やっていないと嘘をつく気も失せていた…というよりも、もう何も言えなくなっていたナギに、彼は追い打ちをかけた。
「…よくもまぁ、大層なご挨拶をもらったもんだ…で。アンタは何者なんだよ。」
「………。」
「…せっかくちゃんと聞いてやってんのにさ。何もなしか。俺に用があったんなら何とか言ってみろよ。」
不機嫌そうにすぐ横の壁を蹴った彼を見ながら、ナギは自分の言った言葉と、あの時に胸の内で渦巻いた感情を、静かに思い返す。
「…そこまでのことしてくれといて。まさか何も言わねぇ気じゃあるまいな。口出しするってことは相当自信があるんじゃねぇのか？」

…自信があるなら何か言ってみろ、そう自分も言ったはずだ。あの彼女に対して。それなのに、自分だって、怖けりゃ何も言えないじゃないか…。ましてや、自分はただ勝手な気持ちをぶつけただけに過ぎないわけで…。

「…何も言えねぇなら口出しも手出しもすんじゃねぇよ。次手出したら、ただじゃ済まねぇからな…。」
去り際に彼が言った言葉が、今のナギにはむしろ安心すら与えてくれる言葉だった。
「言っとくが、俺はアンタみたいな女、最初っから興味ねぇ。」

…そう、それでいいのだ。
これで自分は本当に諦めがついた。
やっと恐ろしさを纏った彼も去って行った。
…これでいい…。


特にこの数日の間、散々、心が乱れていたナギは、彼が去ってからしばらくしてようやく我に返り、階段を登りながら、やっと、そう思えたのだった…。