六章
静かになったあと…。
依然としてミミドリを抱いたままだったが、クールはふぅっ、と少し力を抜いた。
動かないでいる彼を不思議に思って「…出ないの?」と小声で聞いた彼女に「待ち伏せしてたらヤバい。」と小声で返し、
「もうちょっと待ってろ。」
と言って背中を小さく叩く。
しばらくして、緊張が少し解けた彼女が「…手、あったかいね。」と言うので、彼はふっと笑ってまた彼女を抱きしめる。すると今度は彼女が「…ちょっと暑い。」と言って、彼も笑いながら「そういうこと言うんだな?あ~ぁ、せっかく抱いてやったのに。」と冗談を返し、二人で笑っていた。
あれだけ張り詰めていても、ものの数秒でそれを忘れられる。今の彼にとって、彼女はそういう存在だったのだ。
――――― その夜、別の場所にて…
とあるビルの裏の路地で、壁にもたれて煙草を吸っている、灰児の姿があった。
しばらくぼうっと煙草を吸っていた彼だったが、気配を感じ、視線を路地の奥の方へとずらす。
「…誰だ?」
暗い路地の中ではっきりとした特徴までは視認できないものの、そこには確実に人影がある。
「…この声を聞いても、何も思い出せない?」
ゆっくりと近づきながら、その男は言う。
心当たりのあるような気がするが、そうかといってはっきりと思い出せる範疇ではない…そんな声をかけられ、灰児が戸惑っていると。
ある程度近づいた男が、パッと、何かをこちらに向け、こう言った。
「久しぶりだね、No.8…。」
「…っ!」
自分の過去を知る人物であるとわかり、とっさにアタックをかけに行こうとした灰児。しかし…。
次の瞬間には、その、向けられた何かから飛び出すネットが…。彼の前に立ちはだかった。
「うわっ…くそっ…。」
向けられていたものは、銃ではない。
痛みを感じない彼であれば、多少銃で撃たれようとも、急所さえ突かれなければ、ある程度、太刀打ちできた。だから彼は、それを向けられても恐れることがなかった。
だが、それはあくまで、その武器が銃であればの話だ。幸か不幸か、今回相手が持っていた武器は、ネットガンだったのである。それも、強力な…。
「自分からかかりに来るなんて、アンタには脳がないみたいだな。せっかく俺たちが育ててやったってのに…。」
「てめぇ…なんでだ…!」
…彼は一つ疑問を抱く。ほとんど知られていないはずの、彼に痛覚がないという事実。なぜその男は銃ではなくネットガンを…。
それが何に対する疑問かを…もちろん痛みを感じない事実は知らなかったが…その男は自分なりに考えつつ、灰児を捕らえているネットが紐で繋がっている銃を、ぐっと引いて締めながら、答えを返していく。
「アンタが生きてるって聞いて…。当然生きてりゃこの先の邪魔だから、片付けなきゃならないだろ?」
それだけではない、と言わんばかりに続けて口を開き、こう言った。
「でも…かなり闘えるって噂だったから、利用価値もあると思って…。あの時あんな風に育てておいてよかったよ…。」
つまり、今回その男がネットガンを持っていたのも、読みではなく、単なる偶然であろう…。
そして、締め上げるネットの中でもがきながら、自分はまた当時のような環境に逆戻りをさせられると悟る。
「…くっそぉお!」
「さ、アンタにはまた戻ってきてもらうよ。」
周囲から、更に二つの人影が囲み、灰児を捕らえたネットもろとも、黒い布のようなもので包んだ。
