〈弐〉の巻 ~馬神と犬神~

 

      *

 その昔、今の村人の先祖せんぞへあたる者達がこの土地へと移り住んで来たばかりのころ──。その者達はまだ手付かずの土地を切り開くため、数頭の馬を連れ、この山へと入った。
 その馬達の中、他の雄馬おすうまに引けを取らない、体も大きくたくましい一頭の雌馬めすうまが居た。名前はアカ。
 それは見事な、赤みをびた栗毛色くりげいろをしていたのだという。
 その気性きしょうは実にいさましく、他のどの馬達も登れぬ急斜面きゅうしゃめん山肌やまはだをアカだけは登り、他の馬が引けぬ重い荷を引いて、どんな悪路あくろも物ともせず、アカは誰もが認める程どの馬よりも良く働いた。
 アカは頭もかしこく、村人に対しては実におだやかで、村人達に取ってもなくてはならない存在であった。

 ──しかし、それはあと少しで土地がひらけるというころ

 この山一の大楠木おおくすのきを切り倒した時の事だった。何をどうあやまったのか、その大楠おおくすは本来倒すはずであった方向と全く正反対へと倒れてしまったのだ。そこには一仕事をえ、その最後の大仕事を見守りながら休む村人や馬達が居た──。
 メキメキという恐ろしい音をひびかせ倒れる大楠おおくすに村人は腰を抜かし、馬達は当然逃げ出したが、その馬達の中、アカだけは、そのたくましい四肢ししをしっかりとめて、倒れる大楠おおくすから逃げ遅れた村人達を守ろうとしたのだ。

 無論むろん…、その重みにえられる訳などなくアカは大楠おおくす下敷したじきとなったが、体の大きかったアカがその身をていしてくれた事により、村人達の中から怪我けがった者はただの一人も出なかった。
 だが、アカだけはった怪我けがにより数日後、その命を落とした。

 のち、アカのおかげようやく拓けたその土地へ村人達はほこらを建て、その一頭の“牝馬ひんば”を村の土地の神としてまつったのだった──。


 
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