チョコレート。
…それは、一般的な社会ではごく普通に知られ、ごく普通に食べられている食べ物。至ってスタンダードな食べ物…。
そう、誰しもが思うだろう。
しかし、社会が違えば、それは一般的な食べ物ではないのかもしれない。

「…溶けてきた？」
「うん、だいぶ溶けたよ。」
ある昼下がり、調理場で、入れ子のように大きなボウルの中に小さなボウルが入って、ミミドリがその前に立ち、スプーンで小さい方のボウルの何かを混ぜている。
そこに、ユイレンが、金属製の底のある料理用の型を持って来た。
「…そろそろ入れたら？」
型をトレーの上に置くと、ボウルの中身を覗き込んでそう言った。
手のひらサイズのものと、それより少し小さいサイズの、ハートの型。
それを見たミミドリが、湯の入った大きなボウルから、小さい方のボウルを一度引き上げる。混ぜていたスプーンで、ボウルの中に入っているそれを、型の中に手際よく入れていった。

チョコレート。
もちろん、このＥＤＥＮでも、彼女たちはよく食べたことのある物ではあるのだが、彼女たちのいるようなある程度平和の保たれた場所と、そうでない場所とでは、だいたい勝手が違うものだろう。
それを思ってか、もうすぐバレンタインだからと、ユイレンが、市場に売られていた板チョコレートを数枚、彼女に買って渡した。
今回は、その板チョコのうちの二枚を溶かして型に入れ、彼女が滅多にすることのない手作りで、ハート型チョコレートを作っている。
…クールは普段、チョコレートなんて食べるのだろうか…。
好きな物も特にこれといって無い彼は、普段は自分で食べることは殆どないだろう。
だからこそ、ユイレンは彼女にそれを買って渡したのだ。
…もう長く一緒にいるんだから、作ってあげたらいいんじゃない？…と言って。
実際に彼に渡すのを想像することすらも、なんとなく躊躇するくらい、彼女は慣れていなかったのだが。

どう渡せばいいものなのか。
「…バレンタインぐらい、なんとなくわかってるでしょ、きっと。」
二つの型を冷蔵庫に入れながら、何かを考えて冷蔵庫の蓋を閉めたまま止まっている彼女に、ユイレンはそう言った。