三章
彼女がクールに助けられて帰ってきたあの日、緊張が解け力尽きて意識を手放してしまった彼女を、彼は結蓮たちに渡して去ろうとした。しかし結蓮が、彼女が寂しくないように一緒に寝ていてくれと頼んだ…。
そうして、それからしばらく経った数日前、結蓮はお泊りのお許しをしてやったのである。
妹の方はというと、「兄さんは甘い」と、ため息をついていたが…。
「…気を付けてね。まぁ彼がいるから大丈夫だとは思うけど。ちょっと離れると、もう危ない道はいっぱいあるから。」
本当に、この街で、外を…ここより少し離れた道を、歩く日が来たのだ。
それが彼女本人にとって、そして彼女を見守る双子にとって、どういうものであるのか、想像することは、簡単なようでいて、難しいだろう。
なにせ、ただ新天地を少し遠くまで歩くということではないのだから…。それだけなら、少しの期待と不安、くらいで済むのだ。それが、彼女が元居た場所での、新天地に越したワクワクだ。
しかし、ここはそれとは違う。
事実上は、新天地での初めての遠出、であるのだが、ここがどういう街なのか、特に双子兄妹の方はよくわかっている。幸いにも、彼女が元居た場所の住人のような…比較的平和的な思考の双子には、この街が腐っていることが容易に自覚できる。
自分を拾ってくれた双子が、この世界に染まって麻痺したような思考の持ち主ではない、ということは、彼女にとっての救いでもあった…。
この街の治安の悪さは、きっと彼女が元居た場所とは比べ物にならない。それ故、彼女は一人では遠くへ行けないのだ。最も、まずこの双子兄妹はそんなことをさせない。そして彼女自身も、捕まった経験があるので、自分からそんなことはしないだろう。
そしてその日の夕方。
歩き出したとき、そっと手を握ったクールに、緊張した顔をしながらも何も言わずに手を握り返してついていくミミドリ。
以前の彼はそういうことをするような人間ではなかったのを知っているので、疑問を浮かばせると共に余計に緊張していた。何か理由があるのだろうか…。そう考えを巡らせる間にも、どんどんはじめの階段から距離が離れていく。
こういう場面がめっぽう得意ではない彼女には、口を開くのも一苦労だった。
やっと口を開いて、出る言葉。
「…どのぐらいで着く?」
歩きながら少し考えた後、彼も返事をする。
「…もう7分くらい。」
彼女は、その答えに、具体的な返事だなと思いながら、彼がどれだけこの街を知っているのかを思い知らされていた…。
だが、歩いた先の道で、少し彼女の足が止まる。
彼も何となく察しがついた。そうだ。"この道"はやはり通らなければならなかった…。
「……ここ通るの?」
夕焼けから暗くなりかけの空の下、早くも証明に照らされて賑やかになりつつある、例の繁華街…。
聞きながらも、頷く彼に頑張ってついていこうとする彼女だったが…彼も、ふと数日前に感じた複雑なものを思い出した。
そして。考え込んだ後、まだ怯えのような悩むような雰囲気をしている彼女の前に立つ。腕を差し出されてほんの少し首をかしげる彼女を、そのままひょいっと抱き上げた。
「…!?」
…驚いたのは確かだが、それ以前に彼女はまたひどく緊張している。
その通りは長い。完全に通り過ぎるまで、しばらく時間がかかりそうだ。だがこの道は怯えていては通れないだろう。それを凌げる方法はこれであると、彼は思ったのだ。
こういう光景の中を初めて通る彼女にとっては、どこか、それを見てはいけないような、そんな気がしていた。絡まれるかもしれないので、目も合わせてはいけないと感じる。
そのまま何も言わず歩き始めた彼の首もとに、顔を埋めた…。
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