分のうちに雨は強くなり、音も増した。
「危なかったね。」
彼女の方…ミミドリがそう言った直後、少し遠くで雷の音が響き渡る。
「…めんどくせぇ。」
いつ止むかも到底予想がつかない雨に時間を取られることに、横の青年…クールはため息交じりにただそう言った…。
二人は特に話すこともなく、雨が止まないかと待っているだけだったのだが、数分が経った頃、その暗い路地の反対側から変化がもたらされることとなる。
クールはしばし、ただその反対側を横目に、黙ってミミドリの方に腕をやった。
彼の様子を見て、ミミドリも何か異変があると気付いたのか、何も口には出さなかったが気を張っている様子で、彼の腕の中に入り、そのまま下を向いていた。彼女が内心祈っていたように何もなければ良かったのだが…彼が見ていた方向から擦り気味の足音が聞こえると、彼はゆっくりと場を離れ、足音の方向へ…。
…少し歳のいった、それでいてあまり正常ではなさそうな、話し声とも笑い声とも言えるような声が、向こうから聞こえてくる。しかし、これが、この街の薄暗い場所における平常なのである。
彼女にはその姿はわからなかったが、一瞬のうちに向こうが足早にこちらへ向かい、また次の数秒のうちにクールも動き出した。
そして、心配から彼女が少し顔を上げる頃には、人の倒れる音と…何か金属が落ちるような音が聞こえてくる。落ちたものがやや大きめのナイフだったことを知った彼女がぞっとしている間にも、クールは…転がって必死に起き上がろうとする相手を見つめながら、相手が落とした凶器を拾い上げていた。
彼女の視界に映るのは、暗い路地にぼんやりと浮かび上がる、少し背の低く長い丈の服を身に纏った人間。凶器からしてこちらを害しようとしたことは明らかだが、ものの数十秒の間に決着がついてしまった。彼女は恐怖しながら思う。きっと彼くらい対処に慣れている人間でなければ、この結果はなかっただろう…と。
凶器を奪われたことで負けを悟ったのか、なんとか立ち上がった相手は元居た方向へ逃げ出し、路地の奥の暗闇へと消えていく。クールは路地奥と辺りに目をやって、大きなため息と共に肩を落としながら凶器を放り投げ、彼女のもとに戻ってきた。
「……あれは…なんで…?」
「…知らねぇ。俺らを殺してどうにかするつもりだったんだよ。」
彼はもうこの街のこういう実態にもとうの昔に慣れ切っているが、彼女の方は全くそうではない。それ故に…呆然というべきか、戦慄というべきか、彼女はそんな張り詰めた状態を抜け出せずにいる。
「…この雨の中逃げるわけいかねぇからな。」
心配そうに見つめていた彼女の心境を悟ってか、彼は笑ってただそう言った。
ここは、EDENと呼ばれる無法の街。他人から命や重要なものを奪い、金や自分のものとして生きる人間も、当然、多く存在している。
だが…戦慄の走る時間を乗り切ったからか、彼女の方は、弱まっていく雨の中で放心していた。雨がピタリと止み音が静かになった途端、今度は腹の音がゴロゴロと、小さな音であるにも関わらずその場に響き渡り、二人は笑う。
「…ごめん。」
「…ハイハイ。わかりましたよ。食い物だろ。」
その二人の会話と足取りには、もうあの戦慄は無かった…。
