「行かないで」

……そうだ、この前見た悪夢。変な夢すぎて起きた後も覚えてたんだった。
どういう流れでそこに辿り着いたのかまでは分からないし覚えてもいないけど…車に乗ってて、私は運転ができないはずなのに運転席に座っていた。スピードはかなり出ているのに、止まらない。止まれない。そんな…ありきたりな悪夢って感じの、暴走車両なのか何かの追跡中なのかよくわからない夢だった。
ごく偶に、こういう超高速で飛ばしていて止まれない車の夢を見ることはあったけど、こういう時はいつも半分夢で半分現実のような感覚で、心臓がドキドキしている。

でも、ちょっとその流れが続いた頃、それはただの悪夢じゃなくなった…。
まるで車を操作するゲームの光景みたいに、おそらくドリフトを…しながら回っているらしく、車がゆっくりぐるぐると回転し始める。自分で運転している感覚にはとてもなれなかった。これが夢なのかと思いながらも、いつまでも目覚めないまま、現実とは違う…歪んだ感覚と共にぐるぐる動く景色が気持ち悪かったのを覚えている。
なんで夢の中でそんなことになってるのかも。なんでこんな夢を見てしまったのかも。何も分からない中のことだった。
窓の外、ぐるぐる回る景色の中に、とにかくちょっと高級車っぽいとわかる車があって。

…赤くて背の低い車。とりあえずぱっと出てくる言葉で形容するとそんな車だった。

単純にぶつかってグシャった…のか?あの赤い車と?それとも、その赤い車をこっちの体当たりで吹っ飛ばそうとしてたのか?とにかくどういう状況なのかは読めなかったけど、ぐるぐる回っていた景色が、ゆるっと…回るのを止め…。
半分は夢だって感覚があったのに、確かにそこには揺れと衝撃があるような気がして。
その短い間にいっぺんに押し寄せたのは、これは紛れもない現実なのかもしれないって疑いと、死ぬかもしれないって焦燥感と。とにかく何もかも消し飛ぶような…そんな感覚…。

やっと、そこで目が覚めて、これはやっぱり夢だった、と…思うと同時に、なんでこんなに酷い夢を見たんだろう、とも思った…。言葉では表せないような、とにかく死ぬかもしれないって感覚が、目が覚めてもしばらくずっと残っていた。そのくらい、ドキドキしていた。
"あの時"の親二人も…全くこの通りじゃないにしろ、きっとこんな風に…。それを思うと、何とも言えない気持ちになった。もしかしたら、クールが死んじゃうかもってことを考えて、昔の親のことを思い出してたから、こんな夢を見たのかも。

……そんな風に、目が覚めたその時は思っていた。
その時はもう既に前日くらいにクールが帰ってきてて、隣で一緒に寝てた。眠れなくて私が寝返りを打ってたら起こしちゃって、結局甘えさせてもらうしかなかった。


あの新聞を読んだ今は、もうあの夢をただの悪夢だとは思えなくなった。
これは…何をどう考えて処理して、何を信じたらいいのか、それが何も分からなくなるくらいだけど。それでも、偶然だと言い切るにはちょっと不自然すぎると思った。
私は、車種には詳しくはないどころか、何がどういう車なんだという用語もあんまり知らないぐらい、車に関しては知識がない。でも、ぱっと形容できるような言葉で「赤く背の低い車」という特徴の車が夢にバッチリ出てきたことと、あの新聞の中で…正しくは新聞の記事内に取り上げられた事件の内容の中で…私が思い浮かべた言葉と全く同じ特徴の車があるということ、これは"ただの考えすぎ"じゃない気がする。
本当は、ただの考えすぎだと思いたかった。そう片付けたかった。
でももし、何も関連付けがないと思っていたとして、実際にあの夢みたいなことが起こったら…。もし乗っているのが自分だったら…。クールだったら…。
もし、あれが本当に予知夢みたいなものだったとしたら…。

あの新聞をクールに渡した後からは、そのことで頭の八割くらいが占領されていた。

それから数分後。仕込みを終えたユイランが裏からこっちの方に来て、近くに座ってボーっとしてたけど、やっぱり私の異変にはどうも気付いてしまったらしく。
「…大丈夫?」
「…何が?」
軽い調子でなんとな~く聞かれただけだったけど、それでもやっぱり心配されているのが伝わった。
私の顔は明らかにそれまでとは違っていたんだろうなと思う。自分でもわかってしまう。当然、私はとても気が気じゃなかったから、隠したくてもうまく隠すことはできなかった。
…隠したいと思うくせに、こういう時、結局うまく隠せない。
「……なんか考えてる?」
「……。」
しばらく何を返そうか悩んだけど、結局私は何も言う事ができなくなって、唸ってしまった。
…全く非現実的なことを、ここでいきなり言い出す気にはならなかったし。何よりどういう反応をされるのか怖くて。

クールはというと…さっき渡した新聞の見たかった部分を一通り見終わったみたいで、ちょっと雑に、でもさっきその新聞が置かれていたみたいに、折り畳んで、また私に渡してきた。
「…あ、もういいの?」
そのまま私の頭に手をぽんっと置いたあと、歩いて、廊下への扉を開けていく。
それだけならなんでもないように見えるんだろうけど、私はつい、その後を追いかけてしまった…。
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