「行かないで」
ドアを通って、廊下の左右にある浴室やら何やら…居住に必要な部屋の前を、足早に通り過ぎ、自分より先に行ってしまった背中を追いかける。二階には部屋と廊下があって、その二階に行くための階段が、もう目の前にあった。
…登り始めているクールにだんだんと追いついていくのが視覚では分かってるのに、これからどこかに行っちゃいそうだと思うと、居ても立っても居られないような気持ちになる。
「…どっか行くの…?」
つい、聞いてしまった。聞いた後で、そんなこと聞いてもどうしようもないかもしれない、とか考えちゃうけど。
止めなきゃ、って思ってるのに、どう引き留めたらいいのかがわからない。止めなかったとしても"あれ"が本当になるとは限らないけど、逆にあれが現実になった時にきっと取り返しのつかないことになるってことがなんとなく分かってるから…だからこそ、止めなきゃ、って思ってしまった。
「…いつ帰ってくるとは言えねぇけどな…なるべく早く帰ってくる。」
その様子だと、やっぱりまた…裏の世界に戻るらしかった。いつも通りにいくだろうって、もしかしたら思ってるのかもしれない。またここに戻ってこられるとどこかで思ってるのかもしれない。もちろんあれが現実にならないとすれば…もしくはクールが巻き込まれさえしなければ、それは十分にあり得る。
だけど、もしあの夢で見た事故が起こって巻き込まれたとしたら…?
…何と言ったら留まってくれるのかを必死に考えたけど、何も思いつかなくて。
「……あと一日だけ。」
小さめの声で、これだけをなんとか絞り出した。
寂しくて引き留めている、と思われたら、それはそれでなんかちょっと恥ずかしいし。そうでなくとも、そんな簡単には留まってくれないかも、とどこかで思ってしまっていた。
最悪、本当に一日だけ大人しくしてもらうようにして、それで何もなかったなら、送り出してもいいかもしれない。そんなことも思った…。
「…だめ…?」
…何を思ってそんなことを言ったのか聞かれたらどうすればいいだろう。本当のことを話すべきなんだろうか。
…もし何も効果がなかったら。私はきっとそれ以上は粘ることはできないだろうから、そのまま諦めて素直に見送るしかないのかもしれない。
お互いなかなか何も言わないまま、五秒、六秒と時間が過ぎる中で、私の頭はただただそんなことでいっぱいだった。
振り返ったクールがこっちに来るのがわかった時、自分がちょっと下を向いていることにやっと気付いたレベルで、ひたすら考えていた…。
「…またなんかあっただろ。」
結果はわからないまでも…ため息交じりに、不審がるというか、ちょっと呆れたような様子で、そう言われてしまった。
きっと、数分前からの私の様子が変だと気付かれている。気付かれていないはずはなかったのだ。それに、私も、もしかしたら、他人から見たら"顔面蒼白"って言えてしまうくらいになってるのかもしれない。私は隠すのがヘタクソで頭の回転も悪くて、クールは、頭の回転も、観察力、洞察力も、きっと常人よりかなり上。そのくらい差があるから。
さすがに数日前の悪夢の話だとは思われてないだろうし、この調子だと、私が誰かに酷いことをされたとか、そっちの方だと思われてそうだけど…。それでも、変な冗談だと思われたり、笑って"そんなこと言うなよ"って言われたり、そんな結末にならなくて、それだけで本当に良かったと思う。
「…俺は必要?」
「……うん。」
「………。」
留まってくれそうな様子になったので、まだ迷いはあったけど、その迷いの先で頷いてる自分がいた。
クールは考え込みながら大きく一息。
「…わかったよ。」
呆れながらも、不敵に笑って、いつもの…冷静で、でも飄々としてて、ちょっと私をからかってるみたいな様子で言った。
「アンタのために残ってやるんだから、後でちゃんと教えろよな。」
その瞬間、とりあえずもうちょっとの間は…目の前の人があの夢みたいな事故に巻き込まれなくて済むのかな、という安心感でいっぱいになっていた…。
その夜。寝る前にいつも通りベッドに二人で座って、いつも通りではない話をしていた。
あの夢の話。どこから話せばいいのかも分からないし、他人からしたら信じられないだろうけど、とにかく話すしかなかった…。
「…昨日のあの新聞に…赤い車って書いてあったの、読んだ?」
「…?」
なんで今その話をするんだろうって、そりゃ思うよな…。クールはまさにそんな様子で眉を下げて、考え込みながら頷いた。
「…夢に出てきたの…この前の…車で事故になる夢って言ったじゃん…。」
「…あぁ…あの日か。」
…私が夜中に眠れなくなったあの数日前のことを思い出したら、なんとなく意味は伝わったみたいで。
…登り始めているクールにだんだんと追いついていくのが視覚では分かってるのに、これからどこかに行っちゃいそうだと思うと、居ても立っても居られないような気持ちになる。
「…どっか行くの…?」
つい、聞いてしまった。聞いた後で、そんなこと聞いてもどうしようもないかもしれない、とか考えちゃうけど。
止めなきゃ、って思ってるのに、どう引き留めたらいいのかがわからない。止めなかったとしても"あれ"が本当になるとは限らないけど、逆にあれが現実になった時にきっと取り返しのつかないことになるってことがなんとなく分かってるから…だからこそ、止めなきゃ、って思ってしまった。
「…いつ帰ってくるとは言えねぇけどな…なるべく早く帰ってくる。」
その様子だと、やっぱりまた…裏の世界に戻るらしかった。いつも通りにいくだろうって、もしかしたら思ってるのかもしれない。またここに戻ってこられるとどこかで思ってるのかもしれない。もちろんあれが現実にならないとすれば…もしくはクールが巻き込まれさえしなければ、それは十分にあり得る。
だけど、もしあの夢で見た事故が起こって巻き込まれたとしたら…?
…何と言ったら留まってくれるのかを必死に考えたけど、何も思いつかなくて。
「……あと一日だけ。」
小さめの声で、これだけをなんとか絞り出した。
寂しくて引き留めている、と思われたら、それはそれでなんかちょっと恥ずかしいし。そうでなくとも、そんな簡単には留まってくれないかも、とどこかで思ってしまっていた。
最悪、本当に一日だけ大人しくしてもらうようにして、それで何もなかったなら、送り出してもいいかもしれない。そんなことも思った…。
「…だめ…?」
…何を思ってそんなことを言ったのか聞かれたらどうすればいいだろう。本当のことを話すべきなんだろうか。
…もし何も効果がなかったら。私はきっとそれ以上は粘ることはできないだろうから、そのまま諦めて素直に見送るしかないのかもしれない。
お互いなかなか何も言わないまま、五秒、六秒と時間が過ぎる中で、私の頭はただただそんなことでいっぱいだった。
振り返ったクールがこっちに来るのがわかった時、自分がちょっと下を向いていることにやっと気付いたレベルで、ひたすら考えていた…。
「…またなんかあっただろ。」
結果はわからないまでも…ため息交じりに、不審がるというか、ちょっと呆れたような様子で、そう言われてしまった。
きっと、数分前からの私の様子が変だと気付かれている。気付かれていないはずはなかったのだ。それに、私も、もしかしたら、他人から見たら"顔面蒼白"って言えてしまうくらいになってるのかもしれない。私は隠すのがヘタクソで頭の回転も悪くて、クールは、頭の回転も、観察力、洞察力も、きっと常人よりかなり上。そのくらい差があるから。
さすがに数日前の悪夢の話だとは思われてないだろうし、この調子だと、私が誰かに酷いことをされたとか、そっちの方だと思われてそうだけど…。それでも、変な冗談だと思われたり、笑って"そんなこと言うなよ"って言われたり、そんな結末にならなくて、それだけで本当に良かったと思う。
「…俺は必要?」
「……うん。」
「………。」
留まってくれそうな様子になったので、まだ迷いはあったけど、その迷いの先で頷いてる自分がいた。
クールは考え込みながら大きく一息。
「…わかったよ。」
呆れながらも、不敵に笑って、いつもの…冷静で、でも飄々としてて、ちょっと私をからかってるみたいな様子で言った。
「アンタのために残ってやるんだから、後でちゃんと教えろよな。」
その瞬間、とりあえずもうちょっとの間は…目の前の人があの夢みたいな事故に巻き込まれなくて済むのかな、という安心感でいっぱいになっていた…。
その夜。寝る前にいつも通りベッドに二人で座って、いつも通りではない話をしていた。
あの夢の話。どこから話せばいいのかも分からないし、他人からしたら信じられないだろうけど、とにかく話すしかなかった…。
「…昨日のあの新聞に…赤い車って書いてあったの、読んだ?」
「…?」
なんで今その話をするんだろうって、そりゃ思うよな…。クールはまさにそんな様子で眉を下げて、考え込みながら頷いた。
「…夢に出てきたの…この前の…車で事故になる夢って言ったじゃん…。」
「…あぁ…あの日か。」
…私が夜中に眠れなくなったあの数日前のことを思い出したら、なんとなく意味は伝わったみたいで。
