〈壱〉の巻 ~上弦の月夜~
〈六〉
「……………」
到底、村の女には見えない。とはいえ、女の一人旅という事もなかろう。それに、この女の着物。更には持ち物…。袴姿の何処ぞの装束らしき着物や羽織、旅の者にしてはやけに荷も少ない。
妙な女だ…、まさかこの女も妖か──…。
「………すまないな。…お前さま方も、此処で夜を明かす……つもり、…だったのであろう──、」
いや…、後ろの獣はさて置き、この女は只の人間だ───。
「……悪いが、…他を当たってはくれまいか──…」
しかし、女の言葉を無視し、ヒズミは堂内へと踏み込んだ。
「──何のつもりだっ…、話を聞いておったのか貴様っ……!」
女の前に膝をつき、ヒズミはその傷口へと手を伸ばした。
「…このままは見過ごせぬ───、」
「戯れ言を抜かすなっ…! 嫁入り前の娘でこそないが、見ず知らずの男なんぞに裸体を晒せる程…、恥を知らなくはないわっ──!!」
一気に早口に捲し立て、息に詰まり咳き込む…。
「……ならば。此処へ来る途中、小さな集落があった。そこまで連れて行ってやろう、どうだ?」
息を切らせながら、その言葉に女は渋い顔をした。
「──やめてくれ、それは…」
「?、何故だ」
「………彼処は。怪我人など養える程…、豊かな土地では…ないのだっ……」
女は小さく呻きながら、起こし掛けた体を再び妖へと預ける。
「……それに、私のような者が………長居出来る場所でもない────」
「─?」
傷が痛むのか、益々荒ぐ女の息遣いに獣の毛並みが揺れる。
「なら。どうして欲しい…? 言ってみろ──」
女は只、虚ろな目で何もない暗闇を見つめ、暫し黙りこくった後で漸く口を開いた。
「……そう、だな。此処へ来てから、ずっと…、考えてはいた………」
「何だ?」
「───此処より、もう暫く行った……奥まった土地へとある…、その集落になら、或いは…………」