五章
彼の頭には、あの研究所で見た顔顔が浮かぶ。
間違いない。あの前髪の長さ。メガネでごまかしているつもりだろう。同一人物だ。
自分を直接的に潰すのではなく彼女を狙ってきたということは、直接潰すのが面倒だからで、おそらく人質にでも取るつもりだったのだろう。
もし人質に取られたとして、金か直接行くか、だいたいその選択肢を取らされるだろうが、どうせ金で解決する方を選んだところで、捕まえた女を素直に返すような奴らじゃない…。そういうことを彼はよく知っていた。
金だけ出して干渉しないことを知れば、きっと奴らは、いいように使うか、そのまま売り飛ばして金にでもしているはずだ。それに、もともと奴らの目的は彼女ではない。金を出して解決しようとしたところで、またつけ狙ってくるに決まっている…。
そうなれば、攫われた時に選ぶのは、たった一つ。向こうを叩きに行くことだけだ。
彼はそっと、眠っている彼女を起こさないように抱きしめて、目を閉じた…。
――――― 翌日
夕方、外階段を降りた二人は、折り返して、いつもミミドリが行く猫の集会所に歩く。猫たちはというと、既に人慣れした猫とはいえ、この街の猫なのだ…いつもは見ないはずのもう一人の人間を警戒しているようだった。
「…この辺。」
狭めの路地を歩き、曲がってもう少し行けばそこが開けるというとき。
道を曲がってすぐ、奥に広がる景色の中に見えたのは、あの緑色の大きな背中。
「…!」
足音を聞き、ゆっくり立ち上がって振り返るタロウ。だが、その目に映る景色に、問題があった。
「…お、お前、なんでそこにいる!」
「…そりゃこっちが聞きたい質問だよ。」
「…え…知り合い?」
異変を感じて思わず質問する彼女だが、彼女と一緒に歩いてきたクールと、この場所にいたタロウ、彼ら二人は、知り合いというわけではなく…どちらも同じ街に長いこと住んでいるので多少見たことはあれど…お互い関わったことのない者同士である。
では、どこに問題があるのか。
それは主に、タロウの見た目、そして、一緒に歩いてきたクールの人物像、その二つ。
「知り合いなわけねぇだろ。」
「!?…なんで?」
彼女がぱっと問題があることに気付かなかったのも、無理はない。彼女はまだこの街に来てそう経たない身だから。
「お前、その子についてきたのか…?」
「そうだよ。悪いか?」
「…この人から、離れた方がいいぞ。」
「…。」
…自身に向けられたタロウのその一言で、なんとなく彼女にもことの察しがついたような気がしたが…。いくら察しがついたとはいえ、この状況をどう解決したらいいのか、そこまでは、わかるはずもなく…。
「失礼な…。やっぱり噂通りの嫌われ者か。」
「そ、そんなこと…そっちこそ失礼だぞ!オレは、この子を心配してるんだ!」
ふんっと嗤うクールと、怒るタロウ。
目の前の一触即発の空気に頭が混乱し、どんな言葉を挟んだら良いのか…というより、そもそも言葉を挟んで良いのかすらも、彼女にはろくに判断できないまま、事態が悪化していた。
どうにかしてお互いに怪しくないことを説得することができれば、それで良かったのだが、彼女には、数日前に起きたこと、そして昨日の彼との会話があった手前、迂闊に怪しくない等という言葉を言うわけにもいかなかったのだ。怪しくないことはわかっている。それでも、その言葉でお互いを説得できるかといったら、また話は別だ…。
…どうしたらいい。どうしたらいい。動かない真っ白になった頭の中で、無駄に思考していると。
「…ちょっと、どうしたの?」
後ろから、頼れる兄もとい姉…結蓮の声がした…。
