「行かないで」

クールも同じようなことになる可能性は絶対にある。それはどうしたってどこかで死んでしまう危険がある以上消し去ることはできないけど、このEDENでは一般的な社会とは違って、危険がかなりある。
それに、クールの場合、その色んな"危険"の度合いが桁違いな世界に足を踏み入れている人だから、私のいないところでいついなくなっちゃうかわからない。もちろん、そんな世界でここまで生きてるんだから、そう簡単に死んでしまうような人ではないのは分かってるけど、そういう世界には常に想像の上を行く"危険"の可能性があることだけは、私でもなんとなくわかる。
だからこそ、時々、もうあの姿が一生見られなくなったら?とか、もうあの落ち着いた声が聞けなくなったら?とか、そういうことを考えては、どうしようもなく寂しくなった。
別に考えたところで、私がそんな世界まで行って探しに行けるわけでも、助けられるわけでもないのにな…。それが意味のない同情だけのものだって、自分では薄々分かってるし、クールにはそういう精神はきっと嫌われちゃうよな、とも思っていた。だから余計に言葉にできないんだと思う。

…結局、少し後にクールは帰ってきて、その時はユイレンに「寂しそうだったよ~。」なんて言われてしまってなかなか恥ずかしかったというか、気まずかったけど…寂しかったのは事実と言えば事実なので、ちょっと甘えさせてもらっていた。
ここからは、そんな思考を引きずっていた私の、ある体験。


あれから数日経った日の昼間。
まだ風の魚は開いてないけど、ユイレンとかユイランは仕込み作業をしながら、私とクールは朝兼お昼ご飯みたいな感じになりながら、のんびりした時間が流れていた。

私が座っていたいつものカウンターの隅には、昨日のものであり"もう読まないもの"とされた新聞が、畳まれて分厚く、それでいて狭苦しく、置かれている。
この時はなぜか妙にその新聞が存在を主張している気がして、無意識に、畳まれて一番上になってる部分をただぼーっと眺めていた。
「…それ、あとでこっちで使うから、まだ捨てないでね。」
…私が新聞に目をやっていたからだろうけど、カウンターの向こうからユイレンの声が聞こえてきて。自分が眺めていたことに気付いて我に返った。
実際のところ、本当にただ眺めてたってだけで、その部分の情報はあんまり読み取れてない。

眺めていたのはただ頭がぼんやりしてるだけだと思っていたけど、そこから興味本位で、その新聞をよく見てみる。
普段、私はこの街の新聞を滅多に読んだことがない。本当は読んだ方がいいんだろうけど、あんまり読書とかもしないから、そういう感覚に近いものとして、なんとなく面倒になってしまっている部分があったんだと思う。
この時は、せっかくならちょっと見てみようかな、という…たったそれだけの軽い気持ちだった。昨日のだからもう最新の情報じゃないかもしれないけど、手に取ってちょっと広げてみてしまった。
この街の新聞はどういうことが載ってるんだっけ、と…考えたのとほぼ同時に一瞬で目に入ってくるのは、凄惨な事件を伝える大見出しで。

――― 大手薬品会社役員 殺人未遂 重傷

危険な薬物も多くあるこの世界のことだから、その会社が持つ、薬品に関するデータやら材料やら…そんなところを狙われて襲われたんだろう、ということはなんとなく察した。記事をちょっと見てみると、襲われた役員は昨日のこの記事が書かれた時点でまだ意識はない、ということらしい。
その事件自体はこのEDENとは違うところで起きたものだけど、危険な薬のもとになるものとか、少量なら安全であってもその過剰摂取が目的で使われてしまう薬や成分、それらの大きな流通源のうちの一つが、その薬品会社からの流出である可能性が高い、とのことで…たぶんここに載ってるのはそれが大元の理由だと思う。
私はその道には詳しくはないけど、EDENにはそれはもう…一般的に危険とされる薬物の流通はもちろん、安全なものでもそれを多用してスリルに変えようなんていう目的での薬品流通も多い。たまに、軍の病院とかじゃないのに、よく知らない…でも病院とかで見たことあるような、あのちゃんとした錠剤の束を売っているところがある。当然だけど、それは全くもって専門的な場所なんかではないし、おそらくはただ、薬が欲しい人との取引で儲けを得たり、物々交換で欲しいものを手に入れたりするためだけのものだった。
記事を読みながらそんな光景を思い出して…もうここに来てかなり経つのに、自分がやばいところにいるんだって実感と怖さが抜けない。実感しきれない光景を見るたびに、それを思い出すたびに、複雑な感情や怖さが沸き上がる。

「珍しいね、アンタが新聞読んでるなんて。」
「…なんとなく。気になったから。」
「…それ、今日はもうその人は意識戻ってるらしいけど。襲った人たちはまだ捕まってないんだってよ。」
ユイレンのその一言に、改めてこういう世界の恐ろしさを分からされた気がして、ただただぞっとした…。

…でも、それだけじゃない。
――― …目撃情報により、同じ頃に付近の地域を暴走し走り抜けたという車両が…
この辺の内容。現場を見ていないのに何かが引っかかる。これは…。

――― …目撃者の証言は「赤く背の低い車両」ということで一致していることから…

そこまでを目で追ったとき。
「…ちょっとそれ、読ませろよ。」
「…これ?」
「…それ。その新聞。」
クールにその新聞を渡しちゃったから、結局、それ以降の内容を追うことはできなかった。
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