〈壱〉の巻 ~上弦の月夜~
〈五〉
「───やめんか…、ヨミ……」
思わぬ声がし、ヒズミは抜刀し掛けたその手を止めた。
「……幼子が…怯えて、おるだろう…」
途切れ途切れの息遣いで、弱くも強い口調の若い女の声が、その堂内へと響いた。
「…?」
暗闇に目も慣れ、徐々にその状況が露わとなる──。
堂内奥へと寝そべる黒く大きな山犬のような姿をした獣へと体を預け、一人の女がそこへ体を投げ出していた。この獣…、恐らくは妖の類い──。
しかし、その妖は女を食らおうとする様子はなく、威嚇の意味も獲物を奪われまいとしているよりかは、この女を守ろうとしている…といった風であった。
更に、女の放った言葉から察するには──…。
「───怪我を…負っているのか?」
左肩辺りの着物が、一際濡れた光を放っている。
「ああ…。負っては、いるな……」
袖下の腕を伝い、左腕の置かれた床板には血溜まりが出来ていた。
「……傷は、深いのか…?」
止血を試みた物と思われる手拭いか何かの布切れも暗闇の中、見て取れる。
「…まあ、…浅くは……ないのだろうな。…血が、どうにも止まらんのだ───、」
意識の方も朦朧として来ているのか、まだどうにか聞き取れるものの呂律も危うい。