九章


どれくらい経ったか。痛みで意識を手放した彼女が目を覚ますと。
そこは、どこかの部屋のベッドの上。

布団をかけられているが、体は縛られている。
痺れた影響か、痛みに耐えながら抵抗したからか、酷く体が疲れていて力がうまく入らず、体を動かすことができない。
しかし、依然として背中には少し痛みが残っていた。

コンクリート壁の部屋、天井をただただ眺めて、そこからゆっくりと、同じコンクリート壁が続く自分の左横へと、目線と顔だけを傾ける。
傾けた視線の先…少し遠くのソファーに座っていた何者かが、動いたのに気付いたのか、立ち上がった。

目の感覚がはっきりしたのと彼が近づいてくるのとで、だんだんはっきりしてくる彼の顔には、どこか見覚えがある。
こちらから見て右斜めに分かれ、左から顔にかかるくらい伸びた前髪…。黒マスク…。
この特徴的な前髪には、例え記憶が多少あやふやだとしても、間違いはないだろう。

「…もうバレてたんだよね。」
ため息交じりに横まで来てそう言う彼の声で、彼女は確信した。
「…今度の大会、楽しみだったのにな…。」
そう不満をこぼしているが。

…あのダテだと言われていた彼だ。

何も言えないでいる彼女に「友達は別なところにいるよ。」と言って聞かせ、しばらくしてまた口を開いた。
「…彼に、お金で解決しようって持ちかけたんだけど。そうはさせてくれなかったね。」
彼女はこの状況とその言葉から、自分が人質に取られていることをなんとなく悟る。
「あの猫たちはもう逃がしてあるよ。あの子たちに用があったわけじゃないからね。」
猫たちを案じていた中でその言葉をかけられ、言いようのない緊張が走った。
…というよりも、あの猫がケージに入れられていたのが罠であったということが例え既に想像できていたとしても、何か認めたくないと思うものがある気がした。

「用があったのはあんただよ。」
「…!」
「いや、厳密には彼の方かも知れないけど…。」

言いたいことがあるのに口を開けない。それが弱みだとわかっても、どうすればいいかわからなかった。
この状況は恐ろしくて当然だが、今は、言いたいことが何なのかすら、もう頭の中に出てこないくらい…何も考えることができない。
「…だいたいどうやってあんなのを落としたのさ…。さすがに面倒だから金で解決する方取ると思ってたのに…。」
そのくせ向こうの言いたいことは、なんとなく予測がついてしまう…。
「そうしないってことは…。」

大きく息を吐いて、ゆっくり傍を離れていく彼は、少し遠くからこう言葉をかけ、扉を開けた。
「…始末が終わるまでそこで待ってるんだね。」
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