三章
3...
廃病院を飛び出したクールは、離れた暗い裏路地へと転がり込み、辺りが静かなのを確認して、思慮に耽っていた。
少年が一体どこへ逃げたのかはわからないが、ただ、生きて逃げろと、心の中でそう思いながら歩く。
自分がなぜあのとき少年を殺せなかったのか、なぜ今あの少年を逃したのか。具体的なことは自覚できないものの、"彼女"の影響があることは明らかである。昔の自分であれば真っ先に連れて行く選択肢を取っていただろう…。
ただでさえ真夜中だというのに。路地を囲む古い建物の高い位置にある屋根のヘリが、何重にも入り組んで空を隠していて、その狭い路地の暗闇はとても深い。
だが彼の眼はその暗闇にも慣れ、建物の、木が打ち付けられたり内側から隠されたりしている、古い窓が、ある程度視認できる。
…慣れているのは、少し長い時間その路地にいるからなのか。それとも普段からこんな場所に身を投じているからなのか。それはわからない。
しばらく行くとその暗闇の道は突き当たり、真上の視界が少しだけ開く。これでもまだ十分狭い路地にも、ほんの少しの青白い光が差して、それまでの暗闇は晴れた。
彼が左右に伸びる道をどちらに行くかは決まっていない…。
普通の人間なら帰ろうと思うだろうし、決まった狭い街の中にある道なのだから、もう何年もここに住んでいる者ならそう道草をするところもないはずである。
だが、彼が自由人であるのは忘れてはならない事実だ。それに今は、敵陣から逃げてきた身…。
確か、右へ行けば、そこはまた人気のない静かな場所と繋がっている。しかし左へ行けば、その先は賑やかになる。
追っ手が来ている可能性のあるこの状況でさえ、彼は特に焦る様子もなく、その突き当たりの光の中に出てふと空を見上げた。左側…建物の間の空には、高く掲げられ色とパターンを変えながら光るサインがのぞき、そのボロボロの風貌と所々欠けたように光らなくなっている箇所が、歳を物語っている。
なんとなく、そっちへ行きたい気分だった。彼は普段ならばこういう時、そこまで深く考えることはなく、騒がしいところへ自分から行ったことも、そうない。
…人気のある場所ならうまく紛れることだってできる。関係ない人間を無差別に巻き込むような奴らでもあるまい…。だから自分はそっちを選んだ…。
彼自身、よくわからなかったので、歩を進めながらただそう思う事にしていた。
しばらく歩くと、まだ人気のないその道の建物に、小さいながらぽつぽつとネオンサインが見え始め、徐々に明るい場所へと近づいているのを感じる。だがここは、明るい場所の裏にあたる場所…つまり、このネオンサインも、そういう裏の関係者への、ここへ集えというメッセージなのだ。
そして…更に歩いたところで、また狭くなった路地の奥に、横に長く広がる二つの建物に挟まれた、更に狭く暗い、小さな階段の道が見えた。その暗闇の階段は奥へとまっすぐ続いている。ここを抜ければ開けた場所に出るだろうか…。
普段通らない道故に、彼はしばし考え込むように見つめた後、またゆっくりと、歩み始め、その階段を登っていった。
しばらく階段を登ると、平たい道になる。要は、段差を少し設けてあったのだ。
暗闇を抜けた先に見える景色が明るい。進めば進むほど大きくなるのは、その抜けた先から届いているであろう、少しガヤガヤとした気配。彼が今目指しているような場所は、おそらく、この先だった。
暗闇を抜けると。
やはりそこにあるのは、さっきの静かな路地とは違う…主に酒場を中心として、ネオンや漏れる建物の証明に照らされた、この街で言う、繫華街、にあたる広めの路地である。
日付も変わって2時間ほど経つというのに、その空気は明るい。
屯する少々柄の悪そうな大人や、それに混じった…青年の一歩手前というところの少年。
男達の金がどうといった話などを、食い入るように、又は飛びつくように盛り上がって聞く、女たち。
…まだ"地上"だからこの集まりもかわいいものだとは言え、この街じゃ、今はこれが普通だ。
彼も…いつからか、慣れた後は何も感じることなはく、ただ何か下らないことをやっていると思って、相手にすることはなかった。彼が何にも興味を持たなくなったのは、感情や気力の問題があったからなのはもちろんだが、それ以前に、保身の意味もあったのだ。
金になるならと仲介で運びなんかもしたことはあったが、その中身に関しては一切触れぬままここまで来た。
だが今は…。
この景色を、"彼女"が見たらどうなるんだろうか…。逆に今ここにいる奴らがもし"彼女"を見たら…。
この街に連れてきた以上、そんなことも絶対にないとは思い切れず、複雑な感情を抱える。
廃病院を飛び出したクールは、離れた暗い裏路地へと転がり込み、辺りが静かなのを確認して、思慮に耽っていた。
少年が一体どこへ逃げたのかはわからないが、ただ、生きて逃げろと、心の中でそう思いながら歩く。
自分がなぜあのとき少年を殺せなかったのか、なぜ今あの少年を逃したのか。具体的なことは自覚できないものの、"彼女"の影響があることは明らかである。昔の自分であれば真っ先に連れて行く選択肢を取っていただろう…。
ただでさえ真夜中だというのに。路地を囲む古い建物の高い位置にある屋根のヘリが、何重にも入り組んで空を隠していて、その狭い路地の暗闇はとても深い。
だが彼の眼はその暗闇にも慣れ、建物の、木が打ち付けられたり内側から隠されたりしている、古い窓が、ある程度視認できる。
…慣れているのは、少し長い時間その路地にいるからなのか。それとも普段からこんな場所に身を投じているからなのか。それはわからない。
しばらく行くとその暗闇の道は突き当たり、真上の視界が少しだけ開く。これでもまだ十分狭い路地にも、ほんの少しの青白い光が差して、それまでの暗闇は晴れた。
彼が左右に伸びる道をどちらに行くかは決まっていない…。
普通の人間なら帰ろうと思うだろうし、決まった狭い街の中にある道なのだから、もう何年もここに住んでいる者ならそう道草をするところもないはずである。
だが、彼が自由人であるのは忘れてはならない事実だ。それに今は、敵陣から逃げてきた身…。
確か、右へ行けば、そこはまた人気のない静かな場所と繋がっている。しかし左へ行けば、その先は賑やかになる。
追っ手が来ている可能性のあるこの状況でさえ、彼は特に焦る様子もなく、その突き当たりの光の中に出てふと空を見上げた。左側…建物の間の空には、高く掲げられ色とパターンを変えながら光るサインがのぞき、そのボロボロの風貌と所々欠けたように光らなくなっている箇所が、歳を物語っている。
なんとなく、そっちへ行きたい気分だった。彼は普段ならばこういう時、そこまで深く考えることはなく、騒がしいところへ自分から行ったことも、そうない。
…人気のある場所ならうまく紛れることだってできる。関係ない人間を無差別に巻き込むような奴らでもあるまい…。だから自分はそっちを選んだ…。
彼自身、よくわからなかったので、歩を進めながらただそう思う事にしていた。
しばらく歩くと、まだ人気のないその道の建物に、小さいながらぽつぽつとネオンサインが見え始め、徐々に明るい場所へと近づいているのを感じる。だがここは、明るい場所の裏にあたる場所…つまり、このネオンサインも、そういう裏の関係者への、ここへ集えというメッセージなのだ。
そして…更に歩いたところで、また狭くなった路地の奥に、横に長く広がる二つの建物に挟まれた、更に狭く暗い、小さな階段の道が見えた。その暗闇の階段は奥へとまっすぐ続いている。ここを抜ければ開けた場所に出るだろうか…。
普段通らない道故に、彼はしばし考え込むように見つめた後、またゆっくりと、歩み始め、その階段を登っていった。
しばらく階段を登ると、平たい道になる。要は、段差を少し設けてあったのだ。
暗闇を抜けた先に見える景色が明るい。進めば進むほど大きくなるのは、その抜けた先から届いているであろう、少しガヤガヤとした気配。彼が今目指しているような場所は、おそらく、この先だった。
暗闇を抜けると。
やはりそこにあるのは、さっきの静かな路地とは違う…主に酒場を中心として、ネオンや漏れる建物の証明に照らされた、この街で言う、繫華街、にあたる広めの路地である。
日付も変わって2時間ほど経つというのに、その空気は明るい。
屯する少々柄の悪そうな大人や、それに混じった…青年の一歩手前というところの少年。
男達の金がどうといった話などを、食い入るように、又は飛びつくように盛り上がって聞く、女たち。
…まだ"地上"だからこの集まりもかわいいものだとは言え、この街じゃ、今はこれが普通だ。
彼も…いつからか、慣れた後は何も感じることなはく、ただ何か下らないことをやっていると思って、相手にすることはなかった。彼が何にも興味を持たなくなったのは、感情や気力の問題があったからなのはもちろんだが、それ以前に、保身の意味もあったのだ。
金になるならと仲介で運びなんかもしたことはあったが、その中身に関しては一切触れぬままここまで来た。
だが今は…。
この景色を、"彼女"が見たらどうなるんだろうか…。逆に今ここにいる奴らがもし"彼女"を見たら…。
この街に連れてきた以上、そんなことも絶対にないとは思い切れず、複雑な感情を抱える。
