〈弐〉の巻 ~馬神と犬神~

 


「この村の馬達は、そのアカの子孫しそん達だと伝えられているんですよ」
 かたした薬箱をかかえ、アヤメは何処どこほこらしげに微笑ほほえんだ。
「この村の者達は馬に限らず、命あるものを大切にする──。ゆえにこの土地は豊かなのだよ」
 胡座あぐらの上へ頬杖ほおづえき、中庭にてちょう蜻蛉とんぼたわむれるミカヅキをながめながらチヨが静かにつぶやく。
「……そう言えば」
 不意ふいに何かを思い出したチヨが頬杖ほおづえから顔を上げた。
「アヤメ、この村の今年の農作物の被害はどうだ…?」
自分の仕事へ戻ろうとしたアヤメにチヨがうた。
「…他の村々では、此処ここの所の長雨ながあめによる被害が甚大じんだいとの事だったが……」
「そう、ですねぇ…。ウチの村では被害はさほど。例年より雨は沢山たくさん降りましたが、大きな被害は見られませんです」
「そうか…」
「はい」
「───なら。安心して、その豊かさに甘えさせて貰うとするかな。フフフフフ……」
「はい?」
 チヨは、何処どこか黒い笑みをこぼした。
「…………、(汗)」
 ヒズミは思わず、その意味深いみしんなチヨの笑みへと釘付くぎづけとなる。
(──何やら…、あまり良くない予感がするのだがっ………)
 チヨの影掛かげがかった顔のり上がった口角こうかくに、ヒズミはひたすら冷や汗をらし落とし続けていた…。


 
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