〈壱〉の巻 ~上弦の月夜~

 

      〈四〉

 家の者もまだ起き出さぬような早朝──。それでも使用人達は朝餉あさげ支度したくに追われているらしく、手際の良い音が響いて来る。
 井戸の水を勝手ながらませて貰い、その水にて顔を洗う。秋の近い夏の終わりの朝特有のヒンヤリとした空気が清々すがすがしかった。
 ヒズミは一人、まだ朝焼けをかすかに残すみ渡った空を見上げる───…。


      *

 あれは今から数日前の事だった───。
 いつの間にやら日も短くなった夕暮れ時、小さな集落しゅうらくを見掛けたが宿を取るような金もすでに無く、おさないミカヅキのためにもせめて雨風をしのげるような寝床ねどこを求める内、あの御堂おどうへと辿たどり着いた。
「ミカヅキ、今夜は彼処あそこで休ませて貰おうか。神様のおウチだ…、怖いモノも入って来られないから安心だよ───」
すっかり日も暮れ、空には細い月がのぼっていた。
 御堂おどうの直ぐ側まで来た時だった。ヒズミは嫌な、みょうな気配を感じ取った。その場へ一歩踏み込むまでは、確かに何の気配も感じられなかったというのに……。
「とうさま、何か怖い………」
 ミカヅキもそれを感じるらしく、自分の腕へとすがって来た。その気配は他ならぬ、その御堂おどうの中から。
 ヒズミはミカヅキを自分の後ろへとかばい、ゆっくりとその御堂おどうへと歩みを進めた。
「───とうさまっ!、血…!」


 
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