二章


クールを見た少年は、はじめは驚いたようだったが、特に何も反応することなく、ただ下を向いていた。
だが、彼がその少年の周囲を探ると、引き出しに入った工具の中にペンチがあった。それを持って自分の前に屈む彼を見た少年は、さすがに少しはっとした様子であった。
彼の持ったペンチによって音を立てて切れていく鎖。固定されていた少年の腕は離れ、自由になる。
まだ警戒を解かない少年だったが、「あんたのクローンが死んだのを見た。」とだけ言う彼に、"本物"である自分がようやく自由になれることを悟った。

あのとき。路地で、彼の目の前で自らの命を絶ったのは、この少年、ロッシ…そのクローンだった。
そして、ここに本物がいると言うことは…この場所が本拠地かどうかはまだわからずとも、少なくとも今回の敵が関係する場所だということ。

少年は、閉じ込められていたからか始めは少しふらついたものの、立ち上がって間もなく、彼が何もしなかったので、すぐに彼の横を抜けて隣の部屋から逃げ出していく。
彼は…軍に連れて行く選択肢もあって少し戸惑ったが、少年は見逃しておこうと、そのまま窓を越えて逃げ行くのを見届けた。


一方、部屋の外…。
鍵を持ったスーツ姿の男が、静かに古びた病院の螺旋階段を降りていく。
廊下の壁にある扉をしばし見つめ、ゆっくりと歩き出した。


部屋で、僅かなな廊下の足音を確認したクールも、そうゆっくりとはしていられず、すぐにこじ開けた窓へと戻る。
しかしその最中、扉がパッと開いた…。
次の瞬間、既に窓枠に手をかけていた彼は、開いた扉の先にいる人物を確認も込めて横目で睨みながら、外へと飛び去る。

…若干目にかかるくらいの長さの前髪に、黒いマスクをした顔。一瞬だが暗い中でもそれだけははっきりと見えた。

扉の向こうから来た男が窓へと駆け寄るが、外を覗きこみ、窓枠から身を乗り出して辺を見回したときには、侵入者の気配は消えていた。


――――― 次の朝


扉を開けて左に伸びる階段を降りるスニーカーが、トントンと音を立てた。
その音を聞きつけて階段の下に姿を現すのは、その人物を待つ…何匹かの猫たち。
「…もういるの?」
そう言いながら階段を降りてくるミミドリを見るや否や、沢山の鳴き声が響きだした。
「まだ朝早いのに…。」
持っていた皿を階段に置きながらそう話しかけて、そういえば猫は基本的に夜行性なんだということを思い出す。
…もしかしたら夜の間起きていたのにまだ起きている子たちなのかもしれない。まるで、さっきまでほとんど徹夜と変わらないほど起きていた自分みたいだ…と少し思いながら、集まった三匹それぞれの頭を撫で、鳴いてくる猫に、にゃーと真似をして返事をし、しばらくそれを繰り返した後、階段に置いていた皿を持って、立ち上がって歩き出した。
猫たちも、歩く彼女の周りをついて行ったり速足で追い越したりして、時折彼女の顔を見たり横を向いたりしながら、何かを喋っているようだった。

いつも朝になると、決まった場所で"猫の集会"がある。彼女が行くときは、そこに猫たちのおやつを持っていくときだ。
今日、彼女が持っている大きい皿には、スティック状の、魚のペーストの袋が何本も載っている。
猫たちはそれを早く食べたくて彼女に叫んでいるのだろうか…。

彼女が道を曲がってしばらく歩いた先の路地奥の、ひらけた日の差す場所に、また何匹かの猫が座っている。
もう廃屋となって長いであろう、広い建物…この場所は、その建物の敷地だった。
彼女がそこへ向かって歩きながら、植物が生い茂る壁を見上げて、流すように見ていくと、奥の建物の壁に隠れた、左側に向かって伸びる外通路の上、錆びたトタン屋根からも、こちらに気付いて来る猫の姿。高いところからトンと降りたあと、間髪入れずにこちらを見ながらニャーと鳴いて走る。
その声を聞いた他の猫たちも自分に気付いて、座っていた猫たちが立ち上がり、にゃーにゃーと鳴き始めた。
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