階段を出てすぐ横の壁に背中を預け、何も考えずに呼吸していると、精神が落ち着き、段々と外の気温で寒くもなってくる。
そろそろ戻ろうと…何も考えていなかった状態から我に返り、顔と視線を上げると、暗い視界の端に、それでも、何かが目に入った…。
怪しく思った手前、すぐに戻るわけにも行かず。それをよく見ると。

「…アンタだろ。俺に用があんのは。」
「……っ！」

それが、黒い翼…かつて思いを募らせていた対象であったことに気付くのに、そう時間はかからない。
しかし、今は嬉しいわけではなかった。
「…言葉を交わしたこともねぇ赤の他人の人生に勝手なお気持ちで口出ししやがって…。それだけ正当な理由があんのか、よっぽど度胸があるってことなんだろうけどよ。」
彼がそう言いながらゆっくり近づいてくるのを認識し直すたび、ナギの心拍数は上がるばかりだ。そしてもちろんそれも、決して嬉しいという感情から来るものではない。

…恐ろしさ故の。そして自分がしたことに対する報復を恐れての…。

頭を回したところで、何かいい返しが浮かぶわけでも、正当な理由があるわけでも、ない。
「…おまけに、どうやらあいつに手出しまでしたらしいな…。」
ナギはただただ驚き怯え、何も言えず、足も動かせず、その場に立ちすくんだ。
勝手に自分が好きだっただけだと伝えたところで、彼には興味がないと言われるのは十分わかっている上、向こうに手出しまでしている以上、それだけでは済まないのは…EDEDで名を馳せる彼のことを知っている彼女には、容易に想像がつくからだ…。